ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ! 【大型連休のおなまえ】

放送日 2019年4月27日(土) 10:05~10:50
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

オープニング映像が流れた。

大型連休のおなまえ (バラエティ/情報)
10:06~

今回の日本人のおなまえっ!は大型連休のおなまえとなっている。昭和60年、国民の祝日に関する法律が改定されて、飛び石連休とは言われなくなったとゲストの渡辺さんは解説した。

米川明彦さんは日付けと資料名がわかる「おなまえ登場カード」から、「週刊朝日 1952年4月27日 ゴールデンウィーク」の文字を見つけた。そのカードからゴールデンウィークの名付け親は、大映の元専務取締役だった松山英夫さんだと判明した。そこで元大映宣伝部の中島さんをたずねると、「大映宣伝部定例会議」で、「映画 自由学校」の成功を分析していた時に言葉が誕生したという。この映画は。松竹と大映の2社が同じシナリオでつくって同日に公開したものだった。当時はお正月などに映画がヒットすると言われていたが「自由学校」は正月よりも大ヒットを記録していたので、大映はまたヒットを作ろうとしていた。昭和20年代当時の5月は飛び石連休で、休日の過ごし方は寝る人が多かった。しかし、松山さんはこの連休に「ゴールデンウィーク」と名付け、翌年に雑誌で名前が出て半年後には新語辞典に載っていた。この言葉がすぐ浸透したのには、響きが跳ねるような感じで楽しく過ごす機運が高まったからだとみられている。

関沢さんは昭和26年はサラリーマンが増えて、カレンダー通りに休みをとれる人が増えたのでゴールデンウィークが誕生して休日の過ごし方が増えたという。さらに20年代は映画で見る欧米の生活に人々は憧れを抱いていた。

ビンゴはアメリカから輸入されて全国に広まり、ナイターは昭和25年7月に公式夜間試合が行われたという。そしてエッチはしつこい変態な人の頭文字をHにして広まり、プラスアルファは未知数を表す「X」を「α」に間違えたことから広まったという。

榊原さんは渋滞にはまった時にどちらが声が高いか選手権をし、高山さんも雪道を行くときに渋滞にはまった話をした。この渋滞の由来は、中国古代の「晋書」という書物に「船道渋滞」とあり、水の流れが滞る様子などに広く使われていたという。

昭和36年当時のラジオは娯楽番組が主流で、在宅している人向けだった。一方、ドライバーにしか必要のない交通情報番組も誕生していた。「渋滞」という名前の誕生前は、高度経済成長の真っ只中で車の混雑が多かった。そこで交通情報番組が出来て他の曲も真似したが、渋滞ではなく「つまり」や「交通混雑」を使っていた。昭和38年に交通情報センターが開設され、警察内部では表示される混雑場所を見て「渋滞」と呼んでいた。しかし、中村アナが初めてラジオで「渋滞」を使い、他の局も使うようになったという。

昭和38年当時、よく使われていた「交通混雑」と「渋滞」を比べてみると、渋滞の方が短くて伝わりやすく聞き取りやすいことが判明した。昭和38年から40年にかけては乗用車の数は約120万台から約210万台へ急増し、昭和35年にテレビのカラー放送が開始された時代だった。そして5がつく日は企業の集金日などお金が動く日なので「「五十日」と名付け、渋滞を呼びかけていたという。

普通車とグリーン車の名前が生まれたのは、みんなが中流だと思いたかったからだという。中流とは生活程度や社会的地位が中くらいの事で、昔は3等車は庶民で2等車は裕福な人、皇族などが1等車となどと分けていた。その呼び名が崩れたのは昭和25年、1等車と2等車のみになった。この頃国民は豊かになって「自分は中流」という意識が7割を超えていた。さらに昭和40年代になると9割超えになったので昭和44年に2等車は普通車になり、人々が積極的に乗るようになった。一方の1等車から特別車、そしてグリーン車になった。グリーンの名前がついたのは、緑色が自然色で人間が認識しやすい色なのでそう名付けられたのではないかとみられている。

なまえのギモン大募集のテロップ。

キーワード
約束
アルフィー
週刊朝日
松山英夫さん
大映
自由学校
松竹
浅草公園六区
ゴールデンウィーク
竹下通り
榊原郁恵
裕太
晋書
渋滞
朝日新聞
中村義則アナウンサー
東京新聞
五十日
鉄道博物館
グリーン車
番組HP

エンディング (その他)
10:49~

エンディング映像が流れた。

NHKオンデマンド配信のテロップ。

キーワード
NHKオンデマンド
  1. 前回の放送
  2. 4月27日 放送
  3. 次回の放送