歴史秘話ヒストリア “奇兵隊”デビュー!〜幕末 若者たち一発逆転の夢〜

『歴史秘話ヒストリア』(れきしひわヒストリア)とは、2009年よりNHK総合テレビジョンで放送されているNHK大阪放送局制作の歴史情報番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2014年10月15日(水) 0:40~ 1:25
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
00:40~

オープニングテーマ:storia/Kalafina

幕末で黒船襲来で長州藩に奇兵隊という庶民の軍隊が生まれた。奇兵隊は様々な身分の人たちが参加していた。多くは将来に希望を見出せない若者達だったと語った。

キーワード
Kalafina
storia
奇兵隊
長州藩

episode1 誰でも武士に!? (バラエティ/情報)
00:41~

かつて山口県の下関市は長州藩と呼ばれていた。奇兵隊はこの地で生まれた。活動していたのは6年半だと伝えた。山県有朋記念館の山縣有徳さんは当時の記録について紹介した。断片的な記述だが若者たちの記述があると伝えた。今回はそうした記述を組み合わせて架空の主人公を立てて物語を構成したと伝えた。

1863年の6月に長州藩での若者が奇兵隊に入る様子が伝えられた。この頃長州藩はフランスやアメリカの軍隊に襲われていた。そのため考えだされたのはやる気があれば身分は問わないという奇兵隊の構想できたと伝えた。発案者は高杉晋作で海外の実情を見聞していた数少ない男だと伝えた。高杉晋作が目指したのは西洋式軍隊だと伝えた。そこで攘夷の先駆けになると伝えた。隊士になった人は刀を持つことを許されて苗字を名乗ることも黙認された。ただそれが原因で奇兵隊はならず者の集団として嫌われたと伝えた。奇兵隊は遠く離れた漁村へ追放同然の移動を命じられた。

奇兵隊の若者たちについて伝えていると伝えた。待遇も給料は半分で白米から玄米になったと伝えた。しかし時代のうねりはそういった状況を一変させたと伝えた。

キーワード
下関市(山口)
奇兵隊
山県有朋記念館
長州藩
攘夷
高杉晋作

episode 2 奇兵隊 生まれ変わる! (バラエティ/情報)
00:55~

奇兵隊が下関を離れて3ヵ月経ち、西洋列強の四カ国が軍艦17隻をで向かってきていると伝えた。奇兵隊は急遽下関に呼び戻された。若者たちはこの時に戦士になる覚悟を持ったと伝えた。1864年の8月4日に外国艦隊が来たと伝えた。そこで戦闘が行われたが弾丸は敵艦に届かなかった。保谷徹さんは西洋では革新的な技術が加えられていたと伝えた。そのため戦力は圧倒的に違った。戦いは僅か4日で終了した。この戦いは奇兵隊に意識変化を起こさせた。さらに戦術の研究にも取り組んだ。

戦いの現実を知って成長した奇兵隊の若者たちは、武士よりも果敢に戦って支持を集めたと伝えた。しかし長州藩は隊を解散せよと言ったと伝えた。

キーワード
奇兵隊
長州藩

episode 3 そhして 若者たちは立ち上がった (バラエティ/情報)
01:07~

1864年の8月に江戸では長州藩を問題視する声が大きくなっていた。外国との戦争は勝手に行われたことで幕府は長州藩を打つべく大軍を差し向けた。 追い詰められた長州藩は奇兵隊を解散させた。これまで藩が賄っていた給料や食料が途絶えた。しかしそこで農民からの手助けがあった。三宅紹宣は奇兵隊の約半数が庶民出身なので民衆に対して理解を示し大切にする特徴を打ち出してきていると語った。

奇兵隊隊士たちは長州藩の実験を武力で奪うことを決意した。1865年1月に奇兵隊は長州藩に宣戦布告して藩の本拠地に進軍を開始した。そこで西洋の戦術を利用することにした。その戦術で敵は混乱した。奇兵隊は日没を前に藩の軍勢を打ち破った。その後政権の交代を果たした長州藩は倒幕への道を突き進むことになる。その主力は奇兵隊の若者たちだったと伝えた。明治になると奇兵隊は解体された。

奇兵隊の若者たちに地元の人々は今なお思いを寄せ続けていると伝えた。馬橋稲荷神社では奇兵隊隊士の遺品が紹介された。隊士の子孫の元森仙さんは、自分たちがやらなければやる人がいないという気持ちがあったと語った。山口県には今も歌い継がれている歌があると伝えた。

BGM:Kalafina「夢の大地」

キーワード
長州藩
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幕府
山口県
夢の大地
Kalafina

エンディング (その他)
01:21~

エンディング映像。

BGM:Kalafina「夢の大地」

「歴史秘話ヒストリア 日本にもあった!謎の巨石文化 」の番組宣伝。

キーワード
夢の大地
Kalafina
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