美の巨人たち 葛飾北斎『富嶽三十六景 山下白雨』70代 富士に込めた人生哲学

『美の巨人たち』(びのきょじんたち)は、テレビ東京系列にて、毎週土曜日22:00~22:30に放送中の美術系教養番組。2006年12月放送分までは、セイコーエプソン一社の提供であったため、正式タイトルが『EPSON MUSEUM(エプソンミュージアム)美の巨人たち』であったが、2007年1月からは、キリンビール一社が提供することとなり、現在の正式タイトルは『KIRIN ART GALLARY 美の巨人たち』である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2016年4月16日(土) 22:00~22:30
放送局 テレビ東京

番組概要

オープニング (その他)
22:00~

浮世絵師史上の傑作、富嶽三十六景。その中でも特に人気の高い3役と呼ばれる神奈川沖浪裏は、迫り来る大波と富士が描かれているが、残りの2枚には富士山しか描かれていない。二枚はどこで描かれたのかわかったとき、北斎の恐ろしいまでの狙いが見えてくる。

キーワード
神奈川沖浪裏
北斎

葛飾北斎『富嶽三十六景 山下白雨』 (バラエティ/情報)
22:03~

富嶽三十六景の殆どの作品には人物が描きこまれている。しかし今日迫る一枚「山下白雨」は違う。白雨とは夏の夕立を意味しており、地上近くには暗雲が立ち込め、切り裂くように走る稲光の鮮烈。山の天気は変わりやすく、激しい雨の音が聞こえてくるようだ。

葛飾北斎によって描かれた富士の位置を特定しようと、田代博さんに協力を仰いだ。凱風快晴が描かれたポイントは、山梨県側から見た富士山。その場所を探す旅人には蟹江一平が選ばれた。

蟹江一平は田代さんから得たヒントを元に山梨県側で場所を探す。まずは水ヶ塚公園を探るが、条件と一致しない。田代さんによると、凱風快晴は山頂がほぼ平らに見える場所で描かれているという。

蟹江一平は三ツ峠の山小屋のご主人の車に同乗させて頂き、山頂を目指す。狭く険しい道を登ること30分、ようやく山小屋に到着した。葛飾北斎は三ツ峠から見た富士山の高さを、二倍にすることでその崇高さを表現したという。

版画研究所の摺師、京増与志夫さんに山下白雨を描いて頂いた。彼が最も神経を使うというのが、雨雲の部分。山との境目には薄い墨を、麓の部分には濃い墨を置いて摺り上げていく。この黒の加減が絵の質感を決めるという。

キーワード
富嶽三十六景
尾州不二見原
駿州江尻
山下白雨
凱風快晴
三ツ峠
葛飾北斎

葛飾北斎『富嶽三十六景 山下白雨』 (バラエティ/情報)
22:16~

白雨とは夏の夕立のことだが、葛飾北斎の「山下白雨」には様々な気象が描かれている。古来より富士山は慈しみの対象であり、日本人の精神の象徴と言われてきた。北斎は稲妻も美しいと思っていたという。しかしタイトルにもなっている”雨”はどこにも描かれていない。描いた場所にこそその秘密があった。

山下白雨の描かれた場所は、山頂の剣ヶ峰が中央に見えるのがポイント。具体的には、南西側にある静岡県の白糸の滝辺りだという。白糸の滝は富士山と共に世界文化遺産に登録されており、日本最大級の滝として知られている。しかしそこから見える景色は、山下白雨とは一致しなかった。

葛飾北斎は白糸の滝から見える富士山を、見下ろす富士として想像することで、山下白雨を完成させていた。だからそこから雨は見えない、描かない。富士と格闘し続けた北斎の絶筆も富士であるという。

キーワード
山下白雨
葛飾北斎
富士山
白糸の滝

葛飾北斎『富嶽三十六景 山下白雨』 (バラエティ/情報)
22:25~

葛飾北斎は絵を描くこと意外は無頓着であり、二度の結婚をしてニ男四女を設けた。二番目の妻との間に生まれた応為が唯一の跡継ぎであり、彼女は吉原格子先之図などを残している。そんな娘に支えられながら北斎は富士に挑み続けた。

齢90、葛飾北斎は再び富士を描いた。彼が描いた「富士越龍図」に応為の「夜桜美人図」を重ねると、二枚の曲線が似ていることがわかる。北斎曰く、美人画にかけては自分の娘には敵わないと、実は父の晩年の作品は娘が描いていたとも言われている。

キーワード
山下白雨
富士山
白糸の滝
葛飾北斎
吉原格子先之図
葛飾応為
富士越龍図
夜桜美人図

エンディング (その他)
22:27~

エンディング映像。

美の巨人たちの次回予告。

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