岡田武史とレジェンドたちが斬るFIFAワールドカップ 2018年6月17日放送回

放送日 2018年6月17日(日) 1:05~ 2:45
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
01:05~

2018 FIFAワールドカップ開幕直前、都内のスポーツバーにラモス瑠偉など日本サッカーのレジェンド達が集結。岡田武史が番組MCを務める。まだ夢の舞台だったあの頃から、初めて切符を掴んだあの瞬間まで。このときから20年、6大会連続の出場を果たした日本。繰り返してきた歓喜と挫折。岡田武史とレジェンドたちが斬るFIFAワールドカップ。

キーワード
岡田武史
ラモス瑠偉
木村和司
山本浩
水沼貴史
2018 FIFAワールドカップ
FIFAワールドカップ

岡田武史とレジェンドたちが斬るFIFAワールドカップ (バラエティ/情報)
01:07~

岡田武史は、今日は語ってもらいたいが年寄りのワールドカップ談義はやめようと提案。岡田は香川真司が「日本代表がワールドカップに出られない頃を知らない」と言っていたと話す。自分たちが選手でやっていた頃、ワールドカップはどういうものだったかと聞くと、ラモス瑠偉は、夢の夢のような、と答える。ラモスはワールドカップをテレビで見たのは70年の時のペレ(ブラジル)だったといい、子供の頃の夢はプロ選手になって自分の好きなクラブチームに入って代表だったという。フランツ・ベッケンバウアーが出ていた大会の映像を放送。木村和司は、クライフはすごかったといい、試合もやったことがあり、「クライフはターンばっかりする」などと語った。そして、一番影響力が大きかったのは、ディエゴ・マラドーナだという。岡田はジョージ・ベストが異端児で魅力的だったと語った。

1985 年日本はメキシコ大会の最終予選に選出。岡田武史は、その予選の試合前の名台詞を、山本浩に頼んで読んでもらったが、もっと感情がこもっていたとダメ出し。1985年10月、日本×韓国の翌年のメキシコ大会を掛けたアジア最終予選で、勝てばワールドカップ出場が決まる大一番。しかし韓国の猛攻で先取点を許してしまう。この苦しい状況で伝説のフリーキックが生まれる。水沼はこの試合の戦犯は自分と松木の右サイドだったという。覚えているのは俺のマークだった人を変えてきたので、対策してきた人と違う人が来たのでその人に抑えられてしまった、などと振り返った。韓国のほうが早めにプロリーグが始まったのでという話で、ラモス瑠偉は「プロリーグができないと韓国に勝てない」と思っていたと語った。木村和司は海外からオファーがあったが、そのときは海外でやる自信がなかったと明かした。その時は奥寺康彦がブンデスリーガに移籍した後だったが、今と違って情報が入らなかったという。岡田は当時、古河電工に所属していて、代表に選ばれたらサラ金で金を借りたりして、会社の50円のカップコーヒーが飲めなかったと明かした。

1990年台本気でワールドカップを目指し始めた日本は初めて、外国人を監督に招く。ハンス・オフト監督は、アイコンタクトやトライアングル、ゾーンプレスといった組織的サッカーを日本代表に導入した。しかしそんなやり方に反発したのがラモス瑠偉。ラモス瑠偉は「ここは代表だ、あなたたちのチームじゃない」という似たようなことを言われ、それでかちんと来たという。もう一つカチンとさせたのが指笛。オフト監督就任から半年、AFCアジアカップ1992で日本は初優勝をしワールドカップへの期待が高まった。プロができて日本がどうなるのかというイメージがあったかを聞かれた岡田は、全くわからなかった、ドイツから帰ってきたらみんなが上手くなっていた、などと答えた。

1998年の「フランス大会 アジア最終予選」で代表を指揮したのは加茂周監督。岡田さんはコーチとして選手とのパイプ役を務めていた。日本は1勝1分で迎えたホームの韓国戦で逆転負けを喫し、アウェーでのカザフスタン戦ではドローとなった。この結果、日本の1位通過が絶望的となり、加茂監督は更迭された。この時の出来事について岡田さんは「更迭にはスタッフ含めてショックを受けた」と話す。さらに水沼さんは、チーム移動後もホテルに残っていた加茂監督の様子を見に部屋へ行くと、酒をあおった跡が見えたというエピソードを明かした。この更迭を受け、岡田さんはコーチから監督に昇格。まず選手に「俺は厳しく行く。ついてこられないやつは帰っていい」と言い放ったという。そして「(監督は)1試合だけの約束で引き受けた」というウズベキスタン戦で1-1の同点に終わり、第3代表の可能性さえ失われようとしていた中、岡田さんは終了間際の同点ゴールを見て「ひょっとしたらひょっとする」と感じ、ロッカールームで泣き崩れる選手たちを見て監督の継続を決意したと語った。

番組の後編は、ワールドカップ5大会にわたる日本の戦いを振り返る。まずは日本が初めて出場した98年の「フランス大会」。岡田さんは「(海外勢と)同じスタート位置に立っていなかった。それでも『過緊張で力を出せない』なんてことにはさせたくなかった」と選手たちに気を遣ったことを明かした。しかし、日本は3連敗を喫した。ここで、松井大輔は「アルゼンチン戦ではどんな風に指揮を執ったのか」と岡田さんに質問。岡田さんはワールドカップ経験者に話を聞くと、皆一様に「メディアのプレッシャーが違う」と答えたという。そこで、岡田さんは選手を守ろうと必死になったと語った。

岡田さんの次に代表監督を務めたのは、フランス人のフィリップ・トルシエ。フラット3と呼ばれるディフェンス戦術を打ち出し、自国開催となった日韓大会では強豪ベルギーに引き分けただけでなく、歴史的初勝利をも掴み、2勝1引き分けの首位で決勝トーナメントに進出した。日本中の後押しを受けて臨んだトルコ戦では惜しくも敗れたが、世界に爪痕を残した。岡田さんは「ある代表選手から『トルシエ監督の作戦に疑問を感じている』と電話があって意見を求められた」と当時の出来事を明かした。そして「自国開催であっても楽な相手ではなく、そこを勝ち抜けるようになった」と当時の日本代表を評価する。一方で、木村さんは「トルシエもハリルも嫌い。(トルコ戦の内容が良かったことで)トルシエが調子に乗った」と厳しく指摘した。

2006年のドイツ大会に向けジーコ監督は創造的で自由なサッカーを目指した。W杯直前の強化試合でドイツ相手に鮮やかなカウンターで2ゴールを奪い互角の戦いを見せた。初戦のオーストラリア戦では終盤同点に追いつかれ8分間で立て続けに3失点、勝てるはずの試合を落とした。ブラジル戦でも4失点と1勝も出来ず大会を去ることとなった。今までの試合を振り返りラモスは「駆け引きができないし余裕がない。遊び心がない」と指摘した。

2010年南アフリカ大会。強化試合で3連敗した日本は追い込まれた状況で本番を迎えた。岡田は戦術を急遽変更し守備的シフトを敷いた。4回目のW杯出場で初めて初戦に勝利した。ラモスは「本田を中盤に入れていたら絶対3連敗だった。大会が始まってポジションを変えたのはどこでひらめいた?マジ天才、そこだけ天才だと思う」と大絶賛した。岡田は中距離パスの精度を上げることを目標にしていたが、なかなか上がらず変更したエピソードを話した。第2戦・オランダ戦も守備重視で戦い失点を最小限に抑えた。第3戦・デンマーク戦では3点を奪い快勝し1次リーグ突破を決めた。決勝トーナメントのパラグアイ戦でPK戦で破れた。岡田は「予選リーグ突破して満足した気持ちがあった」と敗因を振り返った。松井は「なんで僕をチョイスしたのか?」と質問すると、岡田は「戦えるやつを使いたかった」と答えた。

岡田監督の後任・ザッケローニ監督は攻め勝つサッカーを軸に世界のファンを唸らせた。2014年・ブラジル大会。コートジボワール戦ではドログバの登場で立て続けに2点を失い逆転負け。第3戦目のコロンビアにも4-1で敗れ1次リーグで姿を消した。松井は「チームとしては良いんじゃないかと思っていたが、最後のところでイケる選手が少なかった」と振り返った。ラモスはザッケローニ監督の采配には興味が無かったことを明かした。岡田は「中田英寿が監督をやるようになったらまた1つ変わる」「こいつには何も言えないぐらいの実績を残した選手がやるときに、本当の日本人のすごい監督が出てくるんじゃないかな」と語った。

岡田は日本が世界で勝つためには「諸外国のまねをしても強くなれない」と説明。岡田は四国でクラブチームを経営しており日本人に合った育成プログラムに試行錯誤中だという。プレーの原則を幼い頃から習得させることで自由な発想が生まれると考えている。さらに世界ランキングを6年で一気に100以上上げたアイスランドを紹介。プレースタイルはシンプルで効率よくパスを繋ぎダイレクトにゴールに迫る。ヨーロッパ予選では目覚ましい成績で見事1位通過した。

2018 FIFAワールドカップロシア大会。日本代表にとっては6度目の挑戦となる。岡田は西野ジャパンについて「乾はブレイクする可能性は持っている」と予想した。ラモスは1勝2引き分けと予想した。木村和司は「W杯の前とかダメとか言えんから、がっかりするから。3連敗だよ」とコメントしラモスにツッコまれた。

ここで追加メンバーの松井大輔が練習の後かけつけた。岡田は、松井大輔に対して、FC今治に来いと言ったら来なかったくせして、と皮肉。

フランス大会アジア最終予選の韓国戦に監督として挑んだ岡田さん。日本は2-0で勝利し、グループ2位に浮上したことで第3代表への望みをつないだ。岡田さんは当時「コーチとして韓国をずっと研究していた」と話す。さらに、コーチから監督に就任した際には、自ら選手たちと距離を取ったと明かした。そして、第3代表決定戦の舞台となったマレーシア・ジョホールバルでは、試合前から相手国イランの中心選手が情報戦を仕掛けてきたが、スパイを送り込んでそれを見破っていたことを明かした。それを受けて岡田さんは、試合に集中していないイランに勝てる可能性を感じたという。そして岡田さんは試合でFW2人を同時に換える大胆な采配を行い、延長戦で投入した岡野雅行のゴールで勝利をもぎ取った。しかし、帰路に就く代表団は安堵のため負けた時のように静まり返っていたという。

「2018 FIFAワールドカップロシア大会」の番組宣伝。

番組後半、さらにヒートアップ。ワールドカップ日本の戦いの舞台裏。

キーワード
ペレ
フランツ・ベッケンバウアー
ヨハン・クライフ
ディエゴ・マラドーナ
ジョージ・ベスト
ワールドカップ
FIFAワールドユース選手権
奥寺康彦
FC今治
1986年 W杯 メキシコ大会
ブンデスリーガ
ハンス・オフト
田嶋幸三
田中孝司
国谷裕子
ドラガン・ストイコビッチ
川淵三郎
1994 FIFAワールドカップ
AFCアジアカップ
Jリーグ
ドーハの悲劇
加茂周
長沼健会長
コダダド・アジジ
城彰ニ
岡野雅行
1998 FIFA World Cup
ジョホールバルの歓喜
ジョホールバル(マレーシア)
長沼健
フィリップ・トルシエ
ハリルホジッチ
日韓ワールドカップ
フラット3
ベッケンバウアー
金田喜稔
小野伸二
ドイツ大会
本田圭佑
遠藤保仁
大久保嘉人
香川真司
2010年FIFA ワールドカップ
アルベルト・ザッケローニ
ドログバ
オズワルド・オリベイラ
中田英寿
ブラジルワールドカップ
西野朗
ロシアワールドカップ
古河電工
井原正巳
FIFAワールドカップ
山口素弘
AFCアジアカップ1992
アーセン・ベンゲル
静岡県
  1. 6月17日 放送