報道特別番組 「平成最後の日〜天皇陛下退位へ」

報道特別番組(ほうどうとくべつばんぐみ)とは重大な事件・事故、災害などの事態などが発生した時、日本の放送局が、その日予定されている番組(番組編成)を急遽変更して放送する報道番組の一般的な呼称である。俗に言う「臨時ニュース」の一種である。特報(とくほう)とも呼ばれるほか、報道特番(ほうどうとくばん)との略称もある。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年4月30日(火) 9:55~11:30
放送局 TBS

番組概要

オープニング (その他)
09:55~

オープニング映像。

平成最後の日〜天皇陛下退位へ (ニュース)
09:55~

平成の31年をボードにまとめた。阪神・淡路大震災、東日本大震災など、幾度も災害に見舞われた時代だった。ほかでは、消費税導入などがあった。

きょうの予定をまとめた。午前10時から、宮中三殿の儀式。午後5時から、退位礼正殿の儀。天皇陛下は綾綺殿で着替えをして、賢所(天照大神は祀られる)、皇霊殿(歴代天皇の御霊が祀られる)、神殿(八百万の神が祀られる)の3つで、行事をこなす。最新情報によると、出席者が三列場所に到着し、皇族方が宮中三殿に入られた。

ゲストの苅田吉夫を紹介、元宮内庁の式部官長で、美智子さまの後ろに仕えている映像も残っている。式部官長は外国に関すること、宮中に関する儀式を統括などをしているのだそう。苅田吉夫は平成が終わることについて「一つの時代が終わることに感慨深いものがある」などとコメント。

宮中三殿の儀式が始まった、陛下の後ろには侍従が仕えていて賢所に入っていった。天皇陛下のみが着用できる黄櫨染御袍を身にまとっている。布地の色は太陽を表している。

ゲストの佐藤正宏の紹介。天皇皇后両陛下に17年伝えた前の侍従で陛下の後ろに仕えている映像が紹介された。侍従という役職については陛下の一番近くでお仕えする仕事で、社長秘書のようなイメージで行事の準備やお手伝いをするのだという。陛下の様子をみて「万感の思いで臨まれていると思うが、何時も通り冷静に振る舞っているようにみられる」などとコメント。牧嶋博子は「この期間長かったような短かったような」などとコメント。

佐藤正宏は2016年8月8日の陛下のお言葉について「驚きました、非常に陛下らしい合理的なお考えをお持ちなんだなと思いました」などとコメント。陛下が入られた宮中三殿の賢所について、内部は非公開になっていて入ってすぐのところから外陣、内陣、内内陣と3つのセクションにわかれている。外陣は皇族の方々のみ入室でき、内陣は天皇皇后両陛下と皇太子ご夫妻のみが入室でき、内内陣には天照大神の御神体八咫の鏡がある。賢所の内部が再現映像によって紹介、内陣には御畳、天皇陛下が座るものが置かれている。

天皇陛下は賢所での参拝を終えられたようで侍従が出てきてその後、陛下が出られた。天皇陛下は一礼され、入っていったルートをそのまま戻られた。この後賢所から皇霊殿に移られ神殿に向かわれる段取りになっている。

宮中三殿の儀式 最新情報

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平成最後の日〜天皇陛下退位へ (ニュース)
10:14~

天皇陛下は宮中三殿で退位を報告される儀式を行っている。陛下は皇霊殿、神殿にそれぞれ参拝されることになっている。儀式は皇后さまと雅子さまは出席されていない。午後5時からは退位礼正殿の儀に皇后さまと臨む予定で、天皇として最後のおことばを述べられる予定。

天皇陛下が国家と国民の安寧と繁栄を祈る宮中祭祀は、主要なものだけで20以上ある。新嘗祭は夕の儀と暁の儀が2時間ずつ合計4時間にわたるもの。さらに毎月1日、11日、21日に旬祭があり、1日は原則として陛下が参加される。陛下は儀式に向けて正座の練習をされたりもするという。

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平成最後の日〜天皇陛下退位へ (ニュース)
10:21~

天皇陛下は宮中三殿・賢所での儀式を行っている。陛下が参拝される姿は皇族方が見守られた。陛下の宮中三殿での儀式は天皇として最後のお務めとなる。

平成22年7月22日、天皇陛下、皇后さま、宮内庁長官の羽毛田信吾氏、侍従長の川島裕氏など8人が集まり、参与会議が行われた。宮内庁参与を務め、参与会議に参加した三谷太一郎氏は、陛下が摂政や天皇の代行など天皇自らができないときの中間的措置が考えられるがそれでは天皇の役割を果たすことができないと話されたという。陛下は摂政に反対された。

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平成最後の日〜天皇陛下退位へ (ニュース)
10:29~

平成22年7月22日の参与会議で天皇陛下は摂政を置くことに反対された。そして、天皇の務めを果たせないのであれば退位すべき、新天皇が受け継ぐべきだと話された。明確な譲位のご意見だった。陛下はさらに80歳までと退位の具体的な時期とその後は上皇にと話されたという。陛下は天皇は相応の緊張感でなければ務まらないと繰り返えされたという。摂政を置くことについては皇后さまは陛下のお考えに対する理解が足りないんじゃないかと言われたという。会議に参加していた宮内庁元長官の羽毛田信吾氏は、陛下は活動あっての象徴天皇だと話されたという。陛下は東日本大震災の被災地に7週連続で訪問されたりと、式典への出席、書類への署名でも年間約1000件もある。活動全てを全身全霊で行うこと全てが象徴天皇の務めで全力を尽くせぬなら退位すべきだというのが、陛下の思いだった。参与会議では結論が出ないままだった。自ら設定した80歳をすぎた陛下はその意志が変わることはなく、平成28年8月8日に退位の意向を表明された。

天皇陛下は平成28年8月8日に国民に向け退位の思いを表明されたが、天皇陛下がはじめて退位についてはじめて話されたのは平成22年、76歳のときだった。参与会議で陛下は、天皇の務めが果たせないなら退位すねき、活動あってこその象徴天皇であると話された。このときの参与会議は5時間以上に及ぶ議論が行われた。スタジオの苅田吉夫はひとつの決め手は国民の受け止め方だったのではないか、陛下が長い間象徴天皇として務められたことを分かっている国民が退位について理解したのだと思うと話した。

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平成最後の日〜天皇陛下退位へ (ニュース)
10:46~

去年8月、両陛下は北海道・利尻島を訪問され、去年3月には沖縄・与那国島を訪問された。日本中を旅された両陛下には旅への思いがあった。平成29年鹿児島・与論島を訪れたときの移動はミニバスだった。両陛下はバスの窓から手を降っていた。前侍従長の川島裕さんによると移動中の両陛下の様子について、両陛下は視線をできるだけ一人一人と合わせて手を振られていたという。沖縄・冲永良部島では古来から伝わる黒糖作りをご見学され、地域の文化を知り人々と交流することを大切にしてこられた。沖永良部空港でも最後まで両陛下は手を振られた。

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平成最後の日〜天皇陛下退位へ (ニュース)
10:53~

天皇陛下退位へ最新情報。

両陛下は皇太子時代からできるだけ多くの土地を訪ね、人々と直接会い話しを聞くことを望まれた。平成最初の地方へのご訪問は、平成元年に徳島県での全国植樹祭だった。両陛下は板野養護学校を訪問された。ハンセン病施設へのご訪問は皇太子時代から続けられてきて、国内にある14の施設全てをご訪問された。戦後50年の節目に両陛下は戦没者慰霊と平和への願いの旅を始められた。平成7年7月、長崎・平和公園と広島・広島平和記念公園で祈りを捧げた。広島原爆養護ホーム 倉掛のぞみ園をご訪問され、戦争を経験した人の声を聞いた。8月には沖縄・国立沖縄戦没者墓苑、東京都慰霊堂を訪れた。両陛下の旅には私的旅行という名の旅が加わった。これは特定の季節に地域でしか見られない景色をゆっくりと見てもらいたい始められたもの。沿道に人がいれば立って手を降り続けられた。

平成28年8月8日、天皇陛下は象徴としのお務めについてのおことばを述べられた。「同時に事にあたっては時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来た。日本各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来た」とされた。スタジオの佐藤正宏は両陛下の旅について、人との出会いを大切にされている感じだったと話した。

皇太子さまが宮中三殿での参拝を終えられて、東宮御所に戻られる映像を紹介した。

スタジオの苅田吉夫は両陛下の旅について、1時間以上の列車の旅で立って手を振り続けられたことを話した。

皇太子さまが宮中三殿での参拝を終えられて、東宮御所に戻られる映像を紹介した。

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平成最後の日〜天皇陛下退位へ (ニュース)
11:07~

両陛下の最初の海外への訪問は昭和35年のアメリカだった。ロサンゼルスのディズニーランドではウォルト・ディズニー氏に案内され、ティーカップを楽しまれた。18回目の海外訪問タンザニア訪問では陛下が像を発見し写真をとられた。20回目の海外訪問アイルランドでは案内役から丘に登ることをすすめられたが、陛下は躓いてしまった。27回目の海外訪問アメリカでは男の子からおもちゃのドル紙幣をプレゼントされた。30回目の海外訪問イギリスでは陛下を乗せた馬車が通過するとき、沿道からはブーイングが起きた。彼らは第二次世界大戦で日本軍の捕虜となった元イギリス兵や遺族たちだった。31回目の海外訪問オランダでも両陛下に対し抗議運動が行われていた。こうした中、両陛下は戦没者慰霊碑を訪れ約1分間の黙祷を捧げた。訪問先の福祉施設で少女が泣き出した際に美智子さまは少女を優しく抱き上げた。この映像がオランダメディアで一斉をに報道され、オランダは歓迎ムードとなった。両陛下は日系人たちへの思いも大切にされていた。ブラジルを訪れた際には7万人の日系人が集まった。

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サンパウロ(ブラジル)

平成最後の日〜天皇陛下退位へ (ニュース)
11:16~

昭和42年、両陛下がブラジルを訪問された際、会場には7万人の日系人が集まった。訪問中、美智子さまは障がいのある子どもたちの元を訪れ、病気で歩けず10日後に手術を受ける10歳の芹口百合子さんと出会う。現在61歳の百合子さんは当時のことを、美智子さまから愛と祈り込めてというメッセージをいただいた。その後も美智子さまは毎年直筆の年賀状を送られた。百合子さんは14回もの手術に耐えた。出会いから11年後の昭和53年に両陛下が再びブラジルを訪問された際には自力で歩けるようになった百合子さんの姿があった。11年ぶりの対面に美智子さまは抱きしめてくれたという。19年が経過した3度目のブラジル訪問の際にも、美智子さまは百合子さんを見つけて笑顔を見せられた。

平成17年サイパン訪問をされたとき、戦没者に深々と頭を下げられた両陛下の写真を紹介した。陛下自らが希望されてサイパン訪問が実現したという。平成12年オランダを訪問されたとき、学生たちと話す陛下の写真を紹介した。午後5時からは退位礼正殿の儀が行われる。陛下として最後のおことばを述べられる。

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