歴史の道 歩き旅 渡辺正行 三重県伊賀から滋賀県彦根までの歩き旅

『歴史の道 歩き旅』(れきしのみち あるきたび)は、2016年4月4日から2017年3月31日までテレビ東京で放送された紀行番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年3月20日(月) 7:30~ 8:00
放送局 テレビ東京

番組概要

オープニング (その他)
07:30~

春休み直前特別企画!今週は忍者の里から井伊家ゆかりの地彦根を目指す旅。

キーワード
近江牛
近江軍鶏
彦根(滋賀)
伊賀(滋賀)
琵琶湖

三重県 伊賀から滋賀県彦根までの歩き旅 (バラエティ/情報)
07:31~

伊賀市からスタート。お土産屋さんでオススメされた伊賀流忍者博物館へ。忍者の生活に関する史料や忍者の道具などが展示されている。早速忍者屋敷に案内してもらう。

忍者屋敷にはどんでん返しや刀隠しなどの仕掛けが施されていた。忍者がカラクリだらけの家に住んだ理由は秘伝の火薬の作り方を守るため。

忍者は当時最先端の技術を隠し持っていたとされ、それらを守るために忍者屋敷に仕掛けカラクリが作られたといわれている。

薬や火薬の最先端技術を使い戦国時代に活躍していたとされる忍者だが、普段は農民と変わらない生活をしており依頼があると戦いや忍びの活動をしていた。伊賀忍者の場合は朝4時~12時までは農業などを行い、午後からテレで武術の訓練をしていたという。

館内には伊賀・甲賀共通の忍術伝書「萬川集海」も展示されており、道具や暗号・火薬の調合方法などが記されている。また忍者の意外なルールも載っていた。

キーワード
坂倉準三
伊賀流忍者博物館
伊賀市(三重)
伊賀市(滋賀)
萬川集海

三重県 伊賀から滋賀県彦根までの歩き旅 (バラエティ/情報)
07:41~

館内に展示された「萬川集海」には「酒・金・きれいな女の人には気をつけなさい」と書かれており、渡辺正行は「私は忍者にはなれませんね」と話した。

街を歩いていると「日本一かたいおせんべい」とかかれたのぼりを見つけ「伊賀菓庵 山本」に入る。看板商品である「元祖かた焼 ごま」を頂くことに。かた焼は元は刀の鍔に似ていることから「つば焼き」と呼ばれていたが、あまりの硬さにかた焼という名前に変わり、忍者の携帯食として愛用されていた。渡辺正行が試食するもあまりの硬さに噛み切ることができず、木槌で割って食べると「昔懐かしい香りと味」などとコメントした。また特別に焼きたても頂いた。お店には通常の約4倍の大きさの「大判かた焼」も販売している。

街中を歩いていると至る所に忍者のモチーフが見受けられる。「芭蕉翁誕生の地」と記された石碑を発見。松尾芭蕉は伊賀出身で忍者だったという説もある。

BGM:ペガサスの朝/五十嵐浩晃 1980年

キーワード
伊賀流忍者博物館
萬川集海
伊賀市(滋賀)
伊賀菓庵 山本
元祖かた焼 ごま
大判かた焼
ペガサスの朝
五十嵐浩晃
芭蕉翁生家
松尾芭蕉

三重県 伊賀から滋賀県彦根までの歩き旅 (バラエティ/情報)
07:48~

1日40km以上歩いていたことなどから芭蕉は忍者だったという説もあり、芭蕉翁生家で話を聞くことに。芭蕉翁生家には芭蕉が旅から帰郷すると寝泊まりしていた離れ「釣月軒」があり、ここで詠んだ句も残されている。馬岡裕子さんに話を聞くと忍者は忍者の身分の家しかなれないので、芭蕉は忍者ではなかったと話す。渡辺正行が一句思いつき「伊賀にたち 夢は彦根を かけ廻る」と詠んだが、松尾芭蕉の句を真似たものだった。

続いて訪れたのは「藤一水」、表に大きな手裏剣のモチーフがある。店主に話を聞くと、忍者が食べていたと考えられる食材を懐石料理にした忍者料理を提供している。

キーワード
芭蕉翁生家
松尾芭蕉
伊賀市(滋賀)
釣月軒
藤一水

三重県 伊賀から滋賀県彦根までの歩き旅 (バラエティ/情報)
07:52~

「藤一水」では忍者の末裔の藤林孝行が忍者が食べていたとされる食材を使った料理を作る。食前酒の色変化の術やお椀の水蜘蛛の術など料理にも忍者のカラクリがあり、味だけでなく目でも楽しむことが出来る。「忍法帖料理」を頂いた渡辺正行は「ちゃんと和食で、それでいて楽しめるってのが良いですね」などとコメントした。また老談集に作り方が記されている兵糧丸も頂くことができる。

キーワード
藤一水
忍法帖料理
老談集
伊賀市(滋賀)

エンディング (その他)
07:57~

「歴史の道 歩き旅」の次回予告。

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