長崎平和祈念式典 平成29年

放送日 2017年8月9日(水) 10:30~11:50
放送局 NHK総合

番組概要

平成29年 長崎平和祈念式典 (その他)
10:30~

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が10時35分から平和公園で行われる。8時の会場から参列者が集まり始め、すでに満席となっている。

爆心地から東に500mのところに位置する浦上天主堂は、1万2000人いた信者のおよそ7割が原爆投下から1年を待たずに亡くなった。生き残った信者はその後教会を再建、いまも被爆した信者500人らが平和への祈りを捧げ続けている。きょうもこのあとミサが開かれ、原爆の犠牲者を追悼する。

爆心地の南西およそ500mのところにある活水中学校・高等学校は、 原爆投下で校舎が崩壊し教職員や生徒など142人が犠牲となった鎮西学院中学校の跡地に移転してきた学校で、敷地内には被爆した校舎の一部が現在も残されている。きょうは全校生徒が登校し、平和をテーマにした弁論の発表などが行われる。

長崎平和祈念式典は被爆者歌う会「ひまわり」による合唱で始まる。最年長の田川照子さんは92歳で、20歳の時に被爆し、火の手から逃れるため入院していた兄嫁を背負って裏山を登った。歌を通じて、原爆の恐ろしさを語り継ぎ子ども達に平和な未来を守って言ってほしいと話した。

被爆者歌う会「ひまわり」が「もう二度と」を合唱した。

開会のあいさつの模様を紹介。式典進行は長崎西高校の重村凌介と徳永葵、「長崎の平和への思いを受け継ぐ若い世代の一員として、今日はこれから2人で式典の進行をさせていただく」と話した。

原爆死没者名奉安の様子を紹介。奉安は遺族代表、被爆者代表、青少年代表、長崎市長の4人で執り行われた。名簿には3551人の名前が記されており、総数17万5743人となる。

折り鶴を手向けるのが活水中学・高校の毎年の恒例行事となっている。学校では6年前まで被爆した校舎の一部がそのまま使用さていたが、老朽化による取り壊しが決まった当時は校舎を残してほしいとの声が上がり一部分は残された。現在も生徒らが定期的に掃除し大切に守られている。高校2年生の木下更紗さんは被爆校舎が身近にあることで昔、悲劇があった事を忘れずに過ごせる、など話した。

平和公園で行われた献水の様子を紹介。遺族代表、被爆者代表、高校生代表、中学生代表、小学生代表の5人により執り行われた。原爆による熱に晒され水を求め亡くなっていった人達への慰めるために水が捧げられる。

参列者による献花の様子を紹介。はじめに遺族代表、被爆者代表、長崎市長・市議会議長の4人により執り行われた。また安倍首相などの来賓が後に続き執り行った。今年7月、核兵器禁止条約が国連で採択された。

世界で初めて核兵器禁止条約が国連で採択され、被爆者の長年に渡る核兵器廃絶の訴えが大きく貢献された。一方で米など核保有国5カ国は条約の交渉会議に参加しなかった。唯一の戦争被爆国であり米の核の傘に守られている日本も核保有国と共に参加せず、被爆者を中心に国内外から落胆などの声が相次いだ。今年の長崎平和祈念式典には核保有国含む世界58か国が参加する。核廃絶実現には核保有国の歩み寄りが必要不可欠で、日本には橋渡しとして期待する声も高まっている。

浦上天主堂では信者たちが原爆投下時刻に合わせて黙とうを捧げる。被爆者の白井洋子さんは5歳の時に被爆し、当時の精神的ショックから被爆する前までの記憶を失っている。唯一の記憶が原爆投下時である。今までは記憶と向き合うことができずに人に語るのを避けてきた。転機となったのはことし4月他の被爆者とともに爆撃を受けたヨーロッパの教会を巡ったことだった。巡ったことで凄惨な体験にも平和の大切さを伝える力があると気付いた。

活水中学・高校では、全校生徒による平和祈念集会が行われている。活水中学・高校で毎年行われているのが弁論である。弁論テーマは「自分にとっての平和」。長崎で生まれ育ちこれまで見たこと感じたことを自分の考えにまとめる。さらに、原稿を読む練習も行われた。弁論を行った生徒に話を聞き佐々野桜は「今の自分の思いを書いた」と話した。熊崎はゆらは「原稿は見ずにみなさんに語りかけるようにした」と話した。

式典会場では献花が続いている。この後黙とうが捧げられる。

会場では原爆死没者に黙とうが捧げられた。

長崎市・田上富久市長による平和宣言「ノーモア ヒバクシャ」。田上市長は「核兵器を使うことはもちろん、持つことも配備することも禁止した“核兵器禁止条約”が、国連加盟国の6割を超える122か国の賛成で採択されました。被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。私たちはこの条約を“ヒロシマ・ナガサキ条約”と呼びたいと思います。そして人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。しかし、今も世界には15000発近くの核兵器があります。遠くない未来に核兵器が使われるのではないかという強い不安が広がっています。核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り核の脅威はなくなりません。世界が勇気ある決断を待っています。日本政府に訴えます。核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国と持たない国の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を被爆地は到底理解できません。」

被爆者代表の深堀好敏さんは16歳の時に被爆し、2つ上の姉を亡くした。その後40年近くに渡って被爆直後の長崎を写した写真の収集活動に取り組んできた。深堀好敏さんによる平和への誓いを発表し、被爆直後の焼け野原になった長崎の様子や亡くなった姉を家族で荼毘に付したという自身の凄惨な体験について語った。

安倍晋三内閣総理大臣のあいさつの様子を紹介。安倍首相は、一発の原爆投下で多くの人の夢や希望が奪われた。しかし凄惨な廃墟の中から立ち上がりたゆまぬ努力により素晴らしい国際文化都市を築き上げた。唯一の戦争被爆国として核兵器廃絶への努力を積み重ねることが私たちの責務だ。そのためには非核兵器国、核兵器国双方の参画が必要だ、など述べた。

活水中学・高校から中継。活水中学校では平和学習部という部活動があり、県内で唯一平和のためのボランティア活動や学習を行っている。

被爆前、東洋一の大聖堂を呼ばれた浦上天主堂 旧鐘楼は爆風で全壊し下の川で発見された。被爆した信者らは被ばく遺構保存を訴えてきた。より良い状態で保存するため鐘楼が水に触れないよう川の流れを変え周囲の雑草も取り除いてきた。鐘楼は去年10月、長崎原爆遺跡として国の史跡に指定された。今後は柵の整備など行い、保存方法について話し合いたいとしている。

昭和20年8月9日、午前11時2分、長崎市浦上地区上空503mで原子爆弾が炸裂した。放射線、熱線、爆風が人々に襲いかかり、爆心地から1km以内にいた人はほとんどが即死した。1年で7万人が亡くなったと伝えられている。

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