SPORTS ウォッチャー スペシャル 〜松坂世代 運命のカウントダウン〜

放送日 2019年1月5日(土) 0:28~ 1:23
放送局 テレビ東京

番組概要

オープニング (バラエティ/情報)
00:30~

オープニング映像。

松坂世代 運命のカウントダウン (バラエティ/情報)
00:31~

1998年の夏の甲子園で横浜高校の松坂大輔は語り継がれる伝説となった。松坂世代はバブルがはじけ混沌とした日本に光を照らした。あれから20年、38歳となった選手たちは引退し監督になるものもいる。平石洋介は楽天の監督に就任、松坂世代で最初の監督となった。PL学園で補欠だった平石洋介は横浜高校戦で途中出場でヘッドスライディングをした。藤川球児は松坂がドラゴンズで勝利した時にお祝いをしたと話した。94人生んだ松坂世代は86人の選手が姿を消した。

松坂世代で最初にクビになった男は阪神の寺田祐也だった。寺田は藤川球児の同僚だったが3年間試合出場なしで戦力外通告を受けた。引退後はアルバイト生活をし、4年後はイタリアリーグで現役復帰。当時月給12万円程度だったという。1年間イタリアリーグを経験、帰国後には会社設立など手を広げた。現在は静岡のマグロ加工工場の営業をしている。

松坂世代で最後にプロ入りした森田丈武は三菱自動車岡崎野球部を5年で戦力外通告。森田はアメリカの独立リーグに挑戦、スニッカーズと水で空腹をしのぐ極貧生活を経験。四国アイランドリーグで2度のホームラン王となった。28歳で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。3年間で27打数6安打。野村克也は森田はハングリーで一生懸命だと話した。現在は茨城で野球塾を開校している。練習場は森田の手製のものだった。

1980年10月30日生まれの杉内俊哉。98年夏の甲子園での17歳の勝負は松坂に軍配が上がった。先にボールを置いた杉内の引退会見での涙の意味を知りたかった。運命のその日、実現したあの男とのキャッチボール。横浜市内の杉内自宅で、艱難辛苦を回想する日記で杉内は「右足を上げる時に痛みを感じ踏み込んだ時には激痛になっていた」などとつづっていた。運命の日から1256日前、野球人生を激変させた1日。9年ぶりに日本球界に復帰した松坂大輔の治療が難航していた2015年。杉内にも苦悩の始まりが訪れる。2015年7月21日、右足股関節に走った激痛。痛み自体は8年前からあり、それがついに耐えきれなくなった。杉内は右股関節形成手術を受ける。前例のない難手術だった。杉内は15年12月撮影の映像で、「僕10%でもしようと思ったの手術を」「そしたら40%ぐらいあるって、40%ならするべきじゃんと思って」等と話していた。興味深いのはケガの原因で、球速よりも遥かに早く感じると言われる杉内の速球だが、そこには生まれついてのヒザの形状が大きく関わっていた。左膝の僅かな変形が、投手としての才能の正体。しかし人より軸足に体重が乗る分、受け止める右股関節に負担がかかる。その蓄積で痛みを生んでいた。

松坂世代の中心にいた松坂大輔は去年1軍マウンドに帰ってきた。11試合に先発し6勝4敗の成績だった。松坂は村田、後藤、杉内が引退を発表したので彼らの分も頑張る決意表明の日にしたかったと話した。

2ヶ月の入院を経て、ときは2016年へとる。運命の日から1086日前、投球を再開。2016年6月12日に手術後、初ブルペン。投球するという動作をケガから11ヶ月ぶりに行う。運命の日から892日、奇跡が現実に近づいた日。2016年7月19日に手術後初登板。手術前と変わらない球速が出た。でもそれが数字上の話で納得の行く球ではなかった。原因は練習量に制限をかけていることだと自覚している。走って下半身を鍛えなければ回転のいい球は放れない。運命の日から854日。8月26日の実戦復帰6試合目で投げたが、理想の球が来ない。暗中模索で、杉内はあえて一歩後ろに下がる。目指すのは復帰ではなく復活。そのために再発のリスクは覚悟の上で、下半身の強化という賭けに出た。運命の日から817日前、松坂が日本で10年ぶりに登板した日、杉内は手術後の1年検診を受けに福岡を訪れた。病院に行く前、馴染みのラーメンで景気づけ。そして検診の結果は、画像上でも問題なく先生のお墨付きをもらった。

運命の日から676日前。2017年2月、2年ぶりに春のキャンプを1軍で迎えると松坂世代の盟友・村田修一と實松一成が出迎えてくれた。状況は皆厳しい。村田修一はレギュラー剥奪の危機にさらされ、實松も出場機会が激減している。2017年3月16日、杉内は600日ぶりに1軍登板。投げ合うのは松坂世代の代表格・和田毅。結果は4イニング3失点で二軍落ちが決まる。後一歩、残るは体力。だが芽生えた希望が後の悲劇を招いたのかもしれない。2017年4月、高橋監督が視察した2軍戦で7回100球という課題をクリアした杉内。次回が最終テストを決まった矢先、それは起きてしまう。

運命の日から588日前。2017年5月19日、1軍最終テスト当日、グラウンドに杉内は現れなかった。杉内は日記で「試合2日前のブルペンで肩に異変を感じた」「肩が上がらない、力が抜ける感覚は初めてだった」などと綴っていた。17年6月撮影の映像では「トレーナからも(股関節の)対角線にくるって言うから右股関節が悪いから左肩とか左肘にくるよとは言われていたんだけど」「下半身に頼らず上半身に頼ってしまった結果かな」と話していた。術後は股関節の負担を考え左腕を下げてきたが、一軍が近づき球威のために腕を高く戻したのが裏目に出た。9月になる頃には「ピッチングコーチの打診ももちろんあったし、育成契約の話もあった」というようにフロントから現実的な問いかけをされた。背番号18はエースの証。受け継がれてきた誇りと責任に背きたくない。17年10月撮影の映像で杉内は「やっぱり最後は息子にね、ボロボロになっても打たれても頑張っているところを見せてあげたい」等と話してた。ひと月後、松坂がソフトバンクを自由契約になった。理由は育成契約を良しとせず、誇りある復活にかけたからだった。

運命の日から339日前。運命の日とは、世界一胸を打つキャッチボールが実現した日のこと。2018年1月23日、松坂が中日入団テストを経て契約をした頃。杉内は鹿児島の自主トレでそれを励みに自分を奮い立たせていた。キャンプ地の沖縄・北谷が松坂フィーバーに沸いていた頃、沖縄県・那覇で杉内は巨人3軍キャンプでの調整を続けていた。どこまでが足りなくてどこからがやりすぎなのか、もう自分では分からない。松坂ともう一度でいいから、投げあって、勝ちたい。

運命の日から242日前。2018年4月30日、松坂が日本で12年ぶりに勝利を挙げた日。杉内は内転筋に痛みを感じ、投球を中止。そこからまた迷走が始まる。運命の日から160日前、肩は治っているが内転筋がだめだといい、杉内は「一進一退だね、良くなればどこかが悪くなるし」と語っていた。運命の日から140日前、取材記者は杉内の弱音を初めて聞いたという。杉内は 「自分でも『そろそろ終わりかな』って思うときもあるわけ…」などと語っていた。現役続行への唯一の道は、「自分の中で(試合復帰の)目途が立って球団も契約しませんか?って言われたらそれはもちろん」「もうそこしかない、その1択しかない」と話していた。気がかりは息子の反応。運命の日から117日前、引退を決意した日の2日後、杉内は栃木県・小山市に村田や矢野を始めとする松坂世代の仲間が集まった。その席で杉内は決意を伝えた。

運命の日から107日前、2018年9月12日引退会見の前日、松坂に電話で引退することを伝えていた。松坂は杉内の引退を聞いて「会見の前に電話した時の声は明るかったですけど」「5日投げあえたら良いなとは思っていて…」などとコメントしていた。甲子園の対戦から20年、松坂に一度も勝つこと無く引退する。その事実は変えられない。球団からは引退試合の開催を打診されたという。杉内は会見で「心から後輩を応援するようになったというか、勝負師として違うかなと感じました」と語った。背負い続けた誇り。松坂も背負った18番ともお別れになる。次の仕事は突然決まった。運命の日から67日前、コーチの打診を受けた。ここで少しトーンを変えて、杉内の自宅を訪問。そしてキャッチボールの行方は。

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松坂世代 運命のカウントダウン (バラエティ/情報)
01:10~

2018年10月22日、杉内の自宅を取材。家の中は移動に時間がかかる広さだった。地下室はトレーニングルームで記念館でもあった。杉内は2005年の沢村賞や巨人の初勝利のウイニングボールなどを披露した。杉内はWBCの時に松坂大輔からもらったグローブを見せて、昔からよくもらっていると話した。イチローが声をかけて世界一のリングを作ったと話した。2018年12月28日にハワイで杉内を取材、杉内はプロ4年目に野球人生を賭けて自主トレをした。菅野智之がサプライズに協力、今年から18番を受け継ぐ。菅野はスライダーを使うように杉内にアドバイスを受けたと話した。

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松坂世代 運命のカウントダウン (バラエティ/情報)
01:16~

このあと、杉内俊哉のラストメッセージ。

杉内俊哉と、杉内の背番号「18」を引き継いだ菅野智之がキャッチボール。杉内が「最後にキャッチボールをしたい相手がいるとすれば、松坂か背番号が18になったトモと思っていた。その夢が叶ったよ」と語った。菅野が「僕に背番号18を付けてもらって良かったと思ってもらえるように。それ以上にしっかりやります」とコメントすると、杉内は「もう思っている。お前はいける」と笑顔で返した。

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松坂世代 運命のカウントダウン (バラエティ/情報)
01:22~

菅野智之とのキャッチボールを終えた杉内俊哉が「これで野球人生の終わり。背番号18を引き継いでくれたトモに投げられて良かったし、最後の一球は『トモ、これからも頑張れよ』という気持ちで投げた」と笑顔で語った。

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