夏の高校野球100回記念 真夏の熱球特大スペシャル 第1夜

放送日 2018年8月3日(金) 19:30~20:42
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
19:30~

オープニング映像。

明後日から始まる夏の甲子園は100回の記念大会。最初に過去甲子園に出場していたゲストたちを紹介。前に座っていた山崎さんは矢作さんに「なんで前に座ってるんだよ」と言われる。山崎さんは「春日部工業のザキヤマさん」「私だってビックリですよこの並びで」と話す。掛布さんについてレッドさんは「甲子園で戦ってるイメージは阪神タイガース」と話す。掛布さんは「2年のとき1回出てる」と話す。記念大会の今年はレジェンド球児が毎日始球式を行う。金村さんは17日、水野さんは11日、谷繁さんは10日を担当。ネットでは夏の甲子園のヒーロー&名勝負を募集した。

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夏の甲子園
江の川
阪神タイガース

歓喜のヒーロー だからあいつは怪物になった (バラエティ/情報)
19:32~

夏の甲子園で優勝し怪物と呼ばれたのが松坂大輔投手と田中将大投手。アンケートでもヒーロー部門得票数で松坂投手が1位、田中投手が2位だった。松坂投手について大悟さんは「僕が夏の大会負けて甲子園の松坂を見てやめてよかったと思った」と話す。怪物になった瞬間は59年ぶりの決勝ノーヒットノーラン。

この年のセンバツ優勝、春夏連覇をかけた夏。松坂投手は圧巻のピッチングで勝ち上がる。ついに決勝の京都成章戦へ。3回戦から決勝まで4日連続の登板だが、立ち上がりから連投の疲れを物ともしないピッチングで6回までノーヒット。チームメイトはノーヒットであることに触れないようにしていた。ノーヒットの中野手陣はプレーで盛り立てる。7回を終えると球場中の誰もが歴史的快挙を意識せずにいられなかった。ところが8回にフォアボール。すかさず横浜のベンチは伝令を送る。この時の一言が怪物誕生のきっかけといっても過言ではない。

ノーヒットから8回でフォアボールを出した松坂大輔選手にショートの佐藤勉選手が「ノーヒットノーランやっちゃえよ!」と声をかけた。それに対して松坂投手は「何で言っちゃうんだよ!」と返した。世界でも言わないか聞かれ谷繁さんは「言わない」、金村さんは「言う人もいる。僕なんかは佐藤君タイプ」と答える。佐藤選手の発言には「話すネタがなかった」という理由があった。斎藤さんは「伝令の子が忘れているか監督も一緒に緊張してたか。それぐらい球場が緊迫してた」などと話す。矢作さんは「松坂さんが言っても大丈夫っぽいから言ったんだろうけど」と話す。

佐藤選手の思わぬ一言で笑顔の松坂投手。すると動きが良くなる。さらに打たれても内野陣が抑える。ついに9回、球を取りこぼしヒヤヒヤする場面もあったが2アウトまで取りあと1人。最後はストライクでアウトを取り、史上2人目の決勝ノーヒットノーランを達成した。松坂投手は「スコアボード見ながら投げていたが意識しないようにしていた。今までで一番うれしい」と話す。あれから20年、現在の松坂投手は「いつか自分も注目されるような選手になりたかった。人として成長させてくれた3年間だった」と話す。

続いては北の怪物と呼ばれた田中将大投手。田中投手は1年生の時に駒大苫小牧の選手として初優勝を飾っている。この時、田中投手はアルプスで応援していた。そして、2年の春に甲子園デビューを飾ったが、2回戦で敗退した。しかし、同年の夏に連覇の胴上げ投手になった。

ノーヒットノーラン達成の映像に出演者らは拍手。山崎さんは「こういう見方なかなかしてなかったんじゃないですか?なんとなく決勝最後の三振ですごかったーくらいで、守備の緊張感とかまた見応えが違いますよね」などと話す。片岡さんは「私もノーヒットノーランでセカンド守ったことある。本当にボールが飛んでくるなと思う。意識してからもあのピッチングができる。あのバック、ファンブルしてからもアウトにする。見れば見るほどスゴさを感じる」などと話す。山崎さんは「ずるいもんで言った本人には飛んでかないんですね」と話す。佐藤勉選手は8回の伝令後守備機会ゼロだった。

田中投手は2年生の時、2番手だった。田中投手は、平田選手や辻内投手を擁する大阪桐蔭戦で脚光を浴びた。田中投手は平田選手に対して強気のインコース攻めを行なった。また、辻内投手にはストレート勝負を行った。そして、決勝の京都外大西戦を迎えたが、マウンドには先輩の松橋選手が立った。田中投手は初回からいつでも行ける準備をしていた。失点のピンチに田中投手がマウンドを任され、ピンチを切り抜けた。そして、田中投手はここから北の怪物へとのぼりつめた。

ガッツポーズについてレッドさんは「普通優勝決まった瞬間捕手と抱き合う。じゃなくてバックスクリーン振り向いてガッツポーズでメンバー駆け寄ってきた。あれは名シーン」と話す。山崎さんは「カメラマン的にはありがとうですよね」と話す。金村さんも全国制覇の胴上げ投手。優勝の瞬間の映像では何度も飛び跳ねていた。映像を見た出演者らは「すごい跳んでる」などと話す。金村さんは「自然に出た。それまで変化球ばっか投げてたのでストレートだけで抑えてやろうと」などと話す。

野村さんは背番号1番で投手として試合に出場してレフトに交代された。野村さんはあとで投手に戻してくれるという約束を信じていたが、交代されなかった。

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辻内崇伸
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中村監督

灼熱のアイドルが大ブームを起こす! (バラエティ/情報)
19:49~

掛布雅之が憧れたアイドルは太田幸司だという、負けてマウンドの土を1人で取りに行く姿が焼き付いているそう。小木博明は荒木大輔の名を挙げ「大ちゃん好き」などとコメントした。51歳女性からのお便りでは、当時命名された新生児の名前も「大輔」が人気で甘酸っぱい思い出だときている。

マウンド上でハンカチを使い汗を拭く姿で話題を呼んだハンカチ王子こと斎藤佑樹。当時都内百貨店のハンカチの売上は300%増加したという。斎藤佑樹はいつからハンカチを使ったのか。1回戦では指で汗を握っている。2回戦でランナーを背負った時に初めてハンカチを登場させていた、この場面ではピンチを切り抜けた。中田翔の前でもハンカチを登場させ見事三振を奪った。斎藤佑樹の出身である群馬県の中学校では体操着で授業を受ける習慣があり、いつもポケットにハンカチを入れていたという。

名前そのものがニックネームになったアイドルがいる。全国にご当地ダルビッシュが30人いる。高身長で剛速球投手が条件で、大谷選手も当時陸奥のダルビッシュと呼ばれ、藤浪選手は浪速のダルビッシュ。吉本祥二選手は下町のダルビッシュ、桜井俊貴選手は公立のダルビッシュと呼ばれた。

名選手になればニックネームがつくという。水野雄仁は「阿波の金太郎」だった、マサカリ投法が由来になったという。谷繁元信は「山陰の呂明賜」というニックネームだったという。呂明賜はデビュー9試合で7本塁打、谷繁元信は地方大会で5試合のうちに7本塁打を記録した。

2年夏、甘いマスクと三振を奪うピッチングで大人気だったダルビッシュ投手。スタイルも良い。さらに注目されたのがちょっと負けん気が強そうな感じ。先輩キャッチャーに対しても首を振る。ストライクを取り最後はドヤ顔。そして女子達のハートを射止めたのは決勝戦。東北勢初優勝をかけ登板するが打ち込まれ逆転を許す。結局頂点には届かず準優勝、涙した。小木さんは「強気な人が泣くって良いよね。弱いんだよなーあのギャップに」などと話す。ダレノガレは「男の人が泣くところ見るの好き」と話し「いじめて泣くタイプ」と言われた。チームメイトによると3年生に可愛がられており、特にバッテリーを組んでいた佐藤先輩と仲が良かったため「もう3年生と一緒に試合ができない」という寂しさからきた涙だったという。ダレノガレは「やだー、好き」と話す。

1974年、東海大相模vs.鹿児島実業の準々決勝。原辰徳は定岡正二から2点タイムリーを放つなど試合は延長戦に突入。試合時間が延びたため放送が中断された。当時高校野球を中継していたのはNHK総合のみで18時45分での放送打ち切りが決まっていた。九州では視聴者からの要望で何県か中継を再開した地域があった。中継再開は延長15回表、鹿児島実がノーアウト満塁のチャンスを迎えていた。試合は5-4で鹿児島実が勝利した。翌年から総合テレビと教育テレビの2波で高校野球中継を行うようになった。

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夢破れし悲劇のヒーロー (バラエティ/情報)
20:04~

1987年 東北vs.智弁和歌山の試合で斎藤隆は左の強打者として活躍。2回戦の帝京との試合では芝草宇宙が東北に立ちはだかりノーヒットノーランを達成した。

作新学院・江川卓は1年の夏に完全試合を行い2年の夏にはノーヒットノーランを2回達成。完全試合を決めるが準決勝のスクイズで敗れた。掛布雅之は当時の江川の投球練習について「球がミットに入る音は今までに聞いたことのない音だった」と振り返った。1980年、オールスタートゲームに出場した江川はチームメイトの掛布に対し「プロってすごいね、だってボクの球に当てるんだから」とコメントしたエピソードを話した。さらに3年の夏の成績はノーヒットノーランが3回、被安打2、奪三振75という記録を樹立した。

星陵1年の松井秀喜が4番として出場した1990年、夏の甲子園。集積を果たせずノーヒットに終わり初戦敗退というほろ苦い結果だった。1991年、松井2年目の夏は盗塁やホームランなどで活躍しベスト4に進出した。1992年、3年目の夏は明徳義塾からまさかの5連続四球を受けた。

1981年、早実・荒木大輔2年生の夏。報徳学園・金村義明との対決で荒木は逆転負けを喫した。1982年、3度目の夏は池田高校・水野雄仁にHRを打たれ14-2で敗退した。

ダレノガレ明美は荒木大輔からHRを放った水野雄仁に対し「あの映像見ただけでちょっと嫌いですもん」とコメント。金村義明は当時の荒木の人気に「ジェラシーの塊」と振り返った。

1973年、作新学院3年の江川卓。銚子商業との2回戦で江川は、顔の見え方でストレートとカーブの判断され攻略された。

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