自転車ジャパン ロンドンへの道

放送日 2012年2月18日(土) 10:30~11:25
放送局 日本テレビ

番組概要

オープニング (その他)
10:31~

それぞれの想いを抱えながらロンドン五輪出場を目指す競輪の選手達に迫る。

キーワード
ロンドン五輪
競輪

自転車ジャパンロンドンへの道 女子ケイリン期待の星 (バラエティ/情報)
10:33~

2011年5月。日本競輪学校では第101回生徒(男子)と女子第1回生徒の入学式が行なわれた。女子生徒の最年少は18歳、最年長は48歳と幅広い。女子も男子と同じく厳しいトレーニング、厳しく管理された生活を送りながら、プロの競輪選手を目指している。

1期生の田中麻衣美さんは元ブライダルモデル、森美紀さんは実家に夫と子どもを残して日本競輪学校に入学した。部屋では故郷の銘菓たこせんを持ち寄って女子生徒同士で集まるなど今時の女性らしさもあるが、皆プロの競輪選手になりたいという真摯な気持ちで集まっていた。

加瀬加奈子は元トライアスロンの選手で輝かしい経歴の持ち主。ロンドン五輪を目指す加瀬は自転車トラック競技ナショナルチーム選手選考会で短距離・中距離の強化指定選手として出場。競輪も五輪も両立させながら頑張りたいと語っていた。

UCIトラックワールドカップ2011-2012の第1戦、団体追い抜きで日本チーム女子からは加瀬・田畑真紀・上野みなみが出場。日本新記録は樹立したが、順位は10位に終わった。続くオムニアムでは加瀬が転倒し負傷してしまった。

2011年12月。加瀬は日本競輪学校でリハビリを続けていた。子どもの頃から母親の由紀子さんから女で一つで育てられた加瀬は、母から一度も「女の子らしくしなさい」とは言われたことがなく、「自分自身で輝くような生き方をしなさい」と言われていたという。

伊豆ベロベロドームでナショナルチームの合宿が始まり、加瀬も参加。しかし咳こむなどコンディションは悪く、松本整監督から厳しい叱責を受けてしまった。松本監督は「咳き込むほどの状態であることはわかっている。でも日本のトップリーダーになるという強い意志を所作言動で見せて欲しい」と敢えて厳しい口調で言っていたことを取材班に明かした。

練習を終えた加瀬は「学校だったらすぐ整列・着替えて帰る準備、お風呂に入る時間も決められている。合宿ではクールダウンの時間もマッサージできる時間も、ゆっくり体を休める時間もあって、学校に通う自分がまだ普通の人あがりのアスリートだと気づかされる。日本のトップアスリートになるというところまで気持ちを持っていかなければならない」と語った。

日本競輪学校の卒業まで残り2ヶ月。200m記録測定の日に14秒以内が卒業条件となる中、加瀬は12秒25でクリアした。

UCIトラックワールドカップ2011-2012の第3戦。第1戦で負傷して棄権したオムニアム予選を突破した加瀬はオムニアムの決勝に進出。しかし、スタートからしばらくして再び転倒してしまった。

キーワード
伊豆ベロドローム(仮称)
たこせん
ロンドン五輪
トライアスロン
自転車トラック競技ナショナルチーム選手選考会
UCIトラックワールドカップ2011-2012
伊豆ベロベロドーム

自転車ジャパンロンドンへの道 女子ケイリン期待の星 (バラエティ/情報)
10:54~

UCIトラックワールドカップ2011-2012の第3戦。第1戦で負傷して棄権したオムニアム予選を突破した加瀬はオムニアムの決勝に進出。しかし、スタートからしばらくして再び転倒してしまった。だが大事には至らずそのままレースを継続させ、オムニアムでのポイントを4位につけ、総合順位は15位となった。

キーワード
UCIトラックワールドカップ2011-2012

自転車ジャパンロンドンへの道 親子鷹で狙う金メダル (バラエティ/情報)
10:57~

競輪男子のナショナルチーム選考会。現ナショナルチーム選手や競輪の賞金王、五輪経験者などが集う中、会場の注目を集めた22歳の坂本貴史がいた。1kmタイムトライアルで2位となった坂本貴史は、ロサンゼルス五輪での団体銅メダリスト・坂本勉を父に持つ。

青森県八戸市で生まれ育った坂本貴史は、国体少年男子1kmタイムトライアルで優勝、全国高校選抜の1kmタイムトライアルで優勝、アジア選手権ジュニア部門で1kmタイムトライアル3位の経歴を持ち、競輪のメダリストだった父を目標に競輪の道を進んできた。「息子がこの競輪の世界に入ったら親は同じ世界にいるべきではないと思っていた」と語る父は息子の坂本貴史が競輪選手として活躍すると自ら現役を引退。その後、ナショナルチームのコーチとなり、親子鷹で五輪を目指すことになる。

キーワード
ロサンゼルス五輪
国体

自転車ジャパンロンドンへの道 福島のニューヒーロー (バラエティ/情報)
11:04~

2011年3月16日、新田祐大は成田国際空港にいた。5日前に東日本大震災が起こり、故郷の福島が被災したことで、「行っていいのかわからないけど、行くからには全力を出してアピールして元気な姿を見せたい」と迷いも抱えながら、新田祐大は大会へと出発した。同じく福島県出身で新田の先輩にあたる伏見俊昭は「彼は福島人としての責任感が強い。震災をどう受け止めたかはわからないが、『今やらなければ』という決意を感じさせた」と当時を振り返る。

オランダ・アペルドールンで行なわれた2011年トラック世界選手権に出場した新田祐大だったが、タイムトライアルで16位と結果を遺すことはできなかった。

帰国後の新田祐大は、故郷に帰ってきた。被災してトラックに亀裂が入って練習の出来ない状態になった泉崎国際サイクルスタジアムの惨状を目の当たりにし、「被災を理由に練習ができないとか思いたくない。勇気を与えられる走りをしたい」と決意を改めた。

新田祐大は国立スポーツ科学センターの低酸素トレーニング室でトレーニングを行い、筋力だけを約6kg増やして世界トップレベルの選手の体重に近づけた。そして迎えたSSカップみのりで、新田は見事優勝を果たした。

新田祐大はロンドン五輪の選考基準に選ばれていると自覚してトレーニングを続けており、メダルを獲得して人生を変えたいと望んでいる。五輪出場は小学校の卒業文集で書いていたほど子どものころからの夢で、福島県立白河高校では自転車部に所属してインターハイで優勝、ジュニアナショナルチームで活躍。アテネ五輪のチームスプリントでは日本初の銀メダル獲得にも貢献するなど華々しい経歴を誇る。父の一則さんは「引退しても指導者になれるように大学は出てほしかったけど、まっすぐでしたね。じいさんの気性を受け継いだのかもしれない」と振り返る。

UCIトラックワールドカップ2006-2007に出場した新田だったが、北京五輪の選考基準に含まれたこの大会で結果を残せず、代表落ちを経験。新田は故郷・福島の斑目道場で、北京五輪を観ることなくトレーニングを続けた。師匠の斑目秀雄さんは「トレーニングを我慢できること、それが新田の資質。必ず結果はついてくる」と語った。

キーワード
東日本大震災
アペルドールン(オランダ)
2011年トラック世界選手権
SSカップみのり
ロンドン五輪
アテネ五輪
UCIトラックワールドカップ2006-2007
北京五輪
斑目道場

自転車ジャパンロンドンへの道 福島のニューヒーロー (バラエティ/情報)
11:18~

新田祐大は故郷の福島県が東日本大震災で被災し、故郷を元気づけたいという想いを抱きながら黙々とトレーニングを続けている。

去年11月に行なわれたUCIトラックワールドカップ2011-2012。その第1戦で新田祐大は1着でゴールした。

キーワード
東日本大震災
UCIトラックワールドカップ2011-2012

エンディング (その他)
11:22~

エンディング映像。

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