報道の魂 2015年8月17日放送回

報道の魂(ほうどうのたましい)は、TBSで2003年10月から日曜深夜(月曜未明)に不定期(詳細後述)で放送されている報道番組、ドキュメンタリー。本項では、差し替えタイトルの『JNNルポルタージュ』および、後継番組『JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス』についても記載する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2015年8月17日(月) 1:20~ 1:50
放送局 TBS

番組概要

オープニング (その他)
01:20~

オープニング映像。

女たちの赤紙 日赤和歌山班の悲劇 (バラエティ/情報)
01:20~

日赤和歌山490救護班であった永井日出子さんらは従軍看護婦として選出されたことを誇りに思っていたなどと振り返った。日赤和歌山班は「レッドクロス・ナース」とも称されていた。防衛研究所 戦史研究センターでは70年前の戦時中の写真が展示されている。和歌山県和歌山市にある日本赤十字社和歌山県支部には今も終戦直前の資料が保管されており、日赤和歌山490救護班は23人中15人が戦死しており悲劇の和歌山班と呼ばれている。

日赤和歌山490救護班であった岩本あや子さんは当時は従軍看護婦に憧れていたなどと当時を振り返った。永井日出子さんは自ら志願して和歌山班に参加していたことを当時は国のために行動することが誇りであったなどと述べた。1944年日本軍はミャンマー・ビルマに侵攻するインパール作戦を実施し、歴史的敗北を味わった。当時その患者を救護するために現地に派遣された岩本あや子さんらは周囲からは地獄に行くと伝えられていたなどと語った。

日本赤十字看護大学の川原由佳里准教授は日赤和歌山490救護班のビルマーで体験した状況を説明した。日赤和歌山490救護班は知らぬ間に戦場の最前線にいてビルマーからタイまでの400kmを歩いて移動した体験を永井日出子さんは歩けなくなった兵隊は置いていくしかなかったなどと語った。

キーワード
日赤和歌山490救護班
防衛研究所 戦史研究センター
和歌山市(和歌山)
ビルマー(ミャンマー)
インパール作戦
日本赤十字看護大学
タイ

女たちの赤紙 日赤和歌山班の悲劇 (バラエティ/情報)
01:33~

日赤和歌山490救護班はビルマーからタイまでの400kmを歩いて戦場から逃げる最中で休憩のために立ち寄った村でビルマの兵隊が襲撃してきて皆がバラバラになるトラブルに見舞われた。その体験を永井日出子は中尾敏子婦長から当時の国の教えでもあった「戦陣訓」の記載通り自決を指示されたなどと語った。

キーワード
日赤和歌山490救護班
ビルマー(ミャンマー)
タイ
中尾敏子婦長
戦陣訓

女たちの赤紙 日赤和歌山班の悲劇 (バラエティ/情報)
01:39~

ビルマーで襲撃にあった日赤和歌山490救護班はバラバラとなり平井越子さんと岩本あや子さんはイギリス軍に発見されたが赤十字の証であるレッドクロスの印が軍人に理解され保護されたなどと当時を振り返った。海外では戦場での看護婦は保護の対象であるのが常識であったが、当時の日本は軍と一緒に撤退する道を選んでいたなどと川原由佳里准教授が説明した。

高知市に住んでいる日赤高知339救護班に参加していた西内清子さんは最初の計画ではビルマには高知班が参加する予定だったが急遽変更が言い渡され、日赤和歌山490救護班が参加することになったなどと語った。写真に写っていた平井越子さんは保護された後に捕虜として看護師の仕事を継続したなどと当時を振り返った。岩本あや子さんは生きて母国に生還してからビルマでの出来事を一切家族にも言い伝えることはなかったなどと語った。平井越子さんはビルマで亡くなった人たちの慰霊碑に戦後通い続けている。

キーワード
日赤和歌山490救護班
ビルマー(ミャンマー)
タイ
イギリス軍
日赤高知339救護班
ビルマ(ミャンマー)

エンディング (その他)
01:48~

エンディング映像。

  1. 前回の放送
  2. 8月17日 放送
  3. 次回の放送