新美の巨人たち 三岸節子『自画像』『さいたさいたさくらがさいた』×近藤サト

放送日 2019年9月14日(土) 22:00~22:30
放送局 テレビ東京

番組概要

オープニング (その他)
22:00~

オープニング映像。

今回扱う作家・三岸節子は100年近い歳月を生き抜いた洋画家。近藤サトが三岸節子の作品を鑑賞する。

キーワード
三岸節子
花こそわが命

新美の巨人たち (バラエティ/情報)
22:03~

三岸節子は明治38年に現在の愛知一宮市で生まれた。生まれたときすでに先天性股関節脱臼という十字架を背負っており生きることは苦しいことと悟っていた。大正13年女子美術学校を主席で卒業する。その頃三岸好太郎の絵の才能に惚れ込んだ節子は身も心も捧げていく。

一宮市三岸節子記念美術館を近藤サトが訪ねた。「自画像」は展覧会で初入選した20歳のときの作品。近藤は「燃えるような闘志を感じる」などとコメントした。

きょうの作品は「さいたさいたさくらがさいた」。歩くこともできなくなっていた節子が満開の桜の老木を描いた一枚。近藤は「迫りくる桜」「三岸節子そのもの」などと話した。

節子と好太郎は結婚し3人の子が生まれた。節子は家事・子育てに追われ絵を描く時間がなくなり、好太郎の女性関係にも悩まされた。好太郎は旅先の旅館で突然吐血し31歳で亡くなってしまう。その後節子は宿命に従うように辛い方へと歩んでいく。

大磯町の丘の上にある節子が晩年を過ごした家を近藤が訪ねた。アトリエは節子が亡くなった1999年以後、当時のまま時を止めていた。近藤はモチーフとなった桜を見に雑草の生い茂る庭に出た。

キーワード
三岸節子
一宮市(愛知)
花こそわが命
女子美術学校
三岸好太郎
飛ぶ蝶
オーケストラ
自画像
さいたさいたさくらがさいた
花・果実
大磯町(神奈川)

新美の巨人たち (バラエティ/情報)
22:15~

中野区には節子のアトリエ兼住居が残されている。三岸好太郎が設計したモダンな建築。好太郎は亡くなる少し前節子に「絵は魅力がなくちゃだめだ」「うんと恋愛しろ」などと話したという。

絵を描く自由を得た節子だったが、画壇という男社会が節子の前に立ちはだかった。職業画家と認められるには美術団体の会員にならなければならなかったが、入選を重ねた節子でさえ女性というだけで会員にはなれなかった。節子は仲間の女性たちと美術団体を結成し女流画家の存在を世間に訴えていく。子供を抱えた節子は挿絵や講演などあらゆる仕事で生計をたてる。そんな厳しい生活の中で4歳年下の画家との恋をつかんだ。

傷つき疲れ果てながら節子と恋人との関係は戦前から戦後にかけて続いた。恋人には連れ子がおり、相手の女性には母としての立場を求めていたが、節子は女性として絵を描き続けたいと思っていたため破綻の原因となった。3人の子供もすだち節子は自分と向き合った。59歳のときに一人大磯町で暮らし始めた。

10年後の69歳のときにフランスへの移住を決断。農家を買い取り一人絵に向かい続けた。年を重ねていくごとに節子の絵は鮮やかさがましていく。生前節子は「端々にまで命を込める」などと話した。

平成元年84歳でフランスから帰国した。絵のモチーフになった老木のある大磯町のアトリエの庭を近藤が訪れた。

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中野区(東京)
三岸好太郎
三岸節子
花こそわが命
独立美術協会
月夜の縞馬
女艸会
女流画家協会
群がる馬
静物
火の山にて飛ぶ鳥
飛ぶ鳥(火の山にて)
大磯町(神奈川)
ヴェロン(フランス)
ブルゴーニュにて
アルカディアの赤い屋根

新美の巨人たち (バラエティ/情報)
22:24~

「さいたさいたさくらがさいた」のモチーフになった老木は大磯町のアトリエの庭に今もある。87歳のときに脳梗塞を患った節子の体は思い通りに動かなくなっていたが、懸命に命をうつしこんだ。近藤は「節子を桜に置き換えた」「もっともっと描きたかったでしょうね」などと話した。

キーワード
さいたさいたさくらがさいた
三岸節子
大磯町(神奈川)
花こそわが命

エンディング (その他)
22:28~

「新美の巨人たち」の次回予告。

番組宣伝 (その他)
22:28~

ひねくれ3の番組宣伝。

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