ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ! 【愛があふれる名前SP】

放送日 2019年2月19日(火) 0:28~ 1:13
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
00:28~

オープニング映像が流れた。

バレンタインデーの今日は「愛にまつわる名字」について特集する。ゲストのノッチさんはタレントでもないので、隣に座ってくれる妻に愛を感じるという。

キーワード
バレンタインデー

愛があふれる名前SP (バラエティ/情報)
00:30~

18歳の息子に彼女の気配がないという二股さんからの悩みが寄せられた。全国の二股という名字は1万位以下でレア名字だという。早速、二股家に向かうと息子の龍平さんははラグビーでは手玉に取れるが、恋愛の仕方がわからないと話す。龍平さんの曽祖父が独自に調査して書いた家系図では、二俣が多かったが昌長から二股になった。

昌長から二股になった謎を調査するため、二俣城がある浜松市にやってきた。周辺の人に調査するとにんべんが多いと言うが「極楽寺」のパンフレット縁起書きでは、にくづきの股の表記があった。昔はどちらも使っていたが、にくづきの股の方が格が上だという。昌長がおさめていた二俣城は重要な家臣が行き交う場所で、当時は多くの武将が睨み合いをしていた。昌長は主君から任されたこの場所で格上のにくづきの股を名乗っていたが、37年間軟禁された。玖延寺ではそんな昌長が大切にしていた「愛語」という言葉が残されていた。相手の成長を願い、見返りを期待しない無償の愛を昌長は貫いた。

そんな昌長の愛の形を家族に伝えると、龍平さんは恥さらしと言った昔の自分をぶん殴りたいと話した。

二股に悪いイメージがついたのは江戸時代に流行した、状況次第でどちら側にも従う「二股膏薬」からだという。片方の太腿に膏薬を塗ると、もう片方に膏薬がうつる様子を指す。明治時代、名字を登録する際にそのイメージが強かったので「二股」姓の登録が少ないとみられている。そして「愛」という言葉は切なくて心が痛む事を指していたが、森鴎外の「舞姫」から相手を思いやる気持ちに変化したという。

妻神という名字は青森県十和田市に集中する名字で、才神という漢字にあてた可能性があるという。明治大学の堂野前さんと十和田市の妻神さんに聞いてみると、昔は妻神の間に「ノ」が入って「妻ノ神」だったという。取材を続けていると高さ約3mの人形が2体あった。日本で最初の夫婦であるイザナミとイザナギはあらゆる神様を産むことだったが、火の神を産んだ事で亡くなった。イザナギはイザナミを黄泉の国まで迎えに行ったが、イザナミは腐敗していたので来れないように生者の国と死者の国を塞ぐ神として、イザナギは岩を置いたという。この地の人形の名前「サイノカミ」の由来は岩から由来された「塞ぐ神」からきている。それから江戸時代、天明の大飢饉の時に子孫繁栄のために夫婦2体の人形になったという。

母親いて初めて子孫ができるので「妻」、そして妻が入っている「吾妻」はヤマトタケルが亡き妻であるオトタチバナヒメを思って「吾が妻よ!」と叫んだ伝説に由来しているという。

10日後に行う結婚式の前に、毎床の名字の由来を知りたい夫婦とご主人側の両親が番組に出演していた。親族一同知らないので、妻の毎床紅音さんは熊本県球磨村の毎床地区にやってきた。ここには棚田があり、日本で最も美しい地だといわれている。住民を訪ねていると、村の文化財に詳しい毎床さんを紹介してもらい、毎床地区が見渡せる高台を見せてもらった。かつてこの地では平地がなく、水はけが良すぎるために米作りに不向きだった。江戸時代は繭をつくるしかなく、繭の産地である「まゆどころ」が毎床の由来だとみられている。

毎床の名字を名乗るようになったのは、江戸時代の200年後だという。集落から車で15分、川からひいた水路があった。この水路は村に水をひけばお米がつくれ、家族や子孫も安心して暮らせるようになると4km離れた水源から集落にひいたという。総延長8kmのこの水路は2年かかり、完成して穀高は17倍になった。水路に流れるのは故郷や家族への先人達の愛だった。毎床の「毎」は母がかんざしをさしている様子で、将来の子孫繁栄や発展を込めた「毎床」になったという。

ノッチさんが毎床夫妻に「無関心になるのが1番よくない」と話すと、古舘さんは夫妻に「愛の水路はひけたでしょうか」と声をかけていた。

所さん!大変ですよの番組宣伝テロップ。

キーワード
今川氏親
二俣城
極楽寺・あじさいでら
玖延寺
二俣(静岡)
舞姫
森鴎外
イザナギ
イザナミ
天明の大飢饉
十和田市(青森)
球磨村(熊本)
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