巨人・原辰徳の王道 栄光の轍 2014年10月5日放送回

放送日 2014年10月5日(日) 16:30~17:25
放送局 日本テレビ

番組概要

オープニング (その他)
16:30~

9月26日、ビールかけを行った原辰徳監督。その直後ようやく一段落した原は、今年は苦しいシーズンだったと振り返った。原辰徳の今シーズンを振り返る。

キーワード
巨人

原辰徳の王道 ~栄光の轍~ (その他)
16:34~

3月28日、開幕を迎えた原辰徳は試合前にミーティングを行った後、原の甥である菅野智之が開幕投手を務めた。しかしこの試合は圧勝したがのちに苦戦、しかし原は「勝ち続けるチームは必ず衰退することを頭に置きながら戦うことが重要」だと考えていた。巨人は1973年に前人未到のV9を達成したが、その翌年にV10を逃すと翌年最下位に転落するなど、過去にも同様のことがあった。

そんな中、5月29日、父・貢さんが亡くなり7月14日にお別れの会が行われた。アマチュア野球界の名勝の始まりは1960年代の大牟田市・三池炭鉱。三井御池闘争が激烈する中、貢さん率いる三池工業が甲子園初出場初優勝を果たし、街が笑顔の人で埋め尽くされた。父と野球がおこした奇跡に感動した辰徳は、野球にのめりこんだ。

貢さんはその後東海大相模の監督に就任、辰徳も進学し父の教えを受けた。「親子鷹」の誕生だった。2009年、原親子の生涯で一度だけの親子対談の様子を紹介。辰徳が東海大相模に進学した当時を振り返り貢さんは、高校野球人としてやるからにはきちんとした野球をできる人間にしたかったと話していた。高校卒業後も親子で東海大学に進学・就任し、辰徳はスラッガーに成長した。

今シーズン、衰退するチームを優勝に導こうと挑んだ原は、坂本勇人ですらスタメンから外したり、4番に代打を送るなど今までにない緊張感がチームに走った。特に代走として幾度と無く勝利に貢献した鈴木尚広は原の采配を象徴するひとりとなった。井端、小林ら大胆な選手起用について原は、日本一になることが目標でオーダーを変えることが目的ではなかったと話した。

「クライマックスシリーズ ファイナルステージ」の番宣テロップ。

エース内海を起用し続けた 原辰徳の監督哲学

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巨人
菅野智之
原貢さん
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坂本勇人
阿部慎之助
村田修一
鈴木尚広
井端弘和
小林誠司
内海

原辰徳の王道 ~栄光の轍~ (その他)
16:49~

開幕から2か月、ジャイアンツ球場にエース・内海哲也の姿があった。開幕から9試合先発したが勝利がなかったが、原は「どういう結果が出ようが自信を持って決断したことは変えずにやる」と使い続けた。5月29日、10度目の先発に立った内海は7回無失点で初勝利を手にしたが、原に父の訃報が届いた。

後半戦、内海は勝利を重ね、チームを首位に踏みとどまらせた。内海は、我慢して使っていただいたおかげで後半戦を戻せた、感謝していると話した。

三世代の物語 原辰徳が菅野智之に託すもの

キーワード
巨人

原辰徳の王道 ~栄光の轍~ (その他)
16:56~

巨人が創立80周年を迎えた2014年、グランドでは日本ハムの大谷翔平が二刀流でこれまでの常識を覆し、スタンドでも「カープ女子」ブームなど参加して楽しむファンが増えた。原辰徳は、我々の頃の野球場と雰囲気がガラッと変わり誰しも楽しめるようになった、いい雰囲気で野球がプレーできていると話した。

1934年、巨人の母体となる大日本東京野球倶楽部が創立され、沢村栄治が史上初のノーヒットノーランを達成。1959年には初の天覧試合が行われ、サヨナラホームランが話題となった。1965年から9年連続優勝を果たし、1977年には王貞治がホームラン世界新記録を樹立。1994年はイチローも観戦する中、リーグ最終戦での優勝決定試合が行われた。2002年は松井秀喜がシーズン50号を達成。

「クライマックスシリーズ ファイナルステージ」の番宣テロップ。

巨人の監督は、そんな巨人の歴史の最前線にいる。特別に監督室の取材が許可されたが、壁には歴代監督のサインとともに、第35代アメリカ大統領・ジョン・F・ケネディの肖像画が飾られていた。原辰徳は、悩んだときにはケネディの絵を見て悩みがちっぽけなことだと思うようにしている、勇気をもらっていると話した。

今季巨人の開幕投手を務めた菅野智之は、1995年のおじ・原辰徳の引退試合を観客席で見たことでプロ野球を志したという。辰徳はプロ選手として智之を教えることができないため、祖父・貢さんが野球を指導した。辰徳と同じく東海大相模・東海大学へ進学、大学No.1投手として成長し、原貢野球を継承した。2009年のインタビューで貢さんは、順調にいっていて楽しいと話していた。

2012年、1年の浪人を経て巨人に入団、2013年の1年目から13勝と監督の期待に答え、祖父も誰よりも喜んだ。2年目もエースへの階段を登っていたが、そのさなか貢さんが亡くなり、菅野も右手中指を痛めし初の2軍を経験した。そのとき原からは「早く治せ」とだけ声をかけられたという。

原も、1980年に巨人のドラフト1位指名で入団し大きな期待を背負い、重圧を跳ね返し1年目は新人王を獲得したが、2年目以降は不調の際は容赦無いバッシングを受けた。6年目、左手首を骨折し孤独なリハビリを経験するなど苦難の連続だった。

9月9日、原はライバル・阪神との3連戦を前に兵庫県でシーズン中の日課である散歩を行った。その3連戦では菅野が復帰し、7回1失点で勝利投手となったが、菅野は2軍でボールを投げられない悔しさなどに気づいたと振り返った。試合後原は甲子園球場の監督室で、順風満帆に行く選手はそういない、逆風が吹いた時にいかにプラスにしてくれるかだと明かした。

リーグ3連覇達成 原辰徳涙の理由

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原辰徳の王道 ~栄光の轍~ (その他)
17:17~

9月26日、原辰徳が東海大学時代に貢さんとともに戦った思いでのある横浜スタジアムで、チームはマジック2を迎えた。長嶋茂雄終身名誉監督も駆けつける中、先発の内海哲也ら選手が原野球の集大成をみせ、セ・リーグ3連覇をもぎとった。ビールかけを行った原は、貢さんとはいつでも一緒なので瞬時に優勝を報告していると話した。

「クライマックスシリーズ ファイナルステージ」の番宣テロップ。

「クライマックスシリーズ ファイナルステージ」第1戦の番宣テロップ。

キーワード
巨人
長嶋茂雄
坂本勇人
村田修一
原貢さん

エンディング (その他)
17:23~

エンディング映像。

キャスト

  1. 10月5日 放送