美の巨人たち パリに咲く芸術の花!エクトール・ギマール『パリ・メトロ出入口』

『美の巨人たち』(びのきょじんたち)は、テレビ東京系列で2000年4月8日から毎週土曜22:00 - 22:30(JST)に放送されていた美術系教養番組。2019年4月から『新美の巨人たち』とタイトルが変わり、美術鑑賞をテーマとする旅番組へと変わった。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年2月23日(土) 22:00~22:30
放送局 テレビ東京

番組概要

パリに咲く芸術の花!エクトール・ギマール『パリ・メトロ出入口』 (バラエティ/情報)
22:00~

今やパリの風景に欠かせないランドマークとなったエッフェル塔。建てられたのは今から130年前。エッフェル塔が建った10年後に、今やパリの風景に溶け込んだ斬新なアート作品が作られる。今日はパリが初めてというみなさんとガイドツアー。今日の作品は、エクトール・ギマール作のパリ・メトロ出入口。側面の鉄製の囲いには、手の混んだ曲線模様と昆虫の固い羽根のようなレリーフ。最下部にはメトロの頭文字、Mの装飾がある。19世紀末に登場したアールヌーヴォーと言われる様式。かつて不思議なフォルムの出入り口の数は、今のほぼ倍あったという。パリ交通公団のヨウ・カミナガイさんは「このギマールのデザインは最盛期には166箇所にも及んだ」「このタイプだけでなくもっと多種多様なデザインがあった」などと話した。

キーワード
エッフェル塔
パリ万博
エクトール・ギマール
アールヌーヴォー
パリ交通公団

オープニング (その他)
22:04~

オープニング映像。

パリに咲く芸術の花!エクトール・ギマール『パリ・メトロ出入口』 (バラエティ/情報)
22:05~

エクトール・ギマールは、国立美術学校の建築学科に進むが、伝統ばかりの押しつけに嫌気が差し、中退。建築会社に勤め現場で学ぼうとするが、当時のパリは現場でも伝統のがんじがらめで新しい芸術になど踏み込める余地はなかった。1853年から始まったパリの大改造。凱旋門から放射線状に伸びるシャンゼリゼなどの大通り。どこまでも見通せる直線の景観美で、パリは世界に冠たる美しい街と讃えられた。しかしギマールはあまりに生前とした町並みに不満だった。

パリ16区。ギマール設計のアールヌーヴォーのアパルトマン、カステル・ベランジェ。始めは他と変わらない、ありふれた建築だったという。新しい建築を目指したいのに結局は石造りの何の変哲もないものしかできない。1895年春、ギマールは休暇を取り、ベルギー・ブリュッセルで、新しい建築と出会う。設計者の名前は、ヴィクトール・オルタというアールヌーヴォ建築の先駆者だった。アールヌーヴォーとは新しい運動で、発端は産業革命にあった。工業製品に対して手仕事で繊細、個性の美を表現したのがアールヌーヴォーだった。その思想を建築に取り入れたのがオルタだった。タッセル邸など彼の建築を見たギマールは衝撃を受ける。ギマールは帰国すると、建築途中だったカステル・ベランジェの設計を全面的に変更する。かくしてこの建築は、フランス発のアールヌーヴォー建築となり、1899年第一回パリ・ファサードコンクールの建築賞に輝く。

パリ・メトロの出入り口を見てみる。メトロポリタンという文字もギマールの手書きのデザインを採用している。昆虫の固い羽根のようなレリーフも、自然由来の曲線が用いられている。今はここにしか残っていない3方を壁で囲われたタイプで、植物模様が描かれ、茎を思わせる細い鉄の柱がそれぞれの壁を繋いでいる。屋根は中央の梁に向かって落ち込んでいるため、虫が羽ばたいているようにも見える。しかしなぜパリは、地下鉄の出入り口まで新しい芸術にこだわったのか。そこには新しい時代を迎えようとする19世紀末のパリの挑戦があった。

キーワード
エクトール・ギマール
パリ(フランス)
カステル・ベランジェ
ブリュッセル(ベルギー)
ヴィクトール・オルタ
アールヌーヴォー
エミール・ガレ
ひとよ茸
四つの花
アルフォンス・ミュシャ
ルネ・ラリック
翼のある風の精
タッセル邸
ポルト・ドーフィーヌ駅

パリに咲く芸術の花!エクトール・ギマール『パリ・メトロ出入口』 (バラエティ/情報)
22:16~

地下鉄の歴史は、今から約150年前のイギリス・ロンドンに遡る。地下を蒸気機関車が走るという今では考えられないスタイル。その後、イスタンブール、ブダペスト、ウィーンが続き、パリはその後のこと。当時パリは、1900年に開かれる万博の準備に追われており、パリは会場だけでなく街全体を芸術の都にしようとしていたため、同時に開通するメトロの出入り口も一つの芸術作品と捉えていた。

実はギマールが設計者に選ばれた時、すでに地下鉄開通前わずか半年しかなかった。短い期間でしかも複雑な形をした出入り口をいくつも作らなければならず、ギマールは実に大胆な方法を思いつく。ヒントは出入り口そのものにあった。プレハブ型の工法を使い、パーツの組み合わせによって、色々な形や大きさにも対応できた。例えば、アベス駅では側面の昆虫の固い羽根のようなものは共通のもの。パーツの大量生産でわずか半年という工期に間に合わせたギマール。しかしそもそもアールヌーヴォーとは大量生産への反発から生まれたもの。その最たる美は夜に見ることが出来る。ギマールは新しい光・電灯をつけた。メトロが開通した1900年のパリ万博 会場には、大きな観覧車や動く歩道があった。電気が目玉だったといい、だからギマールは出入り口に電灯をつけたという。

その後もメトロの路線は拡大。同時にギマールの出入り口も増産され、最盛期には166j箇所にも上った。しかし現在残っているものは半分ほどの88か所。原因の一つは当時バス停ほどの間隔にあった地下鉄の駅が統合され出入り口そのものの数が減ったこと。さらにアールヌーヴォーが時代遅れとなったことも一因。減少の一途をたどったが、ところが今、おもわぬばしょで 増殖を続けていた。その場所とは?

キーワード
ロンドン(イギリス)
パリ(フランス)
イスタンブール(トルコ)
ブダペスト(ハンガリー)
ウィーン(オーストリア)
エクトール・ギマール
アベス駅
パリ万博

パリに咲く芸術の花!エクトール・ギマール『パリ・メトロ出入口』 (バラエティ/情報)
22:24~

20世紀初頭、新しい芸術としてパリ中を埋め尽くしたギマールのメトロ出入口。しかしアールヌーヴォーが時代遅れになると出入口の数は最盛期の半分にまで減少してしまった。その風向きが変わったのが1964年。アンドレ・マルローは国の歴史的建造物としてギマールのメトロ出入口を保存すると決定した。ギマールが19世紀末に開花させた美は、こうしてこの町で永遠に生き続ける花となった。

芸術の都、パリのメトロ出入口は、シカゴなど世界の5つの国で使われている。

キーワード
パリ(フランス)
エクトール・ギマール
アンドレ・マルロー
シカゴ(アメリカ)
モスクワ(ロシア)

エンディング (その他)
22:27~

「美の巨人たち」の次回予告。

番組宣伝 (その他)
22:28~

「車あるんですけど…?」の番組宣伝。

スポット

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