中居正広の金曜日のスマたちへ スペシャル

放送日 2014年10月3日(金) 21:40~23:28
放送局 TBS

番組概要

金スマ特別編 (バラエティ/情報)
21:40~

今夜は2人の異端の医師に迫る特別編…。

救急隊からの要請に対し救急患者の受け入れを断られれる救急車の“たらい回し”が社会問題となる中、上原淳は2010年に個人で救急病院「川越救急クリニック」を立ち上げ、救急医療の最後の砦となっている。

“たらい回し”について医療ジャーナリストの森田豊は、救急に携わる医師が減っていることが原因だと指摘した。2007年には橿原市で、妊娠していた女性が11の病院を“たらい回し”にされ流産し社会問題化した。その1年前にも妊婦が6時間たらい回しに遭い、母親が死亡する出来事もあった。

救急車には非常識な出動要請を行う利用する側の問題も指摘されている。森田医師は、本当に救わなければいけない命が救えなく事態が考えられると指摘した。2011年には山形市で一人暮らしをしていた男子学生が119番通報したが、山形市消防本部は自力で病院に行けると判断し、その9日後遺体で発見される事件があった。

そんな混迷を極める日本の医療に対し、かつては大学病院の救急センター医局長を務めた上原が、2億円の借金を背負って救急病院を開設した。今では本も出版し、問題提起も行っている。

川越救急クリニックの上原淳院長がスタジオに登場、救急には問題点がいろいろあってそれを広めていきたいと出演を決めた、日本の医療は専門家しすぎてしまっているのが問題になっていると指摘した。

川越市にある川越救急クリニックは外来診療を夕方4時から夜10時まで、救急診療を翌朝9時まで行う。番組が密着を行うと夜9時、急患の受け入れ要請の連絡があり、60代女性の診察を行ったが、女性は7軒目の病院だったという。続いて70歳男性が運ばれ、上原淳院長が尿管結石と診断した。また病院では時間外の外来患者も診察していた。

上原がクリニックを構える埼玉県は、人口に対する都道府県別の医師数が全国で最も少なく、36回も“たらい回し”にあった男性が死亡するなど医師不足が深刻となっている。上原のクリニックは急患を搬送する救急隊にとっても「最後の砦」だという。

キーワード
橿原市(奈良)
山形市(山形)
山形市消防本部
救急で死ぬ人、命拾いする人
川越市(埼玉)
尿管結石
埼玉県

金スマ特別編 (バラエティ/情報)
21:59~

上原淳が院長を務める川越救急クリニックに密着。午前4時半の夕食中にも急患の受け入れ要請があった。上原は、救急車で運ばれてくる人の9割は中等傷以下で、重症者を受け入れられる施設がパンクしないようにする受け皿が必要だと訴えた。

密着中、救急車が2台同時にやってくることもあった。また運ばれてきた男性を診察したところ左足を支える2本の骨が骨折していたが、手術できる設備がないため応急処置を行った。またこのクリニックは眼科が専門外で治療はリスクを伴うが、上原は「自分の目で見ないと診れるかどうかは判断できない」と急患を受け入れた。

金スマ特別編 (バラエティ/情報)
22:08~

上原淳が院長を務める川越救急クリニックに密着。4軒の病院を受け入れを拒否されている薬物中毒の患者の受け入れ要請が入った。自殺未遂は精神障害と判断され受け入れを拒否されやすいといい、上原も専門外となるが、それでも患者を受け入れた。上原は、病に対してよりも人に対しての医療がしたいと話した。

川越救急クリニックの上原淳院長は、精神疾患が絡んでいる患者やアルコールを飲んだ患者はよく断られてしまう、“たらい回し”にあわないためには自力で病院で行ったり、救急相談センター(#7119)に相談しておく、拒否された場合は「できる事だけでいい」「入院するなら別の病院に行く」などと訴えるといいと解説した。iPadやパソコンで佐賀県の救急隊・医療機関の情報を共有できる「99さがネット」も紹介した。

上原には今でも忘れられない患者がいる…。

キーワード
薬物
救急相談センター
99さがネット
iPad

金スマ特別編 (バラエティ/情報)
22:18~

日本初の個人救急クリニックを開いた上原淳は、福岡県の救急現場で働いていた2000.年夏、オートバイで転倒した18歳少年の治療を行ったが、これまでにこんな重症患者を扱った経験がなく、少年の命を救うことができなかった。体制が整っていれば救えたかもしれないと無力さを痛感したという。

38歳のとき、本格的に救急医療を学ぶため埼玉医科大学高度救命救急センターに入局。重症患者に対応した三次救急を行う施設で働き、わずか4年で医局長にまでなったが、埼玉県の深刻な医師不足に伴う夜間の救急車“たらい回し”によって、病院に軽症患者があふれる事態に直面した。軽症者の受け入れ施設が少ないと感じた上原は全国初の個人救急病院を設立した。

前例のないクリニックは開業後も苦労が続いた。川越医師会へ入会申請しているが現在も保留のまま、常時診療の条件を満たしていないからと県庁からは救急告示を拒否されたため「救急病院」は名乗れなかったが、昨年末ようやく認定を受けた。

川越救急クリニックの上原淳院長は、救急医療とは僕が目指した医療に一番近いもの、人と直接関わって他人を助けることができる一番好きな医療だと話した。収録後、上原は再び救急の現場に戻っていった。

しかし、医療行為に対する点数があまり稼げない救急医療は儲からないほか、上原の患者への思いもあり、経営状態は厳しく、上原は麻酔医として他の病院でアルバイトもしている。上原は病院に通えない患者への往診も行っている。

「異端の医師」になるまでの歩みとは?

30年間日本人の死因第一位を記録している「がん」で3人に1人死亡している。その中で医療界の常識を覆す数々の意見を30年間訴え続けてきた異端の医師近藤誠は、乳がんの新たな治療法を日本で先駆けて行い、これまで数々の著書でつねに注目を集め、2年前に発売された「医者に殺されない47の心得」は108万分のベストセラーとなった。さらにがん治療における先進的な意見を一般人にもわかりやすく伝え続けた功績を讃え2012年には菊池寛賞を受賞した。だが彼の意見の中でもがんは放置が一番などの意見はかなり理解されにくい。

近藤誠が登場、父をガンで無くした逸見太郎などは信じられないとした。近藤氏のがんは放置が一番良いとの主張の根拠を説明、がんには本物とがんもどきがあり、がんもどきの場合は放置で良い。また現在がんの治療を行う究極の根拠は安心感を得るためだとした。

東京渋谷に近藤氏のセカンドオピニオン専門外来がある。がんを放置している患者の1人を取材した。後藤公一さんは昨年4月に胃がんと食道がんが見つかり、近藤氏の本を読んでいた後藤さんは手術を拒否し放置を選択した。すると今年5月にタール便で貧血を起こしていたので、近藤氏はそれは止めてもらうように指示した。検査をしたところ食道がんが消えていたのである。後藤氏はがんを放置するのが不安では無いと話し、これからも放置を続けるそうである。

がんとがんもどきについて近藤氏は本物のがんの場合も症状が無ければ放置でいいとし、本物のがんは基本的に完治することはないと話した。だが近藤氏の放置論には医療界からの批判が多い、がんは「本物」「もどき」の二元論で判断できるものではない、進行がんでも適切な処置で治療可能などの意見がある。また早期発見した「進行がん」を患者が治療を断り、放置を選択し治ったはずなのに、手遅れになったケースもある。

近藤氏の「がん手術は命を縮める」「抗がん剤は9割のがんで延命効果がない」という提唱を紹介。イタリアのデータでは簡易的な治療の方が効果が高かったこともわかっている。伊藤氏は手術も場合によっては効果的だとし、抗がん剤も固形癌には使わないほうがいいとし、白血病などの血液がんなどは抗がん剤で治る可能性があるとした。また固形癌でも睾丸腫瘍、子宮絨毛がん、小児がんは抗がん剤でも治る可能性があるとした。日本癌治療学会の診察ガイドラインには基本的に手術、放射線、抗がん剤で治療に当たることが記載されている。抗がん剤についても抗がん剤を専門に扱う勝俣範之氏も著書の中で近藤氏の意見を否定している。

キーワード
福岡県
埼玉県
99さがネット
救急相談センター
iPad
文藝春秋
医者に殺されない47の心得
菊池寛賞
サンデー毎日
悪性腫瘍
胃がん
食道がん
「抗がん剤は効かない」の罪
勝俣範之氏
急性白血病
悪性リンパ腫
睾丸腫瘍
子宮絨毛がん
小児がん

金スマ特別編 (バラエティ/情報)
22:55~

近藤氏は1948年東京中野区で開業医の長男として誕生、その後有名私立大学の中等部・高等部で学年トップの成績を収めた。大学では医学部を主席で卒業し、1973年大学病院の放射線科に入局した。放射線科を選択したのはがん治療の中でも将来性があり、最先端の技術で命を救う仕事だったからである。だが近藤氏は放射線科の現実を目の当たりにし、日本の医学会に存在する不合理や不条理を感じるようになった。そんな近藤氏に転機が訪れる、医師となって5年後にアメリカ留学の話しである。こうして30歳の時にロスアラモス国立研究所に赴任、日本人としてただ1人最先端の放射線治療実験に参加した。これに参加し気づいたのは患者達の表情が明るく、日本の医療現場とは大きく異なることである。日本と欧米の医学の違いを知るため、近藤は医学雑誌の過去15年分、数千のがん治療に関する論文を読破し、欧米各地の病院で最先端の放射線治療を学び、1年後帰国した近藤は数々の奇跡を起こす。

ある日外科から27歳の青年を放射線治療の依頼があった。彼の病名はホジキン病、リンパ組織内の細胞が悪性化し次第に全身の臓器を侵していく病気である。すでに彼は外科では助からないと判断された患者であった。ルール通り告知はされなかったが、症状からして強い放射線を当てねばならず、治療を乗り越えるために医師との信頼関係と正しい認識が必要と考えた近藤は告知を行い、ついにタブーを犯した。

キーワード
ハルステッド手術
ロスアラモス国立研究所
ホジキンリンパ腫

金スマ特別編 (バラエティ/情報)
23:06~

ついに告知を行った近藤、すると患者の母親が抗議に来た。その後患者は治療に前向きに取り組み放射線治療を乗り切った。近藤は34歳で放射線科病棟医長に就任し、専任講師となるとさらに改革を進めた。病棟全ての患者にがん告知を行った。告知の結果患者たちは治療に積極的になり表情も明るくなった。

  1. 前回の放送
  2. 10月3日 放送
  3. 次回の放送