中居正広の金曜日のスマイルたちへ ダウン症の天才書家、金澤翔子の一人暮らし

『中居正広の金曜日のスマたちへ』(なかいまさひろのきんようびのスマたちへ)は、2001年10月19日からTBS系列で毎週金曜日の21:00 - 21:54(JST)に放送されているSMAPの中居正広の冠番組で、女性をターゲットに毎週さまざまな内容で構成されている情報・教養バラエティ番組。通称は『金スマ』。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年4月21日(金) 20:57~22:00
放送局 TBS

番組概要

オープニング (その他)
20:57~

中居正広ら出演者が挨拶し、2年ぶりゲストの松野明美を紹介。

ダウン症の天才書道家 金澤翔子の一人暮らし (バラエティ/情報)
20:57~

書道家・金澤翔子さんはダウン症でありながら、母・泰子さんと二人三脚で才能を磨き日本を代表する書家への成長した。金スマが翔子さんに出会ったのは6年前の2011年、それからずっと追い続けてきた。2017年春、彼女に大きな転機が訪れていた。その始まりは2015年のニューヨーク、翔子さんが29歳の頃だった。彼女は国連本部で開かれたシンポジウムにダウン症の希望として招待され、世界中を驚かすスピーチをした。このスピーチで30歳になったら自立して一人暮らしをする事を宣言した。日本ダウン症協会の玉井さんによると、ダウン症の人が完全に一人暮らしをするのは非常に大変なことで聞いたことがないという。

2015年6月12日、翔子さんは30歳の誕生日を迎え1人ぐらしに挑戦する歳がやってきた。さっそく母・泰子さんと物件探しを開始、もともと一人暮らしをしたいと言い出したのは翔子さん23歳の頃だった。一人暮らしをするうえで火は危険なのでIHが絶対条件、セキュリティがしっかりしている事も大切な条件となる。選んだ物件は周りの街頭が明るく安全、実家から徒歩5分という立地も安全材料だった。こうして契約書に自らサイン、荷物も台車を使い自分で運搬した。実家で過ごす最後の夜、翔子さんは母にサプライズとして手紙を読んだ。

実家で過ごす最後の夜、翔子さんは母にサプライズとして手紙と歌をプレゼント。更に翔子さんの可能性を誰よりも信じてくれた亡き父・裕さんの仏壇に手を合わせた。こうして一人暮らしがスタート、課題はお金の使い方や掃除・洗濯、健康管理も自分で行う。

1人ぐらしが始まって間もなく、翔子さんは複雑なポストの開け方がわからない問題に直面。この時はスタッフがいたため開けられたが、これがトラブルにつながってしまった。

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ダウン症
ニューヨーク(アメリカ)
国連
日本ダウン症協会
裕さん

ダウン症の天才書道家 金澤翔子の一人暮らし (バラエティ/情報)
21:11~

金澤翔子さんの1人ぐらしに密着。ある日、家に帰ると電気料金が支払われておらず、電気がとまってしまった。実は引き落としの手続きが間に合わず、ポストに請求書が来ていたのだが、翔子さんは開けることが出来ずに気付いていなかった。電気がなければ何も使えず、偶然スタッフがいたため料金を支払い事なきを得た。この日、翔子さんは電気にお金がかかることを初めて学んだ。料理は幼いころからやっていたので問題ないようだが、冷蔵庫にはアイスがたくさん、健康管理が心配だった。それでも翔子さんは一人暮らしを通じて様々な事を学んでいた。

2016年6月、翔子さんと母・泰子さんは個展のセレモニーのために新幹線で長野に向かっていた。実は出かけるまえ、泰子さんは転んでしまい足を負傷、徐々に痛みがひどくなり車いすを借りなければ歩けないほどに。初めて見る母の弱った姿に翔子さんは動揺を隠せなかった。泰子さんの診断は大腿骨骨折、手術が必要だった。

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ダウン症
長野県
大腿骨骨折

ダウン症の天才書道家 金澤翔子の一人暮らし (バラエティ/情報)
21:20~

大腿骨を骨折した泰子さんは手術をうけた。翔子さんは懸命に介護、今までの人生とは逆転していた。ここで翔子さんは涙を見せず、ずっと母の足をさすっていた。

2017年4月、翔子さんは一人暮らしから1年半が経過したが、毎日自炊し地元の人とも交流している。部屋の中はしっかりと片付けられ、洗濯物をたたむ手つきも慣れていた。銀行でお金を下ろすことも覚え、出来ることが格段に増えていた。彼女が地元の方に支えられ立派に生活できているのは2歳から育ってきた街だからこそだった。夕飯の食材を買ってから帰宅後はハンバーグを作った。

翔子さんが実家に帰るのは書道のときのみ。10歳の頃から般若心経を書き続けており、この書には深い意味があった。

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ダウン症
大腿骨骨折

ダウン症の天才書道家 金澤翔子の一人暮らし (バラエティ/情報)
21:28~

翔子さんが実家に帰るのは書道のときのみ。10歳の頃から般若心経を書き続けており、この書には深い意味があった。

翔子さんは10歳の頃から般若心経を書き続けている。9月に過去最大の個展を開催することが決まっており制作の真っ最中。書道をはじめたのは5歳の頃、孤独に耐えられるようにと泰子さんが276文字の般若心経を教えた。10歳の頃には何度も怒られ時には涙を流しながら書いていた。20歳の頃には初の個展を開催、書家として少しづつ認められるようになった。30歳を迎えたいま、皆さんに感謝の気持ちを込めて般若心経を書いている。そして2017年春、親子は大きな転機を迎えていた。

スタジオに金澤さん親子が登場。一人暮らしについて伺うと、翔子さんは「一人暮らしは楽しいけど、食べすぎて太ってしまいました」と話した。更に泰子さんは「思っていたよりも数十倍、数百倍素晴らしい成長だった」と話した。

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ダウン症

ダウン症の天才書道家 金澤翔子の一人暮らし (バラエティ/情報)
21:37~

スタジオに金澤さん親子が登場。一人暮らしについて伺うと、翔子さんは「一人暮らしは楽しいけど、食べすぎて太ってしまいました」と話した。更に泰子さんは「思っていたよりも数十倍、数百倍素晴らしい成長だった」と話した。

スタジオで金澤翔子さんが「祈」という字を書道で披露した。いつまでも母が元気でいられるようにという願いが込められている。

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ダウン症

金スマ特別編 真実のチア☆ダン (バラエティ/情報)
21:40~

福井県立福井商業高等学校には映画「チア☆ダン」のモデルになったチアリーダー部がある。映画で描かれている初優勝から8年後の今年2017年、7度目の全米選手権を優勝、5連覇という偉業を成し遂げている。今回は福井商業と中継を繋いで特別編をお届けする。スタジオには映画で主人公を演じた広瀬すずらが登場。

チアダンスはスポーツを応援するチアーリーディングのダンスだけを独立させた競技、2分半でヒップホップ・ジャズダンス・ラインダンス・ポンダンスを組み合わせる。福井商業のチアリーダー部「JETS」は2006年に誕生、もともとはバトン部で女子に人気だったが、軽い気持ちで入ってきた生徒に顧問・五十嵐裕子先生は高すぎる目標と厳しいルールを語った。この時に新入部員だったのが映画のモデルとなった中川怜美さんと村中文香さんだった。

当時の五十嵐裕子先生はコーチやチアダンスの経験は全くなかった。すると上級生の不満が爆発、上級生が全員退部するという異常事態になった。生徒の保護者が教育委員会に訴えるまでに発展した。1年生18名が残り、五十嵐先生は将来を語る”夢ノート”を生徒に書かせた。ノートに書く事は何でもよく、自分の限界を作らず夢を持つことが重要。すると生徒らは自主練習をするようになりみるみる上達していった。今の部員たちも夢ノートをつけている。

全米を目指す日々のなか、映画では描かれていない五十嵐先生と部員の信頼関係を揺るがす事件が起きる。五十嵐先生は現状を把握するための日誌を書くよう全員にノートを渡したが、部室の外に出たとこで生徒からの悪口が聞こえてしまった。この状況に五十嵐先生はショックをうけ自分を責めた。五十嵐先生は前の学校で生活指導だったが、指導が厳しすぎると生徒から反発をまねき、11年務めた学校を自ら去っていた。また繰り返した失敗だった。

2009年3月、JETSは全米チアダンス選手権に初出場。3年前まで素人だったチームが世界の舞台にたち、目まぐるしく変わる振り付けを踊っていた。結果は優勝、すぐに先生の元にかけよったという。ここで五十嵐先生は生徒の前ではじめて涙をみせた。

福井商業高校のチアリーダー部が特別パフォーマンスを披露した。

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福井県立福井商業高等学校
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天海祐希
全米チアダンス選手権
福井商業高校

エンディング (その他)
21:57~

広瀬すずは映画「チア☆ダン」について「今まで頑張っている事がある人なら、背中を押してもらえるし共感してもらえる。そのきっかけになったら良いなと思う」と話した。

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福井県立福井商業高等学校
チア☆ダン
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