池上彰の経済教室 2015年1月31日放送回

放送日 2015年1月31日(土) 7:00~ 7:30
放送局 テレビ東京

番組概要

オープニング (その他)
07:00~

オープニング映像。

特別講義 経済の現場を見に行く!日銀編 (普遍情報)
07:00~

日銀が発行している1万円札の単価が、1枚当たり23~24円くらいだと紹介した。

日銀の建物は真上から見ると、「円」の感じに見えると紹介。日銀は紙幣を発行し、硬貨は政府が発行していると説明した。他の国の通貨も同じような仕組みで作られているという。

紙幣は中央銀行が発行、コインは政府が発行している。EUなども同じで紙幣は欧州中央銀行が発行、コインはそれぞれの国で作られているので、コインの表は同じでも裏側は国によって違うが加盟国ならどこでも使えると説明した。

お金はどのように始まったのか?という質問に、日銀の向かい側にある貨幣博物館に行って勉強してみませんかと池上氏が提案した。

日本銀行には「紙幣を発行」「銀行の銀行」金融機関が預金できる銀行、「政府の銀行」と3つの役割があると紹介した。また日銀が発行した紙幣は、様々な金融機関が国債を買って持っていると説明。

金融緩和は、「金利を下げる」「世の中に出回るお金の量を増やす」という方法があると説明。昔の金融緩和は金利を下げ銀行からお金を借りやすくする、そうすることで新たな仕事や家を買う人が出てきて景気が良くなっていた。しかし80~90年代にバブルがはじけデフレになり不景気になった、金利も0%近くまで下げるが景気が良くならなかった。そこで考えられたのが、世の中に出回るお金の量を増やすという量的緩和が行われたと説明した。

キーワード
日本銀行券
硬貨
紙幣
補助貨幣
国債
金融緩和
デフレ

特別講義 経済の現場を見に行く!日銀編 (普遍情報)
07:13~

貨幣博物館の紹介。日本で最初に流通したお金「和同開珎」で、そのモデルになったのが「唐」という7~9世紀に栄えた中国の王朝の硬貨「開元通宝」だと説明した。初めて日本で紙幣が使われるようになったのは西暦1600年前後で、最初の紙幣と言われている「山田羽書」を紹介した、またこの紙幣は伊勢周辺で使われていたという。さらに江戸時代に作られた小判を紹介した。

1871年に大隈重信の進言で「新貨条例」が制定され、お金が「両」から「円」に変わった。最初に1円の価値を1.5gの金と同じと定めたという。明治政府発行のお札は、当時は製造技術が低かったため、ドイツから輸入し「明治通宝」の文字を全て手書きで書き込んでいた。その後、肖像画入の紙幣に変わっていった。まだ日銀が存在していない時代なので、当時は政府が紙幣を発行している。日銀ができたのは西南戦争で、戦争に掛かる費用を調達するために紙幣を大量に発行したことがきっかけになったという。そして松方正義が物価や通貨価値を安定させる仕組みを作ろうと、1882年に日本銀行を開業した。

最初の日本銀行券「大黒札」を紹介した。この頃のお札は「兌換券」と言われ、金貨や銀貨と交換できるお札だった。そして昭和になり管理通貨制度が設けられ、金や銀ではなく信用に基づいて通貨を発行するようになった。

このあとは、すべての日本銀行券を見に行く!

キーワード
貨幣博物館
和同開珎
山田羽書
慶長小判
万延小判
大隈重信
松方正義
西南戦争
金本位制
日本銀行券
開元通宝
新貨条例
明治通宝
大黒札
管理通貨制度

特別講義 経済の現場を見に行く!日銀編 (普遍情報)
07:25~

日本銀行券の第1号から現在までの全52種類を紹介した。ここに展示されている紙幣は、全て1枚目に印刷されたものが飾られている。

「週刊ニュース新書」の番組宣伝テロップ。

わずか20数円で作られた紙幣、なぜそれを1万円として使えるのかというと、皆がそれを1万円だと認識しているからだと池上氏は説明した。

キーワード
日本銀行券

エンディング (その他)
07:27~

「池上彰の経済教室」の次回予告。

池上彰の経済教室は「テレビ東京オンデマンド」で配信中。詳しくは番組HPへ。

エンディング映像。

キーワード
テレビ東京オンデマンド
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