戦没者は二度死ぬ〜遺骨と戦争〜 2019年8月15日放送回

放送日 2019年8月15日(木) 0:45~ 1:35
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
00:45~

戦没者は戦争で死んだ時と家族の元に帰れなかった時と2度死ぬことがあるという。戦没者は未だに取り残され、国は2024年度までを集中期間に定めている。しかし、国は先月にシベリアの遺骨の取り違えを認めていた。

戦没者は二度死ぬ〜遺骨と戦争〜 (ニュース)
00:48~

福島県の会津坂下には戦争で家族を失い、遺骨がかえることを願い続けている遺族の伊藤久夫さんがいた。戦時中、日本の統治下にあったテニアン島は国策でさとうきび栽培の拠点となり、最盛期に1万5千の民間人が移住していた。久夫さんの家族もテニアンに渡り、アメリカ軍が上陸すると島の民間人は日本軍に戦闘協力させられたりして8千人近くが犠牲となった。24年前に初めて遺骨収集に参加した久夫さんは、以来自分の家族の遺骨を探し続けていた。昭和19年7月、8千人の日本軍が守るテニアンにアメリカ軍が上陸した。圧倒的な火力を前に守備隊は壊滅し、民間人と合わせて1万5500人が亡くなった。唯一残されていた戦前の久夫さん家族の、両親と4人の子供は攻撃が始まると島の南端にある崖に追い詰められた。そこにははらわたなどが出ている、民間人の死体がいっぱいあったという。久夫さん達は崖の中腹にある洞窟に逃れ、一緒にいた関口一家や他の5家族と過ごした。

昭和19年8月2日、洞窟の入口にアメリカ軍がせまって手榴弾を投げてきたという。しかし、いくつかは不発となったので久夫さん達は生き残った。すると久夫さんの父は、まさかりのような物で久夫さんや他の子供達、さらには関口家の人間までを殺していったという。久夫さんも襲われたが、そこから記憶がないという。その後、アメリカ軍に保護された久夫さんや一部の家族は奇跡的に一命を取り留めた。だがその時の遺骨が戻ってこないと久夫さんは話す。久夫さんは妹や他の家族の遺骨を戻したいと望んでいた。そんな久夫さんは3年前に厚生労働省の派遣団の一員として、テニアン島に一緒に渡った男性がいた。場所や形からこの洞窟で間違いないと久夫さんが指摘し、そこを掘ると3人分の遺骨があった。洞窟は父が手にかけた関口一家がいる場所だった。しかし、同行した厚労省の職員が遺骨のDNA鑑定を行わないと決めた。歯がないと鑑定が出来ないと厚労省が主張した5日後、骨は現地で焼かれた。

かつて日本と戦火を交えたハワイのパールハーバーでは、遺骨を家族の元に返すことを国是と考えていた。遺骨の捜索とDNA鑑定を行う米国防総省の調査局「DPAA」は戦場で見つけた遺骨を焼かずに持ち帰り、ほぼ全てから検体を採取して鑑定を行っていた。鑑定では取り違えのないよう、属性や血縁関係の特定を行って合致すれば家族の元にかえしている。この1年だけで200を超えた遺骨が見つかり、この日は真珠湾攻撃で亡くなった水平の遺骨が家族の元にかえされた。

一方の日本。これまでに収容された遺骨128万人のうちDNA鑑定が始まった平成15年度以降、身元が特定できたのは1149人。このうち南方からの遺骨は14人。家族に遺骨を返すためのDNA鑑定が進まない理由について、33年前に厚労省が使用していた遺骨収集の手順書には検体は原則として歯のみ。一昨年から太い骨も対象に加えたが、全ての骨を鑑定するアメリカと比べ条件は厳しい。DNA鑑定に関する国の予算は今年度1.5億円。アメリカの28億に比べ遥かに少ない予算で13倍以上の行方不明者を抱えているのが現状。限られた予算や人材で確実に身元を特定するため対象を限定していたと厚労省は説明している。日本の遺骨収集はかつて戦場だったアジア太平洋地域を中心に19の国や地域で行われている。指導・監督するのが厚労省、民間団体などに委託し、現地の協力を得ながら遺骨収集をしている。その歳日本人かどうか鑑定人が肉眼で判断。しかし収集方法やチェック体勢は国によって異なる。その結果、取り返しのつかない事態が起きている可能性が浮かび上がってきた。情報公開請求で入手した遺骨鑑定書を見た研究家はその地には軍事しか行っていないのに軍人以外の骨が混ざっていることを指摘した。

その現場はパプアニューギニアのプーゲンビル島。米軍と戦闘を繰り広げた守備隊が飢えやマラリアで多くなくなった地域だった。この3年で800あまりと近年最も多くの遺骨が日本に送られている。なぜ軍人以外の骨が混ざっていたのか。遺骨収集に協力している男性に同行。一番近い現場に到着、野戦病院だったこの場所は亡くなった将兵は辺り一帯に埋葬され、穴を見つけて掘り返すと遺骨が出てくるという。厚労省は発掘現場には鑑定人が立ち会うことが望ましいとしているが、ここは道のりが困難なため来ないという。更に男性は日本軍は地元民を雇っていて働かせていたと話した。集落に戻るとお金のために遺骨を集めている住民がいた。去年3月厚労省の派遣団が鑑定を行った際、遺骨を持ち込む住民が殺到。受け取った骨は136人だった。日本側の鑑定人と共に現地で鑑定に当たった人物は遺骨の鑑定は専門外と明かした。遺骨を数多く集めることが優先され鑑定が不十分だったのでは、厚労省は鑑定は適切に行われたと説明、遺骨は現地で焼かれ日本に送られている。

日本のやり方を懸念しているのが国防総省 戦争捕虜・行方不明者局。今回の取材で厚労省に対し遺骨を焼かないよう採算求めていたことがわかった。ジョン・バード氏はソロモン諸島では地元の人たちは米兵と日本兵を一緒に埋葬していて混じっている。火葬をすると調査は二度とできないと話す。懸念される遺骨の取り違え。ロシア・ボルジガンタイ村はかつて抑留者の収容所があった。5年前厚労省の派遣団は日本人として16人の遺骨を持ち帰った。このときはロシア側から提供された抑留者の名簿と大まかな埋葬場所の地図を手がかりにした。厚労省は身元特定の可能性が高いとしてDNA鑑定を実施。しかし去年開かれた会議では日本人ではないという結果が出た。こうした事実を1年近く公表しなかった国はロシア側と協議してから公表するつもりだったと説明した。しかしシベリアでの遺骨取り違えはそれ以前にも起きていた可能性が出てきた。一昨年の会議では70人の遺骨が日本人ではないと指摘されていたが、国は公表していない。

ずさんな収拾がまかり通る中で遺骨収集はどうあるべきなのか。人類学者の楢崎修一郎さんは国から委託されたテニアンの派遣団に遺骨鑑定人として同行していた。親族が海外で戦死し自身も遺族の一人である楢崎さん。一人でも多く日本に返したいと今まで様々な国や地域に出向き500を超える遺骨の鑑定を行ってきた。丹念に調べるとDNA鑑定ができなくてもアジア人かどうかは判別が可能と話す。更に遺骨が見つかる現場はその人がどのような最後を迎えたかまで教えてくれるという。鑑定人が必ず現場に立ち、遺骨が語る全てを受け止めて国に返す。それが遺骨収集のあり方だと考えてきた。今年3月調査中の現場で倒れ亡くなった。戦没者のことを忘れてはいけない前日までそう語っていたという。

テニアンで起きた集団自決で妹や仲間を失った伊藤久夫さん。今年6月厚労省が委託した派遣団に参加。久夫さんの願いを聞いて再び調査が行われることになった。2日間に渡った調査では久夫さんの思い答えようと10人を超えるメンバーが調査を続け、歯や足の骨が見つかった。先週厚労省は戦後初めて遺骨を焼かずに持ち帰ることを検討すると発表した。最後まで戦没者と向き合い続けた楢崎修一郎さん。亡くなる直前の講演会の録音には戦争を恐れ憎むばかりが能ではない。過去の戦争の犠牲者に対して人道を尽くすこともまた平和を願う我々に課された義務ではないか。語ること調べることをやめたら2度死んでしまうと話していた。

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エンディング (その他)
01:34~

エンディング映像が流れた。

NHKオンデマンドで配信のテロップ。

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