世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜 ナゼか未知の国に暮らすワケあり日本人2時間スペシャル!

放送日 2016年3月21日(月) 21:00~22:48
放送局 テレビ東京

番組概要

”あるトラウマ”からナゼか現地の子供を我が子のように育てる70歳のワケありシングルファーザー (バラエティ/情報)
21:00~

コンゴ民主共和国にある激流の川沿いを歩いていると、激流の上で魚を獲る男達を見つけた。彼らは激流の川にカゴを設置し、素手で引き上げ罠に掛け魚を獲る漁師だという。漁師達は獲ったばかりの魚を口に咥え、両手を使えるようにしていた。

コンゴ民主共和国は元々ザイールと呼ばれていた国であり、ザイールは1971年から97年まで大統領モブツが覇権を握る独裁国家だった。彼は海外からの支援金400億円を着服するなど政権を私物化し、国民は苦しい生活を強いられていた。しかし1997年にローラン・カビラが解放民主勢力連合を結成し、独裁者モブツを国外逃亡へと追い込む。そして1997年にコンゴ民主共和国が誕生した。

コンゴはウガンダ、タンザニアなど9つの国と国境を接しており、国境での紛争が未だ絶えず多くの民間人の命が奪われている。そんなコンゴの面積は日本の6倍。人口は6800万人と日本の半分程しか住んでいない。また公用語にはフランス語が使われている。

コンゴで取材をしていると、撮影許可を取っていたにも関わらず金を要求してくる現地人が見られた。すると突然、金を要求して来た者同士のケンカが勃発。更に別の場所でもケンカが始まり、撮影は度々中断されてしまった。日本人は金を持っていると見られているため、彼らはしつこく金を要求してくるのだという。

コンゴの1人当たりのGDPは世界で182位と最貧国の一つと言われている。まともな働き口がなく、安定したお金を貰っていない人が殆ど。国民の平均月収は2400円程で、苦しい生活を送っている。しかしそんなコンゴ民主共和国は、日本と意外な繋がりを持っていた。

コンゴでは日本の昭和の街頭テレビのような風景が見られた。彼らが取り合っていたのはゲームのコントローラー。現地の人達は路上でテレビゲームを楽しんでいたのだ。かつてこの国にはテレビゲームがなかったが、店主が大金をはたき日本からプレステを購入。小銭を払えば誰でもゲームが出来るようにした。今まで娯楽がなかった子供達もゲームに食いつき、街頭ゲームが大ブームとなった。

コンゴの別の場所を歩いていると、道路の端にロボットが置かれていた。これはコンゴならではの信号機であり、少しでも目に付くようにロボットの形となっていた。しかし現地の人々は、信号機が赤になっても信号を無視している。

コンゴ民主共和国の辺境にあるキプシという街に到着。早速事前に聞いていた家を訪ねてみると、日本人男性の田邊好美さんに出会った。彼は築60年の借家に、現地の子供と共に暮らしている。彼の息子だというクリスチャンくんは、親がいないので自分の息子にしたのだと明かした。

クリスチャンくんは人を思いやる気持ちを大事にすること、そう父親から教えられ、日本流のおもてなしを見せてくれた。彼は24歳だが、7年間学校に行ってなかったため、日本式に言えば中学3年生だという。コンゴでは貧困のため、成人してから中学校に通う人が多いのだ。田邊さんとクリスチャン君は本当の親子のように暮らしていた。

田邊さんの過去に何があったのか探るべく、70歳の彼の日常生活に密着させて頂くことに。午前8時、田邊さんの朝は男2人分の洗濯から始まった。彼の自宅では断水が予告なしで週に2回起きるため、断水対策としてペットボトルに水道水を貯めて用意している。

田邊さんの仕事は小さなレンタカー業者のようなもの。庶民の足である乗り合いバスのドライバーに、自分が所有している2台の車を貸して生計を立てていた。

とんでもない事が発覚!

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コンゴ民主共和国
モブツ大統領
ローラン・カビラ
キプシ(コンゴ民主共和国)
プレステ

”あるトラウマ”からナゼか現地の子供を我が子のように育てる70歳のワケありシングルファーザー (バラエティ/情報)
21:26~

松本清張特別企画 喪失の儀礼の番組宣伝。

ゲストには村上弘明が登場。彼はいつ何時海外に行かざるを得ない状況を考え、英語と車の運転、笑顔を練習しているという。日本人にはいつも深刻な顔をしている人がいるが、海外に行けば撃たれてしまうと話した。

田邊さんは、仕事であるレンタカー会社の車の点検を行っていた。車を貸しているドライバーは「2000キロ走って2回給油したので追加のガソリン代が欲しい」と要求するが、田邊さんはパソコンで貸し出した車の走行距離を管理しており、彼は嘘をついていることがわかった。こちらのドライバーは走行メーターをいじり嘘をつき、追加でガソリン代を貰おうとしたのだという。

中学校に行っているクリスチャン君は、自動車の運転手や整備士になるための授業を受けていた。田邊さんは彼に、何かしら手に職をつけさせるため、専門学校のような中学校に通わせているのだ。

午後1時、田邊さんは息子の大好物である日本食を作るため、買い出しに出かけた。移動に使うのはバイクタクシー。彼の家の近くにはスーパーがないので、隣町まで1時間かけて行かなくてはならない。更にそこから乗り合いバスに乗車。日本で言う東京駅から横浜駅以上の距離を100円で乗ることが出来る。

数時間かけて目的のスーパーマーケットに到着。この国では商品を買うのであれば店内飲食が許されているのだという。

”あるトラウマ”からナゼか現地の子供を我が子のように育てる70歳のワケありシングルファーザー (バラエティ/情報)
21:36~

息子の大好物を作るため、田邊さんは豚ヒレ肉を購入。また1時間かけて自宅へ戻り、家に帰ると息子に料理を教えながら「トンカツ」を作った。しかし調理中に停電が起きてしまい、調理を進めることが出来無い。停電から1時間が経過すると電気が戻るが、今度は断水に悩まされた。

なんとか調理を終え、息子との食事がスタート。息子は中学生でありながら成人しているので、晩酌も共に楽しむことが出来る。クリスチャン君は、父の手料理は美味しいと絶賛した。まるで親子のように時間を過ごす2人だが、そこには波乱万丈の人生ドラマが隠されていた。

思い出したくもない過去とは!?

”あるトラウマ”からナゼか現地の子供を我が子のように育てる70歳のワケありシングルファーザー (バラエティ/情報)
21:45~

スタジオでは”田邊好美さんはなぜコンゴ民主共和国に来る事になったのか”を予想。村上弘明は「人を教える立場にいたため、貧しい国での教育を思い立ったのではないか」と話した。

1945年、仙台市で2人兄妹の長男として生まれた田邊さんは、地理の大学教授だった父から厳しく育てられていた。時には暴力を振るう父を酷い親だと思っていたが、中学生を境に一切暴力を振るわなくなる。父は自分の行動には自分で責任を持てる、そんな子供に育てたかったのだった。彼は父親の偉大さを理解できるようになるにつれ、自分も親父のような父親になりたいと思うようになっていた。

田邊さんは地理の大学教授だった父の影響で海外に興味を持つようになり、大学卒業後にはフランスの植民地だったアルジェリアの会社に就職。仕事に真面目で業績も優秀、そんな彼は休暇で訪れたヨーロッパの島で、スイス人の女性に一目惚れした。意気投合した2人は3年後に結婚。北アフリカ・アルジェリアでの新婚生活が始まった。

子供の誕生を待ち望んでいた田邊さんだが、妻の精神の病が発覚。妻は幼い頃から心に病を抱え、統合失調症を患っていることが結婚後にわかったのだ。その病は夫婦の夢にまで影響を与え、妻は子供の流産を繰り返していた。田邊さんは妻の精神状態を考えて仕事を退職し、妻の故郷スイスに移住。新たに仕事も見つけ、妻を看病する日々を続けた。しかし妻の病は悪化の一途を辿り、気付けば15年もの月日が流れていた。

夫婦として愛しあう2人だが、今のままでは傷つけ合ってしまう。そして2人は互いに距離を置き、それぞれ別の人生を歩むことを決断した。田邊さんは1000万円の全財産を、妻の治療と生活費のために渡し、一人日本に帰国することになったのだ。

帰国後、生活するため職探しを始めるも、彼は55歳であったため働き先は見つからない。短期の仕事で1日1日を食い繋ぐ日々が5年続き、コンゴ民主共和国での中古車販売の仕事を紹介されたのだった。そして2006年、61歳でコンゴ民主共和国へ移住。還暦を超えていた彼は、この地に骨を埋める覚悟だった。

コンゴに来て僅か4ヶ月後、就職した中古車販売の会社が倒産。失意の底にいた田邊さんだが、路上で洗車をする真面目な青年に出会ったという。その人物こそが現在一緒に暮らすクリスチャン君だった。田邊さんは彼の熱心な仕事ぶりが気に入り、街に行っては洗車を頼むようになっていた。

ある日田邊さんは、クリスチャン君には両親がいないため、学校に行けていないとの相談を受けた。そんな青年との偶然の出会いを、田邊さんは神様がくれた贈り物だと考え、自分の息子として育てることを決めた。彼は昔から憧れていた親子の関係を、絆を、コンゴの地で築いている。

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田邊好美
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統合失調症

夫はカナダに出稼ぎ!コンボ紛争中に子供を出産…4人の子供を育てる肝っ玉母さん (バラエティ/情報)
22:01~

コソボ紛争の傷跡が残っているセルビアの番組ではボヤナ・ダニロビッチさんが取り上げられた。ボヤナ・ダニロビッチさんは、文字と数字だけが逆さに見えるという。なお、現在は日常生活に支障はなく普通に生活をしている。

セルビアはバルカン半島に位置する国で、面積は約7万7000平方キロメートル。人口は約712万人。1991~2000年にはユーゴスラビア紛争、1999年にはコソボ紛争があった。2000年に民主化を果たし、単独国家になった。セルビアはコソボの独立を承認せず、現在も緊張が漂っている。そんなセルビアにはコソボ紛争中に出産した日本人女性がいるという。

日本人女性のランジェロビィッチ・佐智子さんは思春期の子どもが4人もいる家庭の母親。夫はセルビアからカナダに出稼ぎに行ってドライバーの仕事をしている。セルビアの平均月収は5万円。仕送りは約1万3000円で切り詰めた生活をしているという。また、長男の謙太くんは自閉症を抱えている。

ランジェロビィッチ・佐智子さんの日常に密着。平日の朝6時に、4時から回していたという洗濯機に向かった。セルビアでは夜12時から朝8時まで電気代が通常より約75%安くなる家庭もある。ランジェロビィッチ・佐智子さんは毎朝6時からアイロンがけをするのも日課。IHなので、朝・昼・晩の食事も早朝の電気代が安い時に作っている。朝食は食べる食パンの枚数を聞いてから調理を開始。佐智子さん家のルールは寝ていた布団は自分で整頓することで、子供達は起床後に整頓を行って着替えた。

佐智子さん家のルールには「朝食は兄弟4人揃って食べる・寝過ごすと朝食は抜き」がある。朝食後、2人の子供達は登校した。セルビアの学校は2部制で午前8時からと午後2時からそれぞれ授業が開始される。午後、佐智子さんは夕食の買い出しでブロック・セダムデセット市場を訪れ、豆腐を購入。夕方、湯豆腐を作った。食後は、夫のランジェロビィッチ・スロボダンさんから無料国際TV電話がかかってきた。

このあと、コソボ紛争が生んだ人生ドラマを紹介。

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夫はカナダに出稼ぎ!コンボ紛争中に子供を出産…4人の子供を育てる肝っ玉母さん (バラエティ/情報)
22:24~

ランジェロビィッチ・佐智子さんの「自分を責めて生きてきた」人生ドラマを紹介。1965年大阪府堺市で次女として生まれ、父の望みどおり看護師になったが、人生の転機が30歳に訪れた。仕事でい忙しい中、友人から気分転換にと誘われ、アメリカに行った。その旅先で夫となる留学していたランジェロビィッチ・スロボダンさんを紹介された。佐智子さんは声に惚れたと振り返る。アメリカ出身ではなくユーゴスラビア出身だという彼に一目惚れし、帰国後も電話やFAXなどで愛を育んでいった。1年後には結婚の約束をしていたが、大好きな父親には反対をされるのが怖くて言えなかったと語った。1998年に両親に黙ったまま、看護師を辞め、31歳でユーゴスラビアで勝手に結婚をしてしまった。しかし観光ビザでユーゴスラビアを訪れていたため、夫を残し、一時帰国をすることになった。帰国後に妊娠が発覚。ユーゴスラビアへの移動はお腹の子に負担になるので、安定期まで日本での生活を選択した。その後安定期を向かえユーゴスラビアへ移動したが出産予定日まで残り1か月にコソボ紛争に巻き込まれる。

この後、「彼女を襲ったとんでもない悲劇とは?」を放送。

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コソボ紛争

夫はカナダに出稼ぎ!コンボ紛争中に子供を出産…4人の子供を育てる肝っ玉母さん (バラエティ/情報)
22:32~

16年分の思いを初告白!!

今から17年前に、佐智子さんはユーゴスラビアで出産予定日まで残り1か月という時に、コソボ紛争に巻き込まれた。NATOはベオグラードにミサイル攻撃を受けた。幸い直接的な被害はなく、驚きと不安の中、夫と眠ることになった。しかし翌日、佐智子さんが大量の出血で、胎盤からの出血だったことが分かった。このままでは胎児に危険があることからそのまま出産することになった。予定日より早く未熟児としてボリス謙太くんが誕生した。空爆の中で出産することなった様子を佐智子さんが振り返った。

佐智子さんは日本への避難を決めたが、赤ちゃんが耐えられる1か月を待ち、ユーゴスラビアを脱出することが出来た。しかし夫は軍からの召集の可能性があることから国外へ出る事が許されなかった。実家では、両親が待ち遠しく待っていた様子で迎えてくれたと語った。コソボ紛争は2か月半で終結。死者は約1万人という壮絶な紛争に。その後佐智子さんは息子と再びユーゴスラビアへ。傷跡が残るながらも紛争が終結していた。しかし、その後、謙太くんが自閉症だと診断された。佐智子さんは小さい頃に飛行機に乗せたことが原因かもと語った。佐智子さんは自分を攻め続けていた。それでも佐智子さんがこの地に居続けることが出来た理由としてある恩人がいた。

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夫はカナダに出稼ぎ!コンボ紛争中に子供を出産…4人の子供を育てる肝っ玉母さん (バラエティ/情報)
22:40~

今から13年前に長男の謙太くんが自閉症だと診断されたことで自分を攻め続けて生きてきた佐智子さんを支えてくれたのは、夫の母であるランジェロビィッチ・ゴルダナさん。謙太くんが2歳から7歳になる間の5年間一緒に暮らしていた。今では月に1度夫の実家を訪問している。ゴルダナさんは紛争の後、佐智子さんが自分を攻め続けていたことが手に取るように分かった。紛争が激しい状況で謙太をよく産んでくれたと思うと語った。謙太くんも自分を責めないでと語った。謙太くんはスタートこそ遅れたが今は夢の美容師になるべく専門学校に通っている。

スタジオでは三浦理恵子が「佐智子さんのご両親も本当に心配だっただろうな」と、村上弘明は「娘がいるが海外に行きたいものは止められないが鎖で縛っても行かせたくない」 と語った。

村上弘明による「松本清張特別企画 喪失の儀礼」の宣伝が行われた。

ユースケ・サンタマリアがMCの杉崎美香が産休に入ることを伝えた。

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空爆

エンディング (その他)
22:43~

次回予告の映像が流れた。

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