世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜 70歳を過ぎて突然アフリカに移住した日本人2時間SP!

放送日 2016年4月11日(月) 21:00~22:48
放送局 テレビ東京

番組概要

世界屈指の貧国タンザニアになぜか突然70歳で単身移住!貧しい子供達を助けるワケあり日本人 (バラエティ/情報)
21:00~

アフリカのタンザニアにある部族の村を歩いていると、大きく開いた巨大な穴を見つけた。アフリカの部族の方々は穴の中で牛に草を食べさせているという。ここは活火山が噴火した際に出来たもので、肉食の猛獣が来ないのだ。

Q.「なぜマサイ族の皆さんは”下の前歯”だけわざと抜いている?」との問題が出題された。正解は「気絶した時に薬などの液体を直接口に入れるため」だった。

タンザニアの面積は日本の約3倍、人口は2分の1と少なめ。タンザニアの川はストリートチルドレンにとって洗濯場であり、お風呂場でもあるという。彼らはその日暮らしを強いられ、1kgの鉄くずを集めても30円にしかならない。更に路上で横になる少年は、2人の両親を亡くし1人で生きていた。

キリマンジャロの麓の町、モシで日本人の聞きこみを開始。すると白い門の建物まで案内され、75歳の桑波田恭行さんに出会った。彼が要るこの場所はムサマリア孤児院。4歳から15歳までの子供が一緒に暮らしている。何故桑波田さんはタンザニアで孤児院を開くのか、秘密を探るべく日常に密着することにした。

ムサマリア孤児院は資金不足で、子供達に十分なご飯を食べさせることが出来ないでいた。それを知った桑波田さんはニワトリ小屋を作り、大量の卵が穫れるようにした。家族を失った子供達にとって、桑波田さんは唯一の甘えられる人。この日は子供達のために牛肉を用意し、お腹いっぱい食べさせた。

桑波田さんは孤児院ではなくホテルの屋根裏部屋を激安で間借りして住んでいた。電気がないので普段は懐中電灯を使い生活している。孤児院の子供達のため、自身の生活費はギリギリまで切り詰めていた。

キーワード
マサイ族

世界屈指の貧国タンザニアになぜか突然70歳で単身移住!貧しい子供達を助けるワケあり日本人 (バラエティ/情報)
21:26~

今回は産休中の杉崎美香に代わって、新井恵理那アナが登場。谷原章介はヒマラヤに行く企画で、酸素不足で喧嘩をすることも出来なかったと話した。

桑波田さんの収入は月に10万円の年金のみ。そのため生活費を切り詰め、年金の大半を孤児院の為に使っている。洗濯機もないのですべて自分で手洗い。お風呂は一杯の桶で済ませていた。

翌朝5時に桑波田さんを訪ねてみると、彼は寝ぼけ眼で朝ごはん作りを開始。お米は洗面所で洗い、オーブンで炊くのだという。この日はオクラを納豆のように調理し、口へとかき込んだ。

この日は買い物をしてから孤児院へ行くということで、市場へ。すると女性から話しかけられ、お金をくれないかと話しかけられた。

キーワード
杉崎美香

世界屈指の貧国タンザニアになぜか突然70歳で単身移住!貧しい子供達を助けるワケあり日本人 (バラエティ/情報)
21:35~

日本人だと見るとすぐにたかられる、これは日常茶飯事であるという。孤児院へ行くためバスに乗り込むが、ここでも財布をスラれない注意が必要。桑波田さんはヒモを2本つけ、絶対に取られないよう工夫している。途中でトウモロコシを購入し、小さく切って子供達に振る舞った。

午後8時、桑波田さんの夕食は現地で1番安いビール1本だけ。毎日このビールを飲む度に、自分はまだ生きていると実感することが出来る。実は彼は1年前、タクシー強盗にあい死にかけた過去があるという。

アフリカの強盗のとんでもない手口とは!?

世界屈指の貧国タンザニアになぜか突然70歳で単身移住!貧しい子供達を助けるワケあり日本人 (バラエティ/情報)
21:43~

桑波田恭行さんは高齢な上に、今までの人生を捨てて何故タンザニアへ渡ったのかを知りたいと話した。

1年前、桑波田さんはタクシー強盗に合い、暴力を振るわれキャッシュカードを奪われた。その時は暗証番号を教えるしかなく、金を全部おろされ一文無しになってしまったという。それ以来、キャッシュカードは靴底に隠しているが、全財産を奪い去った犯人は捕まっていない。

桑波田さんは自分の年金以外に、孤児院のための資金源を作ろうとしていた。それがタンザニアで日本のトウモロコシを作ること。タンザニアのトウモロコシは固くて甘さがないので、スイートコーンと呼ばれるトウモロコシを作ろうとしている。

待ちに待ったトウモロコシの収穫日がやってきた。しかしこの日食べられる予定だったトウモロコシは、全てアリに食べられていた。タンザニアの物よりも、甘いトウモロコシが仇となってしまった。

1941年、高知県で生まれた桑波田さんは、幼少時に外国人からチョコレートを貰い、生涯忘れられない味を味わった。自分もひもじい思いをしている人を救いたいと考えるようになり、建設会社に就職。1976年に2年間限定の派遣先としてタンザニアを訪れ、ストリートチルドレンを目にしたのだった。

空腹に耐える生活の辛さを良く知っている桑波田さんだが、何もしてあげることが出来ないまま無念の帰国となった。その後は40歳で結婚し、一人息子が誕生。独り立ちした息子を見た彼は、タンザニアのストリートチルドレンを思い出し、2011年に単身タンザニアへと渡った。

桑波田さんはストリートチルドレンを保護するムコンボジ孤児院を訪れるが、現地のスタッフは自分の利益しか考えないスタッフであり、子供達には必要最低限の食事しか与えられていなかった。

子供達の朝ごはんのため、桑波田さんはニワトリのヒナを50羽購入。1人でニワトリ小屋を作り始め、周囲の子供達が手伝ってくれたという。それから5ヶ月後にはヒナが成長し、遂に卵を産むように。子供達は食べ物を自分の手で作り出せることを知り、将来への希望を生み出した。

希望を持った桑波田さんを襲ったのは、命を脅かすタクシー強盗だった。一文無しとなった彼は日本へ帰国したが、早くまたあの子達に会いたいと旅費を工面し、再びタンザニアへ。しかしムコンボジ孤児院は閉鎖となり、中はもぬけの殻だった。スタッフによる支援金の横領が発覚し、支援者からの援助が打ち切られたのだ。

桑波田さんがトウモロコシを作ろうと奮闘している場所は、かつて子供達と過ごしたムコンボジ孤児院だった。彼はかつての子供達を探しながら、ムサマリア孤児院の子供達を守り続けている。

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桑波田恭行

73歳で突然ケニアの「秘境の村」に移住!12歳で両親を失った日本人女性 (バラエティ/情報)
22:04~

70歳過ぎて突然アフリカへ!

アフリカの国を歩いていると、鞭で車を叩く男性を見つけた。このアフリカの街では大渋滞が社会問題となっており、彼は大渋滞を少しでも解決するため交通整理を始めたのだ。

ケニアの秘境の村、ウワンジャンデーゲ村に住んでいる都丸つや子さんを取材。村には水道が通ってなく水を1リットル3円で購入し自宅のポリタンクに貯蔵したり、雨水を貯蔵したりして確保していた。洗濯機もないため全て手洗いし、電気は3年前に村に開通したが1日の大半が停電だという。そのため太陽光充電式のライト使っていた。都丸さんはこの暮らしについて「不便ですよ」と話した。

つや子さんがケニアに移住したのは6年前の73歳の時。自宅から車で10分のガマ村へ向かうとそこは「サウスマウントガマ アカデミー」という生徒数約200名の小学校で、つや子さんが発起人となり自ら作り上げた学校だった。ガマ村は学校の数が少なく教育を受けられない子どもたちで溢れていた。つや子さんは73歳の時に私財を投げ打ち、ほったて小屋のような校舎で学校をスタートし今ではコンクリート製の校舎を建て生徒数も200人の学校に拡大した。つや子さんは幼稚園も併設し自らが先生となった。

つや子さんは放課後は小学生と一緒にあそんだり裁縫を教えたりふれあう時間を作っている。そのあと近くの町のある野菜市場で野菜を購入。自宅で夕食作りをするが、キッチンがなく外。水道タンクの近くで料理する。つや子さんの自宅は73歳になるメリーさんの自宅の離れを間借りしており、歳も近いこともあり2人で夕食を作って食べる日が多いという。さらに夕食後はつや子さんがメリーさんをマッサージしている。

つや子さんの生い立ちを紹介。9歳の時に脳溢血で父親が突然他界。その3年後の12歳の時に母親が心臓発作で亡くすという悲劇に見舞われた。このあとつや子さんの人生は思わぬ方向へ向かった。苦労を重ね73歳になって突然ケニアに移住することになった。そのきっかけはある男性からの驚きの一言だった。

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ウワンジャンデーゲ村(ケニア)
サウスマウント ガマ アカデミー
ガマ村(ケニア)
脳溢血
心臓発作

73歳で突然ケニアの「秘境の村」に移住!12歳で両親を失った日本人女性 (バラエティ/情報)
22:26~

12歳にして両親を失ってしまったつや子さんを育ててくれたのは兄。迷惑をかけられないとの思いから高校卒業後はアルバイトで学費を稼ぎ夜間の専門学校に進学した。24歳の時につや子さんは保育士になって以来40年間子どものために働き続け、結婚はせずに仕事一筋の人生を送った。結婚しなかった理由についてつや子さんは「男の人が嫌いではないし肉体的な病気があるわけでもない。1人は楽」と話した。

つや子さんが60歳の時、山崎豊子さんの講演会に出掛けた際に親しくなった男性からケニアの小学校の辛い現状を聞かされ、「貧しい子どもたちのために学費を払ってくれないか」と言われた。その男性はケニアで孤児院を運営している人だったが遠い異国での話でもあるためケニアを訪れることもなく9年の月日が流れた。69歳の時、海外旅行がしたいと思ったつや子さんはケニアをふと思い出し2006年にはじめて訪れた。しかしそこで見たのは劣悪な環境だけでなくシンナーに手を染める子どもの姿だった。

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沈まぬ太陽
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シンナー
ケニア

73歳で突然ケニアの「秘境の村」に移住!12歳で両親を失った日本人女性 (バラエティ/情報)
22:35~

旅行でケニアに訪れたつや子さんは、旅行資金の30万円を使って衝動的にケニアの中でも貧困層が多く暮らすガマ村に学校を設立した。その後73歳の時にケニアに完全移住することに決めた。最初はほったて小屋からスタートしたが、6年が経ち生徒数も70人から200人に増えた。取材したこの日、小学校では創設6年目にして初の卒業式が行われた。

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ガマ村(ケニア)

73歳で突然ケニアの「秘境の村」に移住!12歳で両親を失った日本人女性 (バラエティ/情報)
22:41~

ドクター調査班 ~医療事故の闇を暴け~の番組宣伝。

卒業式の当日、この日巣立っていく卒業生に対しつや子さんは「みなさんの幸せを祈ってます。忘れないでください。困ったことがあったら学校へ来て先生に相談してください」とメッセージを送った。つや子さんは「自分で稼いだ金は自分で使えばいいと思っていた。今のためにもっと貯金しておけばよかった」と話した。

スタジオトーク。谷原章介は「教育の機会が与えられないことが一番の負の連鎖を生んでいる」と話した。

エンディング (その他)
22:44~

世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜の次回予告。

スポット

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