ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ! 鮪!鮭!魚偏漢字の謎

放送日 2018年10月16日(火) 0:20~ 1:05
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
00:20~

「鮭」はなぜこの漢字に?など。なぜ魚へんの隣にその一文字がついたのか。本日のテーマは身近なお魚のお名前。

身近な魚のお名前 (バラエティ/情報)
00:21~

鈴木拓とつるの剛士は2人とも釣りが大好き。鈴木拓は相方が忙しくなり暇だったので釣りを始めたという。魚偏の漢字は現在701文字ある。日本で初めて魚偏漢字が登場した飛鳥時代は「鮭」「鮎」「鯛」「鰒」の4つしかなかった。魚偏漢字が増えた理由は「税を集めやすくするため」「包丁が切れるようになったから!」「海賊が本気になったから!」「平和になったから」と4つの理由があるという。

魚偏漢字が誕生した飛鳥時代。都の力を強めようと貴族が始めたのが税の制度だった。当時はお金ではなく、米や特産物だった。その特産物の記録に「鮭」があり、鮭は天皇用の高級食材だった。その他、鮎や鰒も税として納められた。鮭に詳しい考古学者の赤羽正春は「鮭はとりやすい魚、自分のいる川までおかずとして戻ってきてくれる。身が赤い卵も赤いで価値があった」などと話した。都の貴族は赤い色は生命の根源であり霊力があると信じていた。都の門や神社の鳥居をあかくしたのもそのため。鮭という字がなかったとき、都の役人が地方に行くとサケが伝わらないというトラブルがった。ある地域ではサケを須介(スケ)と呼んでいた。都は佐介と書いてサケと呼んでいた。魚偏のよこに魚の特徴を表す文字をつけ誰にでも作ろうということになり圭をつけた。圭は形よくとがっていいてものすごくありがたい宝石という意味。鰒はふっくらとしたと言う意味を込め「鰒」という字になった。「鮎」は当時の天皇が戦に勝てるかアユで占ったという伝説があったという。

奈良時代、魚偏漢字は9個になった。「鮒」「鮹」「鯉」「鯖」「鰯」も税を集めやすくするためにこの字になったという。鰯(イワシ)は自ら上がってすぐに死ぬから。鯛さんと名字は、鯛を献上して鯛さんという名字になった。

平安時代になると魚偏漢字は291文字になった。税の種類も増え、漢字の研究が進んだためと言われている。当時、関白右大臣の祝の席では蒲鉾(かまぼこ)が出された。蒲鉾はめちゃくちゃ大ごちそうだった。この材料に使われていたのが鯰(なまず)だった。

室町時代には意外な理由で魚偏漢字が増えた。老舗包丁店を訪ね室町時代に発掘された包丁の復元を見せてもらった。包丁にアゴがあるのが今までの包丁からの大きな変化だという。「鱧(ハモ)」が記録に多く登場し始めるのはアゴ付き包丁ができてからだった。老舗料理屋の澤野高明さんにアゴのない包丁で鱧をさばいてもらった結果、開くことまではできたが骨切りができなかった。澤野高明さんは「アゴはないから指がまな板にあたる」などと話した。アゴ付き包丁のおかげで骨切りという技術が生まれ鱧の味を楽しめるようになった。鱧のレシピは急増し名前も広まっていった。豊かに調理法がひろまり味も豊かに変わっていくころから「鱧」という漢字になったという。アゴ付き包丁が登場してから、千利休や豊臣秀吉など偉人にも愛される特別な魚になった。千利休が作ったとされる「鱧の水あえ」の作り方を紹介した。

江戸時代になると魚偏漢字は577文字になった。この時代、海では行き交う船を襲いお金や積み荷を奪う海賊が暗躍していたが豊臣秀吉が海賊停止令を出し海賊hから武器を取り上げた。武器を取られ残ったのは漁業の技術と船だけになった。海賊は本気で猟師になろうと決めた。海賊が本気でカスタマイズした船は、船首が綺麗なV字型になっていた。今までにない革命的な船だった。従来の漁船は底が平らなものが主流となっていた。このV字型が主流になると漁場は沖合に広がり、それまで知られてなかった魚が取れるようになった。それが鍋などで人気の「鱈」。冬にとれることから魚偏に雪の字がついたと考えられている。更に海賊が生み出したのが底はえなわ漁だった。同じ頃、アンコウやブリも海賊のおかげで庶民に広まった。

海賊が鯨をとるようになってから江戸で鯨が大人気になった。鯨の京は1、10、100…単位の京(ケイ)。大きいという意味。

江戸時代は200年以上平和が続いた太平の世。その影響受けたのが武士だった。武士は仕事がなく暇になってしまった。武士たちはそれまで禁じられていた釣りに興味を持った。これまで仏教によって殺生禁断ということで漁師以外が魚を釣るということは禁止されていた。武士は江戸湾を舞台にしたキスの釣り方を書いた指南書があった。鱚(キス)はとても綺麗な魚だったため、咎められたりしても、鱚ならば美しさを愛でていることにできるという作戦だった。武士は釣りデビューに成功しレジャーとしての釣りが始まった。キスを釣り静かに喜んでいたので「鱚」という漢字になった。

鯊(ハゼ)は砂の下に入るためにこの漢字になった。鮴(ゴリ)は川底にへばりつく姿が休んでいるように見えるからこの漢字になった。江戸時代の寺子屋の教科書に出てきた魚偏の漢字を紹介した。

現代の子供が国語の授業で学ぶ魚偏の常用漢字は「鮮」「鯨」「魚」の3つしかない。

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豊臣秀吉
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