石川遼、20歳 2012年1月4日放送回

放送日 2012年1月4日(水) 18:00~18:55
放送局 日本テレビ

番組概要

オープニング (その他)
18:00~

石川遼が新年の挨拶をし、「今年は皆さんの前で優勝をお見せできるよう頑張ります」と2012年の抱負を述べた。

石川遼と担当記者の柳沢英俊は長い付き合いだが、石川遼が20歳になったことで最近ではお酒の話もするようになった。

オリジナル。その言葉について、北野武は「注目されているうちが華。悪口も褒め言葉と思わないとね」と語り、上原ひろみは「20歳にしか見えない何かがある」、王貞治は「自分が信じた道は平坦ではない」と語った。

キーワード
北野武
王貞治
上原ひろみ

石川遼、20歳 (バラエティ/情報)
18:04~

担当記者の柳沢英俊が初めて石川遼の取材を始めたのはマンシングウェアオープンKSBカップ2007。当時15歳の石川遼はこの大会で史上最年少優勝を果たした。その2日後に杉並学院高校で行なわれた優勝の記者会見で柳沢は「この少年はもっと大きな何かを見せてくれるはずだ」と確信したという。その後のトレーニングでは周囲のアマチュアゴルファーの視線をも釘付けにした石川遼は、翌年に16歳でプロ転向を発表。柳沢の取材も引き続き行なわれていった。

2011年年3月6日。アメリカ・フロリダ州でトレーニング中の石川遼に、2011年最初の取材が行なわれた。

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マンシングウェアオープンKSBカップ2007
フロリダ州(アメリカ)

石川遼、20歳 (バラエティ/情報)
18:09~

2011年年3月6日。アメリカ・フロリダ州でトレーニング中の石川遼に、2011年最初の取材が行なわれた。石川遼は、ゴルフ以外にもテニスなど他のスポーツもトレーニングに用いていた。

2008年のキヤノンオープンではプロ1年目の高校生ゴルファーとして注目を浴びた。怖いものなしの攻めるゴルフをスタイルに、プロ3年目にはギネス記録となる世界最少スコアで優勝。順調な石川遼だったが、4年目にインタビューで「自分らしさだったり、オリジナルのものを追求してゴルフができるかどうか。そうしなきゃ世界一にはなれないと思う」と語っていた。

感情を全身で表すかのような演奏を武器にブルーノートで日本人初となる7年連続一週間公演を行ない、グラミー賞も受賞した上原ひろみ。法政大学法学部在席時に自分の演奏を確立するために大学を中退してバークリー音楽大学へ留学した彼女を支えたのは、「20歳にしか見えないものがあるはず」という決心だった。上原ひろみ独特の演奏は、オリジナルを掴んだということではなく、ただ自然に、自分の魂をそのまま鍵盤を通して演奏した結果なのだという。

プロ4年目の石川遼が自分のオリジナルを見つけるチャレンジは2011年3月7日にフロリダで始まった。しかしその4日後、3月11日に東日本大震災が発生。試合中の石川遼にも、コメントを求めるインタビューが相次いだ。

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キヤノンオープン
ミズノオープンよみうりクラシック
中日クラウンズ
バークリー音楽大学
上原ひろみ ソロ・ピアノ・ライヴ・アット・ブルーノート・ニューヨーク
東日本大震災
フロリダ州(アメリカ)
法政大学
グラミー賞
ブルーノート

石川遼、20歳 (バラエティ/情報)
18:19~

アメリカでの試合中に東日本大震災の一報を聞いた石川遼は、3月13日に自身のブログで「自分がプロゴルファーとして何ができるか。そう考える日々です」と綴っていた。そして彼は、シーズン獲得賞金全額、バーディー数×10万円を寄付することを決意。国内開幕戦となった2011年4月の東建ホームメイトカップでは、3位に入賞した。

それからひと月経った5月。支援を決断したことについてインタビューすると石川遼は「支援内容の決断が良かったか悪かったかはまずこの1年目ですよね」と語っていた。石川遼の中では、支援の姿勢はこの1年だけに留まっていなかったのだ。

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東建ホームメイトカップ
東日本大震災

石川遼、20歳 (バラエティ/情報)
18:25~

2011年5月から、石川遼は未勝利の日々を過ごし、9月のANAオープンでは予選落ちを経験。ゴルフクラブをコース上に叩きつけようとするなど、苛立ちも見られていた。

石川遼の不調は責任感からくる重圧なのか。その疑問を解くため、責任を受け止める重圧を受け止め続けた王貞治に柳沢英俊はインタビューを行なった。王貞治は自分だけの一本足打法を貫き、868本のホームランで世界的記録を樹立、しかしその王貞治でもプロになって3年間は全く打てなかった。王貞治は「自分が信じてやってきた道は必ずしも平坦ではないし一本道でもない。うまくいかなくなっても、進んできた道を信じる」と語り、「プロは試合以外の時は案外リラックスしているが、彼の場合は365日24時間、常に注目されて石川遼でいなければならないよね」と、石川遼を案じる言葉も語った。

そして11月の三井住友VISA太平洋マスターズ。ホールインワンでギャラリーとタッチを交わすなど喜びを爆発させた石川遼は、ゴルフ界を盛り上げたいという気持ちをそのまま体現していた。

7月に宮城県石巻市の門脇小学校を訪れた石川遼への感謝の手紙が、門脇小学校から日本テレビの柳沢英俊のもとに送られていたが、柳沢英俊は石川遼に渡すタイミングをいつにするか迷っていた。だが今シーズンが終わってからでは遅い、そう考えて渡すことを決意した。

2011年10月。石川遼の交際報道がスポーツ紙の一面を飾っていた。プロならいかなるインタビューにも応じるというのが石川遼の考えだったが「ゴルファーも報道もプロでプロ同士なんだから、少しでも違うと思えばお互い言っていいと思う」と、自分の主張とメディアの主張のギリギリの線引きを決めたがっている様子も見せた。

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三井住友VISA太平洋マスターズ
荒川博コーチ
石川遼

石川遼、20歳 (バラエティ/情報)
18:39~

宮城県石巻市の門脇小学校の子供達から届いていた手紙を石川遼に手渡したのはツアー最終戦前日の事だった。クラスの一人ひとりが石川への感謝を綴っていた。中には、石川の勝利を願い、修学旅行でお金を出しあって買ったというキーホルダーが入っていた。そしてツアー最終戦の『ゴルフ日本シリーズJTカップ』。子ども達からもらったキーホルダーは石川のポケットに着けられていた。試合の結果は3位だったが、柳沢英俊は石川が子供と共に一緒に闘っていると感じた。

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ゴルフ日本シリーズJTカップ
石巻市(宮城)

石川遼、20歳 (バラエティ/情報)
18:45~

映画『座頭市』でフランス芸術文化勲章コマンドゥールを授賞するなど、映画界において世界から賞賛を浴びる北野武が今シーズンの石川遼について、早めに勝てない年があったのことは良いだと語った。また、「人間が楽しむ事には順番があり、一番の楽しみは自分が好きな選手が大きくなる、その倍の楽しみはその人が駄目になる、三倍の楽しみはその人が復活する事」だと語った。

柳沢英俊、北野武とのインタビューを終え、石川遼はまだ二十歳、浮き沈みはこれから続く長い人生の彩りだと思えた。そんな石川遼に二十歳で迎えた激動のシーズンについて聞いた。

日本ゴルフツアー機構 年間授賞式の様子が映された。

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座頭市
フランス芸術文化勲章コマンドゥール
北野武
日本ゴルフツアー機構

石川遼、20歳 (バラエティ/情報)
18:50~

石川遼は今シーズンを一番今までの中で実力が出たシーズンで、自分の実力がこれくらいなんだ思えたシーズンだったと語った。石巻市の門脇小学校の子供たちから送られたキーホルダーについては、優勝争いができたのはみんなの子ども達のおかげだと思っていると話した。プロはエンターテイナーであり常に夢を与える存在だと言う石川遼。柳沢英俊はそんな石川を見て彼の表現力が大きく変わったと感じた。そして、最後に2012年の石川遼は何だか勝ちそうな気がすると締めくくった。

キーワード
石巻市(宮城)
  1. 1月4日 放送