ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ! 【茨城の魅力UPスペシャル】

放送日 2019年8月29日(木) 19:57~20:42
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
19:57~

茨城県は6年連続、魅力度再開位。茨城県をお名前目線で徹底調査。茨城の魅力をおなまえ目線で掘り下げる。

茨城の魅力UPスペシャル (バラエティ/情報)
19:59~

牛久大仏は高さ120m。ブロンズ製では世界一高いと言われている。中はアミューズメントパークのようになっていて大仏がいる世界を表現。実物大の右足の親指が展示されている。地上85mには展望台がある。進撃の巨人の巨人の2倍以上の大きさ。立っている理由と「牛久」の地名には奇跡的なつながりがあった。本山 東本願寺僧侶の城正弘サマは浄土真宗では阿弥陀様は基本的に立っている、西方極楽浄土の阿弥陀様が私たちの所へ近づいてきてくださるなどと話した。すぐにでも生きとし生けるものすべてを救いたいという願いが立っている姿に現れている。なぜ牛久の地で立っているのでしょうか?

茨城は名字のルールが多くあり名字研究では魅力的な県だという。茨城県民1000人に地元のおすすめグルメのアンケート調査を行った。県民が一番支持したのが納豆だった。

納豆のおなまえ伝説を紹介した。八幡太郎義家が奥州へ遠征に行く途中に一盛長者のところで一晩野営をしたという。納豆という名前が生まれた屋敷が水戸市内にあるという。その場所にいってみると一盛長者伝説の地と書かれた印があった。源義家は一盛長者の屋敷に立ち寄ったとき、煮た豆をワラで包み馬に積んでいたところ、馬の体温で豆が発酵し不思議な豆ができた。家来が豆を食べ確かめたところ、おいしいことが判明。家来たちは義家に食べてもらうために名前を考えた。家来たちは納豆にどんな意味をこめたのか?という問題が出た。

かつて牛久の中心地だった場所へ。哀愁漂うカッパの銅像があった。カッパ松は村の若者が沼に住むカッパに水の中に引き込まれ死んでしまうことが度々あり、若者がカッパを丘へ引きずりあげくくりつけた伝説がある。カッパと牛久の関係を知る牛久市教育委員会の木本拳周サマが江戸時代に作られた堤防に案内してくれた。牛久沼は水害が多くカッパは水を擬人化した可能性がある。牛久という地名の由来は「大潮が来る」から「うしく」に転じたという説もある。この地に暮らす人々を水害から救いたいという先人の願いが込められていた。仏教学の観点から見ても牛久の地に大仏があることには不思議な縁が感じられるという。駒澤大学の村松哲文サマは阿弥陀様は阿弥陀浄土のハス池にいる、牛久沼があり池があるので因果関係があると話した。

日本三名園の一つである偕楽園。梅が有名で、入園料は無料。東京ドーム約64個分の広さが魅力だが、県の人は「ただ広いだけ」と語る。偕楽園という名前には「ともに楽しむ園」という意味があるが、園はもともと身分の高い人の私有地を指し、公に誰でも入れる場所ではなかった。茨城県立歴史館の永井博さんによると、偕楽園の名付け親は徳川慶喜の父・徳川斉昭。「民と偕に楽しむ」という思いが込められていて、偕楽園には藩主・斉昭が直接庶民をねぎらう場所も設けられていた。

家来たちは納豆にどんな意味をこめたのか?という問題。澤部佑は「万人が納得するお味」などと答えた。

家来たちは義家に呼び出され、糸引く豆を献上するときが来た。家来は「義家殿にお納めするにふさわしき豆 納豆」だと説明した。義家は納豆が気に入り、納豆という名前は全国に広がった。東北から京都に戻るルートと重なるように各地に納豆伝説が残されている。水戸市では農家が納豆を作りお歳暮としてお寺や親戚に配る風習が残っている。

本来、江戸時代に作られた園は身分の高い人の場所。なぜ斉昭は「民と偕と楽しむ」という公園のような名前を付けたのか。時は幕末、国内情勢は不安定となり、幕府と対立している水戸藩の内部も荒んでいた。斉昭は「告志篇」で、藩を支える人々の人間関係がギクシャクしていたことを嘆いている。そこで斉昭は、身分に関係なく誰もが心穏やかに過ごせる場所になってほしいと、「偕楽園」という名前を付けた。

茨城の観光スポットは袋田の滝や牛久大仏がある。袋田の滝は夏の暑い時期に行くのではなく、冬見に行くのがいいという。冬は袋田の滝が全部氷る。石井竜也は「これは本当にキレイだから」などと話した。

霞ヶ浦の地元の人に絶景スポットを聞くとやたらと筑波山の景色を進めてくる。しかし紹介したいのはあくまでも霞ヶ浦の絶景。霞ヶ浦を30年間撮影し続けているという小池さんにイチ押しの絶景スポット写真を見せてもらった。これこそ地元の茨城の人もほとんど知らない霞ヶ浦絶景。絶景と霞ヶ浦のお名前の繋がりとは。詳しい千葉さんに話を伺うと霞がかった日が多かったからという。霞むのは太平洋に近く湿った空気が大量に流れ込むからだそう。また1年中よく霞むから江戸時代に霞ヶ浦と呼ばれるようになったそう。しかし霞んでいたらなかなか絶景を拝めないのではという。しかし茨城県の歴史書常陸国風土記には昔男女の出会いの場だったと書かれていた。ここで霞が晴れた後の菅らしい世界を考え愛を育んでいたという。絶景を拝むコツは逆光になる場所や雨の翌朝の気温が上がる時なんだそう。

偕楽園の梅には、斉昭の思いが詰まっている。その象徴が梅ジュース。偕楽園の梅は観賞用ではなく、非常時の食用として植えられた。偕楽園の梅は毎年6月に収穫され、来園者に販売されている。

偕楽園では多くの人が御成門や東門から入園して梅を楽しむが、正しいルートではないという。斉昭の考えた正しいルートでは表門から入り、林を進んで梅林に入る。表門を入ると道はすぐに下り坂になっていて、辺りは高い樹木で覆われている。あえて日光が届かないようにしているという。道は曲がりくねっていて、「暗い道がどこまで続くのか」と思わせる演出が施されている。最後の2つの門をくぐると視界が開け、梅林に到着する。古舘伊知郎は、「最後の最後に人生はよくなるからそれまで苦労しましょうという意味が含まれている」などと話した。「人生には苦もあれば楽もあり、そのバランスが大切である」ということを斉昭は偕楽園で伝えている。磯山さやかは、「偕楽園という名前の意味は調べようと思っていなかった。本当にちゃんと意味があったのだと感動した」などと述べた。

茨城県民1000人にアンケートし絶景スポットを調査。ひたち海浜公園のネモフィラが絶景。7月上旬~10月下旬はコキア(ホウキグサ)が見頃。おなまえ的絶景スポットは霞ヶ浦。面積が日本で2位。

スタジオに茨城で生まれた名字の人がいるとした。実は澤部の祖父母は初代下妻市長だった。澤部自身は生まれも育ちも埼玉だがルーツが茨城なんだという。土浦市沢辺という場所がありここがメジャーなルーツという。水が豊富で稲作に適した沢周辺に暮らし”サワベ”を名乗ったとされる。

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