JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス 2019年3月18日放送回

放送日 2019年3月18日(月) 1:20~ 1:50
放送局 TBS

番組概要

オープニング (その他)
01:20~

オープニング映像。

忘れられる“釜石の奇跡”を語り継ぐ、語り部の思い (バラエティ/情報)
01:20~

今年の秋、「RUGBY WORLD CUP JAPAN 2019」の会場となる岩手県釜石市。2019年3月11日、試合会場のある鵜住居町の「釜石市 祈りのパーク」にて大震災の犠牲者追悼セレモニーが開催され、大雨の中、遺族らが参列した。「釜石市 祈りのパーク」には震災の教訓を刻んだモニュメントも設置された。またこの日オープンした津波の資料館「いのちをつなぐ未来館」には釜石市内の小中学生ほぼ全員が避難して助かったことから、防災教育の成果と評価された出来事も展示されている。この出来事は「釜石の奇跡」と呼ばれるようになった。野田武則釜石市長は大きな犠牲もあったが防災教育を取り入れ、子どもたちが助かったという事実を大事にしていきたいなどと語った。資料館には避難経路などが展示されている一方で、「釜石の奇跡」という言葉はどこにも記載されていない。震災を経験し、語り部として全国で活動してきた瀬戸元は「釜石の奇跡」が忘れられていくことに危機感を抱いていた。「釜石の奇跡」の舞台となった釜石東中学校と鵜住居小学校は2年前から高台の校舎に移っており、教育環境も整い、防災教育も本格的に再開されいる。2校の新校舎は避難所にも指定されており、避難訓練では中学生だけで避難所を開設し、運営する訓練が実施され、受付・炊き出し・トイレの設置などを生徒が中心に行った。釜石東中学校では現在、8年前の生徒たちの行動を「釜石の奇跡」ではなく、「釜石の出来事」として、被災した現生徒たちを配慮し、慎重に伝えている。

震災前の釜石東中学校の避難訓練では「自分の命は自分で守る」、「助けられる人から助ける人へ」、「防災文化の継承」を目標に掲げていた。瀬戸も生徒たちに「津波記念碑」を前に率先避難という教訓を語った。また瀬戸によると子どもたちが助かった背景には、震災当時に釜石東中学校の副校長であった村上洋子の判断が大きかったという。2018年10月、陸前高田市で取材に応じた村上は、8年前のあの日、午後2時46分に揺れの大きさから30年以内に来る大きな津波が今くるのだと悟り、また校庭で部活動をしていた運動部の生徒たちが自分の判断で避難を始めている様子を見て、学校中に避難を呼びかける行動にすぐに移れたなどと語った。整列も点呼もしないですぐに避難するという村上の判断が子どもたちの命を守った第一の決断であった。震災当時、中学2年であった岡田らは避難時に腰が抜けた生徒もおり、助け合いながら津波が来ることを予期して避難していたなどと述べた。

震災時、鵜住居小学校は400人ほどの子どもたちを校舎の3階に避難させようとしていた。消防団員の二本松は津波の高さが5m以上であると聞き、鵜住居小学校に校舎から避難するよう促した。そうして鵜住居小学校の生徒たちは校舎から避難場所へ避難することができた。

キーワード
釜石市(岩手)
RUGBY WORLD CUP JAPAN 2019
鵜住居町(岩手)
釜石市 祈りのパーク
いのちをつなぐ未来館
釜石東中学校
鵜住居小学校

忘れられる“釜石の奇跡”を語り継ぐ、語り部の思い (バラエティ/情報)
01:31~

釜石東中学校と鵜住居小学校の生徒たちは800m離れた第一避難場所である介護施設「ございしょの里」に到着するも、中学生たちは不安になっていた。当時中学2年だった川崎は「ございしょの里」が高さが全く無く、友人たちと「ございしょの里」も危ないのではと語っていたという。「ございしょの里」の海抜は5mで津波の想定浸水域の外にあったが、村上はがけ崩れの様子から危険を感じ、第二避難所「やまざきデイサービス」への避難を決断した。2011年3月11日、子どもたちが第二避難所「やまざきデイサービス」に到着するころに、釜石市両石町などに大津波が押し寄せた。海に近かった釜石東中学校と鵜住居小学校ともに瞬く間に黒い波に飲み込まれ、津波は家々を押しつぶし、子どもたちにも迫っていた。被災当時、避難所を担当した浦山は慌てふためく避難者たちを誘導していた。子どもたちの最後尾で避難していた村上は、被災当時、第二避難所に到着した頃に、今までに聞いたことのないような大きな音や風を感じて後ろを見ると、町並みがスローモーションで崩れ去っていき、津波の恐ろしさを目の当たりにし、第二避難所にも津波は到達すると確信し、子どもたちに歩みを止めるなと指示したという。当時中学2年であった岡田は保育園児たちを抱いて坂を登り避難したなどと語った。子どもたちは500mにも及ぶ急坂を駆け上がり、海抜44mの「恋の峠」にたどり着いた。5分前まで子どもたちが留まっていた「ございしょの里」は2階まで津波が襲っていた。最終的に津波は「やまざきデイサービス」のすぐ手前まで押し寄せており、村上は避難が2分も遅れていれば、自分たちは助からなかったなどと打ち明けた。しかし村上も当時生徒だった子どもたちも、この出来事が「釜石の奇跡」と呼ばれることに、現在でも違和感を抱いている。

岩手大学の森本准教授は震災前に教師として釜石東中学校にて防災教育を担当していた。2018年10月、釜石市鵜住居町にて森本准教授は津波が来るということが、子どもたち皆が我が事であると防災教育を通して思えており、頭だけではなく体で覚えており、行動に移せたのが大きかったなどと語った。村上や中学生たちの行動の根幹には釜石の防災教育がある。防災教育が浸透し、多くの命が助かったことが奇跡であると瀬戸は考えており、だからこそ「釜石の奇跡」と呼ぶことで後世に語り継ぐ決意を示している。

キーワード
釜石東中学校
鵜住居小学校
ございしょの里
両石町(岩手)
鵜住居町(岩手)

忘れられる“釜石の奇跡”を語り継ぐ、語り部の思い (バラエティ/情報)
01:43~

瀬戸は毎年夏に被災地を訪れている東京荒川区の中学生たちの講師を担当している。2018年8月、鵜住居町にて瀬戸は4度目となる荒川区中学校防災部被災地研修にて、釜石の奇跡のように避難することの大切さを生徒たちに伝えた。また荒川区中学校防災部被災地研修に参加した中学生たちは釜石東中学校に訪れ、震災の教訓を活かすためにどうすべきかをディスカッションし、最後には震災後に東中学に贈られた「いつかこの海をこえて」を合唱した。2018年9月、荒川区中学校防災部は被災地訪問報告会を行い、「釜石の奇跡」を通して、防災の大切を知ったなどと報告していた。2018年8月、瀬戸は両石町にて、荒川区中学校防災部被災地研修を通して防災を学んだ学生たちがリーダーとなって、自分の命を守り、住民の命も守ってもらいたいし、そのための根本は率先避難にあるなどと語った。災害の風化は教訓が忘れられていくことから始まる。瀬戸は「釜石の奇跡」を語り継ぐことで、災害大国に生きる私達に「率先避難」という教訓を忘れないように警告し続けていく。

キーワード
鵜住居町(岩手)
荒川区(東京)
釜石東中学校
いつかこの海をこえて
ミマス
両石町(岩手)
藤沢市(神奈川)
西区(神奈川)

エンディング (その他)
01:48~

エンディング映像。

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