21人の輪 相葉雅紀と旅立ちの子どもたち

21人の輪〜震災のなかの6年生と先生の日々〜(にじゅういちにんのわ〜しんさいのなかのろくねんせいとせんせいのひび〜)は、2011年6月4日から2012年4月8日までNHK Eテレで放送されていたテレビ番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年4月30日(月) 10:05~10:55
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

この日、相葉雅紀が訪ねたのは東日本大震災で被災した福島・相馬市。相葉雅紀がずっと見つめてきたのが現地の21人の子どもたち。津波と原発事故の影響ですっかり変わってしまった故郷で、子どもたちは成長。相葉雅紀が現地を訪ね、それぞれの思いを聞く。

キーワード
東日本大震災
相馬市(福島)
相馬市立磯部小学校

21人の輪 相葉雅紀と旅立ちの子どもたち (バラエティ/情報)
10:11~

相葉雅紀が見続けてきた21人の輪の1人である渡辺智也くん。彼は地震から1か月後の2011年4月、朝礼の時間に突然泣き出した。間近で見た津波が頭から離れずにあった。所属していたバレーボール部は中心メンバーがいなくなり、彼がキャプテンとなった。あれから7年、高校生になった今でもキャプテンとしてバレーを続けておりインターハイの福島県大会で優勝した。バレーを続けてきたおかげで親友・今野鈴也くんと大会会場で再会、今野くんも21人の輪に入っている。渡辺くんは震災からこれまでについて「震災があったから得られるものがあった、一緒にいた鈴也の存在が大きく支えになっていた」と話した。

震災前に住宅が並んでいた海辺の地区は大きく姿を変えている。家は全て流され、跡地には太陽光発電施設が建造されている。海岸から3kmの場所には災害市営住宅があり、ここに21人の輪の1人である鎌田百子さんが暮らしている。7年前、百子さんは幼馴染と一緒に下校、地震に遭遇した。地震がおさまってから別れたが、その後に幼馴染は津波で亡くなった。百子さんの父親はレストランを営んでいたが、震災のショックから店をたたむ事を考えるようになった。それでも悩んだ末、震災から5ヶ月後にレストランを再開、今も続けている。

地震が起きた2011年、百子さんは父親のようなシェフになろうと決めていた。そして2016年12月、横浜でホテルレストランの就職試験をうけ内定をもらった。春からはこのレストランで働き、まずは接客を担当する。

東京電力福島第一原発で起きた爆発事故では大量の放射性物質が広範囲に飛び散った。その影響は45km離れた相馬市にも及び、今も多くの農作物は値段が下がっている。21人の輪の中で自然豊かな故郷を一際心配していたのが坂田龍之介くん。自宅前には田んぼがあり、子供の頃から一番の遊び場だったが、放射性物質の影響で遊ぶことができなくなった。現在は5年生の高等学校で建築を学んでおり、卒業したらお米を作りながら学んだ事を故郷に生かしたいと考えている。去年からは稲を刈るコンバインの運転も練習しているという。相葉は坂田くんが去年収穫したというお米を試食、1粒1粒がしっかりしており甘みも出てくる味わいだという。

住宅街の跡地の一角には慰霊碑が建てられており、この地で亡くなった251人の名前が刻まれている。1人目に刻まれているのが阿部健一さん、彼の娘・阿部穂波さんも21人の輪の中にいる。7年前、穂波さんは学校では明るく振る舞っていたが、夜1人になると父親を思い出して泣いていたという。父・健一さんは漁師をしながら地域の消防団に所属、震災当日は消防車で避難誘導をしていた。穂波さんの支えとなったのが周りの友達だった。この春からは東京の大学に進学、ファッション関係の勉強をする。21人の輪の1人、大谷希亜さんも同じく東京で専門学校に進学する。

キーワード
東日本大震災
相馬高校
石川県立工業高校
原田茉実さん
横浜(神奈川)
東京電力福島第一原発
相馬市(福島)
仙台高等専門学校
コンバイン
阿部健一さん
大谷希亜さん

エンディング (その他)
10:51~

相葉雅紀は取材を終えて「お会いできて本当によかった。みんなが的確な夢を持っており、そこに向かって走り出しているエネルギッシュな感じが伝わった。本当に応援したくなった」と話した。

相葉雅紀と今回取材したみなさんが輪を作りエンディング。

番組宣伝 (その他)
10:54~

グッと!スポーツの番組宣伝。

「世界“超驚き!”テーマパークの旅」の番組宣伝。

芸人先生の番組宣伝。

みつかるEテレの映像が流れた。

キーワード
Eテレ
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