東山魁夷 青の旅路 〜山雲濤声への道〜 2018年9月24日放送回

放送日 2018年9月24日(月) 9:11~ 9:41
放送局 テレビ東京

番組概要

オープニング (その他)
09:11~

オープニング。国民的画家、日本人が最も愛した画家と呼ばれる東山魁夷と、魁夷が描いた「唐招提寺御影堂障壁画 山雲濤声」について紹介する。描かれた青の風景画には、魁夷の心の旅路と遍歴の足跡が刻まれている。その旅路の末に辿り着いた青の世界とは。

キーワード
東山魁夷
鑑真
唐招提寺御影堂障壁画 山雲濤声

東山魁夷 青の旅路 〜山雲濤声への道〜 (バラエティ/情報)
09:12~

奈良・五条町にある唐招提寺。唐の高僧・鑑真が仏教の戒律を伝えるために来日し759年に建立した寺で、世界文化遺産に登録されている。この境内の奥まったところに1964年に移築されたのが、国宝・鑑真和上像を安置する御影堂(現在は修復中のため非公開)。1970年、「この御影堂に障壁画を描いてほしい」と依頼された魁夷は、翌年唐招提寺を訪れ鑑真像と向き合い「一切を任せてくださるなら」と決心した。

生誕110年 東山魁夷展 開催中!

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鑑真
東山魁夷
仏教
世界文化遺産
国宝
乾漆 鑑真和上坐像
御影堂
五条町(奈良)
生誕110年 東山魁夷展

お知らせ (その他)
09:13~

「生誕110年 東山魁夷展」の紹介。国立新美術館で開催中。

キーワード
東山魁夷
生誕110年 東山魁夷展
国立新美術館

東山魁夷 青の旅路 〜山雲濤声への道〜 (バラエティ/情報)
09:16~

東山魁夷さんは1908年生まれ。父・浩介と母・くにの間に次男として横浜で生まれ、新吉と名付けられて神戸で育った。幼少時はひとりで絵を描いたり絵本を見たりしていたという。母親の愛情が支えとなり、風景の美しさに早くから関心を持った新吉さんは画家の道へ進みたいと願うようになった。猛反対する父を説得して東京美術学校日本画科に入学した。学生時代は山国の暮らしと自然に触れ旅を重ねて風景画を描き続けた。卒業後は自ら資金を作ってドイツへ留学。ヨーロッパ各地を旅し文化を学び、日本画にも通じる素朴な美しさを感じた遍歴が風景画家の下地を作った。1940年32歳の時、日本画家の娘・川崎すみと結婚。

しかし、その前後に両親と兄弟が相次いで死去。45年には戦災で自宅を失い妻以外は身寄りのなくなった。画家としても日展に落選した。そんなある日、39歳の東山さんは千葉県・鹿野山の山頂へ赴き描いた「残照」は日展の特選。政府が買い上げた。東山さんは「全てが亡くなってしまった私は又今生まれ出たのに等しい」などと回想している。「郷愁」は信州・茅野の郊外を描いたもの。青森県八戸の牧場近くにある種差海岸を描いた「道」は余計な写実を捨て去り新たな風景画を生み出し戦後の日本を代表する作品となった。40代の東山さんは色彩感覚を表現する独自の技法を確立し人気画家として多忙な日々を送っていた。

しかし、心の中の豊かさが薄れていくように感じた東山さんは若い頃から憧れていた北欧に経った。スウェーデンでは水面が鏡のように景色を投影する不思議な光景に出会い、「映象」で幻想的な画面を生み出した。「白夜光」はフィンランドの深い森林を描いた。東山さんは北欧で独自の作風を昇華させていった。

帰国後も旅は続き、京都では親交の深かった川端康成が消えゆく自然や文化を惜しんで描写を勧めた街の風情や日本にしかない美しい風景が描かれた。

「生誕110年 東山魁夷展開催中!」の字が表示された。

日本の美の奥深さを描く魁夷。そして更なる旅と探求の日々が始まる!

生誕110年 東山魁夷展 開催中!

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東京美術学校
山国の秋(試作)
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神戸(兵庫)
日展
残照
郷愁
種差海岸
千葉県
茅野市(長野)
八戸(青森)
鹿野山
東山すみ
映象
白夜光
スウェーデン
フィンランド
川端康成
夏に入る
京洛四季スケッチ 祇園まつり
年暮る
祇園円山公園
花明り
京都府
生誕110年 東山魁夷展
唐招提寺
奈良県

お知らせ (その他)
09:23~

「生誕110年 東山魁夷展」の紹介。国立新美術館で開催中。

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東山魁夷
生誕110年 東山魁夷展

東山魁夷 青の旅路 〜山雲濤声への道〜 (バラエティ/情報)
09:26~

1971年、障壁画の政策を依頼された東山魁夷、唐招提寺を赴いた。唐の高僧鑑真は5度も渡航に失敗し6度目に日本の地を踏んだ時、目に光を失っていた。魁夷は「盲目の鑑真が描いてる日本の風景を想像し、中国の風景を描いて慰めしようと」と言い、日本の風景を代表する海と山を描いた。全ての仕事をキャンセルし約1年半、日本各地を旅しスケッチを描いた。当初は日本海の荒波を描こうとしたが渡航の苦労を思い、春の穏やかな海に変わった。鑑真が思いを馳せたであろう緑濃い深山の天生峠に向かう。2000枚に及ぶスケッチから襖絵にふさわしい風景を選ぶ。小下図の下には沸き立つ叢雲。海には寄せては返す躍動する波を。 次に中下図は輪郭をはっきりさせ色彩を検討していく。下図作業は制作期間の3分の2を占める。原寸大の大下図へと引き伸ばす。実際に貼り付け検証。森本孝順長老は戦後、寺の再興に尽力した。障壁画の日本の精神性を描くことのできる画家として東山魁夷の名を挙げた。

彩色に使ったのは群青と緑青。健屏風にも映える強い色彩の岩絵具を焼いた。鑑真の精神性を表す白い色調の青にするため、より濃い色彩。 木々の茂みや重なりを表すには影の部分に濃い色を塗ってぼかし明るい色を塗ってはぼかす手法を用いた。1975年に構想から5年近い歳月をかけ28枚の襖絵が完成。海は濤声と名付け、海原に立った高波は徐々に小さくなって穏やかに揺蕩う。風に耐える1本の松を波が白く打ち砕く岩間に写した。山は山雲と名付けられた。山は山雲。静寂の山々に雲がたなびき霧が立ち込める。滝の音が幻想的な景色の中でかすかに響き、渋い色調と水墨画の趣が鑑真の願う生命の力強さを際立たせる。

続いて、肖像画、松の間を始め3部屋、40枚の制作。鑑真の母国の唐を描く。魁夷は国交回復の前に何度も中国旅行を決行した。僧侶達が過酷な修行を重ねた険しい鉱山に命がけで臨み、鑑真が渡航失敗の後に訪れたという桂林の流山に身を置く。水墨画に初めて挑む。梅の間は桂林月宵。空想世界の山水風景。桜の間は黄山暁雲。断崖絶壁の岩屋が雲海の中に見え隠れする。鑑真の故郷の揚州で魁夷が描いたのは松の間、揚州薫風。風に揺れる柳の枝葉の薫風。厨子は懐かしい景色に包まれた。「水墨に打ち込むことは、色彩の魅力をいっそう強く私自身に感じさせることになる」と言った。全ての完成は1981年。魁夷は72歳になろうとしていた。

生誕110年、東山魁夷展開催中!のイベント宣伝テロップが流れた。

2018年、東山魁夷の生誕110年を記念した展覧会を開催。御影堂が耐震対策の大規模な工事に取り掛かるために実現したまれな機会。30メートル移動して基礎を設置し直し、耐震補強工事を行う。2021年完了予定。京都の美術館には多くの観客が詰めかけた。

魁夷は障壁画の製作中に不思議な体験。1頭の白い馬が緑の樹々の覆われた山裾の池畔に現れ、画面を右から左へと歩いて消え去った。1972年の1年間だけこの幻想は続き、白い馬の連作に繋がった。白い馬を祈りの象徴と語っている。

生誕110年、東山魁夷展開催中!のイベント宣伝テロップが流れた。

私の歩みにはいつも郷愁の影が尾を曳いている。夕星で描かれている絵は、魁夷が4本の木に亡くなった4人の肉親を重ねている。静かで美しい青の世界が真実や象形、あらゆる全てを幻想のうちに包み込んでいく。

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お知らせ (その他)
09:39~

「生誕110年 東山魁夷展」の紹介。国立新美術館で開催中。

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生誕110年 東山魁夷展
国立新美術館

キャスト

  1. 9月24日 放送