世界ナゼそこに日本人 ナゼか秘境で驚き原始生活&スゴすぎる日本人職人2HSP 海外で“英雄”と呼ばれ感謝される日本人偉人伝説2HSP

放送日 2019年3月18日(月) 21:00~22:48
放送局 テレビ東京

番組概要

オープニング (その他)
21:00~

海外で“英雄”と呼ばれ感謝される日本人偉人伝説をお送りする。

日本人偉人伝説SP (バラエティ/情報)
21:01~

まずはパプアニューギニアでビッグマンと呼ばれ 大尊敬される日本人を紹介。現地でリサーチをすると、現地の人が誰もがビッグマンと呼んでいる。これは体の大きさではなく尊敬に値する人をパプアニューギニアではビッグマンと言うとのこと。そして現地の人にビッグマンが住む建物の元に行くと、そのビッグマンと言われる川畑静さん(当時91歳)とご対面。川畑さんがオーナを務めるホテル「ニューウエワクホテル」の一角にお邪魔をした。川畑さんはタバコが大好きで1日40本も吸うとのこと。またエリザベス女王からもらった勲章を見せてもらった。実は川畑さんはかつて神風特攻隊と並ぶ人間魚雷にある事情から乗り込むことになったという。そこで今でも忘れられない壮絶な経験をしたという。その謎を探るべく日常生活に密着する。

川畑さんの一日は午前10時、遅めの朝食から始まる。この日は家族が作ってくれた大好きな焼きおにぎりと梅干し。すると川畑さんはゆっくりゲゲゲの鬼太郎の水木しげるさんと旧知の仲で、このニューウエワクホテルも愛してくれた一人だという。kぉのホテルには従業員が30人居て、ここで働く人は皆川畑さんに感謝しており、それは貧困から抜け出すきっかけを貰ったからとのこと。ニューウエワクホテルは50年以上も続く老舗のホテルなのだが、川畑さんがパプアに来たのは33年前なのだが、どういうことか娘さんに話を聞くと、他人が作った借金があるこのホテルを立て直したことを明かした。その額は当時の5000万円の借金を肩代わりし従業員たちと働き続けたと明かす。その結果、20年かけて借金を完済。

そんな川畑さんが町に出ると町の人から声をかけられる存在なのだ。しかしこの借金返済がビッグマンの理由ではない。その夜、川畑さんの元にパプアニューギニアのミスター・アランバード洲知事がお客さんとして訪ねてきた。そして知事もその妻も川畑さんに尊敬の言葉をかける。実は川畑さんはこのパプアニューギニアで多くの人の命を救ったのだという。

1926年長崎県佐世保市で生まれた川畑さん。子どもの頃から好きだったのはカメラで、海軍の父親からの影響だったという。しかし15歳の時に太平洋戦争が勃発。19歳の時に海軍に志願することになる。そこで川畑さんは人間魚雷「回天」の作戦の部隊の一員になってしまう。突如、人間魚雷に乗ることになった川畑さん。このあと彼の運命はどうなってしまうのか?

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パプアニューギニア
安倍総理
エリザベス女王
ニューウエワクホテル
人間魚雷 回天
人間魚雷
ゲゲゲの鬼太郎
水木しげる
太平洋戦争
ミッドウェー海戦
佐世保市(長崎)

日本人偉人伝説SP (バラエティ/情報)
21:24~

1926年長崎県佐世保市で生まれた川畑さん。子どもの頃から好きだったのはカメラで、海軍の父親からの影響だったという。しかし15歳の時に太平洋戦争が勃発。19歳の時に海軍に志願することになる。そこで川畑さんは人間魚雷「回天」の作戦の部隊の一員になってしまう。突如、人間魚雷に乗ることになった川畑さん。このあと彼の運命はどうなってしまうのか?

パプアニューギニアで現地の人から感謝・尊敬される川畑静さんは1926年長崎・佐世保生まれ。父から貰ったカメラに熱中していた。そんななか太平洋戦争開戦、日本は快進撃を続けたがミッドウェー海戦で敗北し窮地へ追い込まれる。当時18歳の川畑さんは海軍に志願し人間魚雷「回天」の部隊に配属された。回天は命中しないと酸欠で苦しみながら死を待つしかなくなる死への片道列車。

仲間たちは次々と回天と共に戦場へ。すべては大切な家族を守るため。そんな思いを胸に川畑さんは戦友と日本の女子供を守るんだと約束していた。そして1945年8月に川畑さんに出撃命令が出たがその6日前に終戦。川畑さんは死んでいった仲間に申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、父に習ったカメラと共に生きることを決意、カメラマンとして全国を飛び回り撮影に挑んだ。そして筑紫哲也も認める報道カメラマンになった。

そんな川畑さんはなぜパプアニューギニアでビッグマンと呼ばれ感謝・尊敬される存在になったのか?川畑さんはパプアニューギニアで天災に遭遇、ある行動によってビッグマンと呼ばれることになった。

パプアニューギニアで現地の人から感謝・尊敬される川畑静さん。当時18歳の川畑さんは海軍に志願し人間魚雷「回天」の部隊に配属された。回天は命中しないと酸欠で苦しみながら死を待つしかなくなる死への片道列車。

仲間たちは次々と回天と共に戦場へ。すべては大切な家族を守るため。そんな思いを胸に川畑さんは戦友と日本の女子供を守るんだと約束していた。そして1945年8月に川畑さんに出撃命令が出たが。川畑さんに突然あることが起きる。

「二つの祖国」の番組宣伝テロップ。

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パプアニューギニア
ニューウエワクホテル
太平洋戦争
ミッドウェー海戦
人間魚雷 回天
佐世保(長崎)
真珠湾攻撃
回天
筑紫哲也さん

日本人偉人伝説SP (バラエティ/情報)
21:32~

仲間たちは次々と回天と共に戦場へ。そして1945年8月に川畑さんに出撃命令が出たがその6日前に終戦。川畑さんは死んでいった仲間に申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、父に習ったカメラと共に生きることを決意、カメラマンとして全国を飛び回り撮影に挑んだ。そして筑紫哲也も認める報道カメラマンになった。

そんな川畑さんはなぜパプアニューギニアでビッグマンと呼ばれ感謝・尊敬される存在になったのか?川畑さんはパプアニューギニアで天災に遭遇、ある行動によってビッグマンと呼ばれることになった。

「二つの祖国」の番組宣伝テロップ。

キーワード
回天
太平洋戦争
筑紫哲也さん
パプアニューギニア

日本人偉人伝説SP (バラエティ/情報)
21:40~

パプアニューギニアで現地の人から感謝・尊敬される川畑静さんは売れっ子報道カメラマンだった。カメラマンとしてパプアニューギニアに渡り、ホテルの再建を頼まれ移住。14年後の72歳の時にアイタペの大津波が発生。高さ15mの大津波が隣町を襲来、2000人以上の死者を出した。川畑さんは救援物資が届かず危険な状態に陥った住民のためホテルを無償で提供した。しかしホテルに集められた救援物資は道路寸断で運べず、オーストラリア軍に話をつけて被災地に救援物資を送った。町の人々は彼を尊敬と愛情を込めビッグマンと呼ぶようになった。彼は安倍総理と新聞の一面に載った。そこには驚きの秘密が…。

パプアニューギニアで現地の人から感謝・尊敬される川畑静さんは新聞の一面に安倍総理と載った。彼は戦争で亡くなった人々のため日本兵の遺骨捜索を行っていた。それが縁で安倍総理が訪れた際に案内人に抜擢された。彼は総理に日本兵を忘れないでほしいと伝えた。現在、川畑さんは戦死者たちを慰霊するピースパークにあった。彼が願うのはパプアニューギニアの発展。若者が農業を学ぶための活動などを行う。

「二つの祖国」の番組宣伝テロップ。

ソロモンの人口は約61万人で69以上の部族が住んでいる。平均所得は月、約7500円。今もソロモンには太平洋戦争の爪痕が残る。ソロモンに住む人々はツナ缶をタイヨウと呼び、ソロモン大洋が缶詰工場を運営していたことが理由だという。

ソロモン諸島の首狩り族の娘と結婚したった1人で戦争を止めた日本人を取材。ロビアナ島はソロモンの中でも秘境の島で家は未だに高床式住宅。水道はなく台所は野外だという。ロビアナ族は20世紀初頭まで部族間の争いで敵の首を狩り祀る風習があった。日本人はY.サトーと呼ばれており、現在はホニアラのビール会社を経営しているという。

首狩り族の娘と結婚した佐藤行雄さんは、現在74歳でソロモンで唯一のビール会社を経営している。街中にはY.SATOと書かれたビルが無数に点在し、かつてはソロモンの国会議員も努めた。妻の佐藤・ローズマリアさんは先祖が首狩り族だったことを改めて認めた。

1938年、神奈川・鎌倉で生まれた佐藤行雄さん。大学に進学するも7か月で退学しマグロ漁船で働いたのち商社に入社。27歳の時、仕事で訪れたソロモン諸島で16歳のローズマリアさんに一目惚れ。しかし祖父は部族の大首長で佐藤さんの抹殺を指示、2人が結婚できたのは大首長が亡くなった後だったという。一時期、ローズマリアさんは日本で暮らすがホームシックにかかり家族でソロモンへ移住することにした。1998年に賃金の格差などから民族紛争が勃発。佐藤さんは政府から紛争仲裁を求められ、反乱軍の本拠地に単独乗り込み反乱軍リーダーから信頼を得て5年に及ぶ内戦が集結した。

パキスタンの秘境で多くの村人を救った日本人を取材。パキスタンの面積は日本の約2倍で人口は約2億777万人。日本から約50時間をかけて標高4175mの秘境の村・フンザに到着した。村人を救った日本人はハセガワと呼ばれており日本語を喋れる住民もいた。

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ロビアナ島
ホニアラ(ソロモン諸島)
ソロモン・ブリュワリーズ
ハロルド・ケケ
鎌倉(神奈川)
ムシャラフ前大統領
パキスタン
フンザ(パキスタン)
春が来た

日本人偉人伝説SP (バラエティ/情報)
22:23~

「二つの祖国」の番組宣伝テロップ。

パキスタンの秘境の村・フンザに到着。100人以上の住民たちが、童謡「春が来た」などを大合唱。ここはハセガワさんが作った“ハセガワ学校”だという。しかしハセガワさんは現在、日本に住んでおりスタッフたちを快く出迎えた。ハセガワこと長谷川昌美さんはムシャラフ前大統領から貰った勲章を披露した。

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パキスタン
フンザ(パキスタン)
春が来た
ムシャラフ前大統領

日本人偉人伝説SP (バラエティ/情報)
22:31~

「二つの祖国」の番組宣伝テロップ。

パキスタンの秘境の村・フンザに学校を建設した長谷川昌美さん。夫・恒夫さんは有名な登山家でパキスタンにある「ウルタルII峰」を登るため昌美さんも副隊長として同行したという。夫は雪崩に巻き込まれフンザの村人たちにより救出されたが、既に亡くなっておりフンザの地で埋葬された。昌美さんは村人たちに恩返しをするべく学校を建設した。

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パキスタン
フンザ(パキスタン)
ムシャラフ前大統領
長谷川恒男
植村直己
ウルタルII峰

日本人偉人伝説SP (バラエティ/情報)
22:41~

「二つの祖国」の番組宣伝テロップ。

長谷川昌美さんは村人たちに恩返しをするべく、当時現地にはなかった男女共学の一貫校を建設。最新コンピューターまで導入し男子たちの勉強への意識改革を行った。昌美さんは学校を作るため私財に加え講演会などで資金を募り1997年に長谷川学校を完成させた。現在この学校では幼稚園から大学までの約1000人が在学。20年で約1万人以上の生徒が卒業した。

キーワード
パキスタン
フンザ(パキスタン)
ウルタルII峰
長谷川学校

番組宣伝 (その他)
22:45~

「WBS」の番組宣伝。ビスケット攻防戦!

スポット

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