いごっそうとはちきん〜高知窪川・地域の未来と向き合った人々〜 2018年3月15日放送回

放送日 2018年3月15日(木) 2:55~ 3:40
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
02:55~

オープニング映像。

40年間、農薬を使わない農業をしてきた島岡幹夫さん。島岡さんが暮らすのは高知県の西部、四万十川の流域に広がる大地。全国でも屈指の評価を得る農産物が溢れている。ここでは売り上げが1000万円以上の農家が100軒を超える。

この躍進の原点は、今から37年前、原子力発電所の誘致について、地域をあげて徹底的な議論を行った。困難を乗り越え、自らの道を選んだ地域、四万十の大地に生きる、40年の記録である。

キーワード
高知県
四万十川

いごっそうとはちきん〜高知窪川・地域の未来と向き合った人々〜 (バラエティ/情報)
02:58~

高知・四万十町窪川地区は、人口1万2000の農業地帯。ここに根っからのいごっそうがいる。いごっそうとは土佐弁で、頑固で骨のある男を指す言葉。へそ曲がりという意味もある。妻の和子は男勝りのはちきん。この日は幹夫が島岡家に婿入りして55回目の田植え、夫婦ともに80歳近くなり、息子夫婦の手を借りる事も増えてきた。それでも幹夫は毎日田んぼに入り、その状態を自ら確かめる。

夫婦は20種類を超える野菜も手がける。2人が作る野菜には都会の消費者から直接の注文が次々と入る。野菜も米も農薬を使わずに育てる農業を早くから実戦してきた。この日島岡が案内してくれたのは、かつて原発誘致を予定していた場所。

原発誘致の騒動が持ち上がったのは昭和55年。当時の町長が原発誘致もありうると表明。その背景にはエネルギー不足を解消するための国の政策があった。当時、都市部への人口流出に直面していた窪川町、役場でこの問題を担当していた吉永穀一郎さん、原発誘致は地域振興の起爆剤になると考えていた。いっぽうの島岡は原発誘致で町が発展するという考えに疑問を持っていた。そしてその頃始めたのが農薬を使わない米作り。原子力発電所が万が一事故を起こせば米や虫たちが放射性物質に汚染されるというのが島岡の思いだった。

島岡は農作業が終わったあと、町を回って自分の考えを訴えるようになった。原発立地予定地に近い志和地区は激しい議論が交わされた地区の一つ。道路事情の改善や漁業権に対する補償への期待から、賛成の立場を取る人が少なくなかった。

いっぽう、街の中心部では原発誘致に好意的な声が広がっていた。人口減少や働き口の確保が深刻な課題として受け止められていた。原発誘致に期待する声は農家など一次産業の中にもあった。

昭和55年11月、島岡達は町長のリコールを求める手続きに打って出た。町長を解職するリコール投票を実現するには住民の3分の1を超える署名が必要、そこで農村の女性たちが立ち上がり、1軒1軒、説明を重ねた。島岡たちは学習会を開き、1人1人が納得するまで勉強を続けた。この学習会に参加し、中野重子さんは自分の意見を表明するようになった。集めた署名5954人の署名を提出し、住民投票を行うことが決定した。そして実施された住民投票、91%が投票に足を運び、僅差で町長のリコールが決定した。

キーワード
窪川(高知)

エンディング (その他)
03:37~

エンディング映像。

スポット

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  1. 3月15日 放送