世界プリンス・プリンセス物語 2018年1月8日放送回

放送日 2018年1月8日(月) 19:30~20:45
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
19:30~

有働由美子らの挨拶。世界の本物のプリンス・プリンセスの世界を味わってもらう番組。どんな生活をしてどんな事をしているかを紹介する。最初はプリンセスの物語のみだったが、有働由美子がなんでイケメン独身プリンスも扱わないの?と強く主張しプリンスも入れようということになった。

プリンスやプリンセスを番組が総力をあげて徹底取材。その実像や役割を探った。ヨーロッパ1リッチと言われるロイヤルファミリーに池上彰が独占インタビュー。

世界プリンス・プリンセス物語 (バラエティ/情報)
19:32~

有働由美子らが挨拶し解説の池上彰を紹介した。今回は池上彰自ら王室取材に出向いた。池上彰は「現代にプリンス・プリンセスが存在するって不思議な感じがするんですが、なんで今も王室が存在するのか探っていくt現代が見えてくる」などと話した。

国を変えたプリンセス、モロッコのサルマ妃を紹介した。サルマ妃が王妃によってモロッコが劇的に変わったという。モロッコ王国はアラビアンナイトを彷彿とさせるエキゾチックな国。国民の殆どがイスラム教徒でイスラムの戒律が厳格に守られてきた。モロッコではこれまで女性の社会進出はあまり歓迎されていなかった。モロッコではムハンマド6世の妃としてサルマ妃が現れたことで大きな変化が起きている。2人は2002年に7月に結婚した。モロッコでは国王の結婚を国民に披露する慣習はなかった。さらにモロッコでは国王が婚約しても、相手の名前や顔が公表されることはなかった。王子が誕生しても表には出ず王子の母とだけ呼ばれていた。しかしサルマ妃にはモロッコ史上初めて王妃という称号が与えられた。宴の後半にはサルマ妃が人々の間に姿を表した。長年王室の取材を続けてきたヒズランヌさんは「メディアも市場でもタクシーの運転手も結婚式のことでもちきりでした。誰もがこれから新しい時代が来る、すべてが変わる魔法のようなときだと感じました」などと話した。

サルマ妃は1978年モロッコ・フェズで生まれた。父は大学で教鞭ををとっていた。王室とは全く関係ない中産階級の出身。サルマ妃はムハンマド5世大学で情報システム研究科に入学した。卒業後、食品から通信まで手がける総合企業に入社しコンピュターエンジニアとしてキャリアをつんだ。21歳の時に会社の主催したイベントで当時まだ皇太子だったムハンマド6世と出会った。ムハンマド6世はサルマ妃に一目惚れをし交際が始まった。同じ年ムハンマド6世は国王に即位し貧困や教育問題に取り組み注目を集めた。出会って3年ムハンマド6世はサルマ妃との結婚を決意した。しかしこの結婚には反対する人も少なくなかったという。ジャーナリストのピゴズィさんは「上流階級の女性たちにとっては不愉快なできごとだったようです。あるパーティーでは本人の前で悪口や嫌味をいう人が多くいました」などと話した。サルマ妃は国の女性のためにも自分なりの方法でモロッコの改革を手伝えると考えたという。2人は結婚し王妃の称号を得たサルマ妃は積極的に行動した。公の場に堂々と登場し国王と共に外国からの訪問者をもてなした。2004年、女性の権利を大幅に認める新しい家族法を制定した。「家庭における夫婦の責任を同等とする」など今まで認められなかったものばかりで、新しい法律は女性の立場を大きく守るもとのなった。サルマ妃は今ガン撲滅のための財団を設立し世界中の関係機関と連携しながら治療法の研究などを支援している。

ミッツ・マングローブはサルマ妃について「すごい革新的な存在なんですね」などと話した。サルマ妃はファッションリーダーとしても注目されている。モロッコ人の山田ゾラさんは今の国王の母の顔は見たことがないという。現在もモロッコ国民は顔を知らない。山田ゾラさんは「モロッコはすごい変わりました、女性も凄い活躍してます」などと話した。

ベルギーのマチルド王妃を紹介した。ベルギーはオランダ、ドイツ、フランス3つの国に囲まれている。使われている言葉はオランダ語、フランス語、ドイツ語。首都のブリュッセルはオランダ語とフランス語が公用語になっている。もともとベルギーはオランダの一部だったがフランス語を話す人たちを中心に1830年オランダから独立した。しかし北部の人間がオランダ語を公用語にしてほしいと主張し2つの言葉を話していいとし1963年に言語境界線を設けた。

ベルギーは長年国内に激しい対立を抱えてきた。オランダ語系とフランス語系との対立は時に衝突までにエスカレートした。2010年にはオランダ語系の国会議員がベルギーからの分離独立を掲げるまでになり540日間の政権空白の事態となった。そんな中2013年に即位したのがフィリップ王。国をまとめる役割を期待されている。さらに国民から人気なのがマチルド王妃だった。

マチルドは1973年、伯爵家の長女として生まれ子供の頃から人と関わるのが大好きだった。語学に対して才能を発揮し教師からはコミュニケーションの達人と評された。大学を出ると失語症や難聴などコミュニケーションに障害のある人を助けるセラピストとして働いた。マチルドが初めて国民の前に現れたのが26歳の時。1999年9月、皇太子だったフィリップとの婚約発表の場だった。フランス語を話す記者から質問がとぶとフランス語で答え、オランダ語を話す記者からの質問はオランダ語で答えていた。最初からフランス語とオランダ語両方を話せる妃はマチルドが初めてだった。婚約発表の3ヵ月後ブリュッセルの教会で結婚式が行われた。国民は2人の結婚の誓いがフランス語なのかオランダ語なのかを注目していた。2人はフランス語とオランダ語、両方の言葉で交互に誓いをたてた。言葉の壁を乗り越え互いを尊重し合おうというメッセージだった。ベルギー王室初の密着ドキュメンタリー番組「365日 フィリップ マチルドとともに」は2人の間に第一子が生まれた2002年から1年間、フランス語圏、オランダ語圏両方のテレビ局に同時に撮影が許可された。第一子である長女エリザベートへの教育もカメラに収められた。ベルギーでは男女の区別なく第一子が王位を継承することになっている。マチルドはフランス語、オランダ語でエリザベートに話しかけていた。2014年に第一次世界大戦から100年という節目に式典が開かれ、12歳になったエリザベートが多くの聴衆を前にスピーチを披露した。エリザベートはオランダ語とフランス語、ドイツ語を使ってスピーチした。

マチルド王妃はフランス語、オランダ語を話しているが、英語、イタリア語、スペイン語も堪能。ベルギー人のネイラ・デュプリクスはマチルド王妃に何回もあったことがあるという。来日の時に運がよく大使館に招待してもらっているなどと話した。

リヒテンシュタインは東京23区の4分の1ほどの国。17世紀に侯爵の称号を受けリヒテンシュタインができた。リヒテンシュタインのアロイス皇太子に、池上彰が直撃取材した。

リヒテンシュタインの人口は3万人。首都はファドゥーツ。街からは侯爵家が暮らすファドゥーツ城が見える。リヒテンシュタイン侯爵家は象徴としてではなく政治的権限有している。行政・司法・外交など広範囲にわたる決定権を持っている。リヒテンシュタインではレタス1個770円、卵は10個入りで790円もする。平均的な収入の家族を紹介してもらい話を聞いた。フィリップ・ハスラーさんはボイラーを作る会社に勤めていて妻と子ども2人の4人暮らし。フィリップ・ハスラーさんの家の建築費は約9000万円だった。家を建てるのに銀行でお金を借りたが利子はないという。ハスラーさんの年収は1370万円。この国では平均的な額だった。所得税は日本にくらべ半分以下の10%。物価は高くても手元に残る金額が大きいという。これらはリヒテンシュタインの侯爵家の政策だという。

池上彰がアロイス皇太子に直撃インタビューをした。アロイス皇太子は父の代行として13年間リヒテンシュタインを主導してきた。リヒテンシュタインのある土地は18世紀始めまで他の貴族が所有していた。ヨハン・アダムス・アンドレアースは200億で絵画を買い社会的地位をお仕上げ1979年に皇帝から現在の土地の支配権を認められた。これが国の始まりだった。ヨハネス2世は1868年に軍隊を放棄し非武装中立国になった。第一次世界大戦でリヒテンシュタインは戦火にまみれなかった。侯爵家の資金で付加価値の高いハイテク産業をおこし主要産業に育て上げた。法人税を安くし海外から企業誘致に成功。法人税収入により国民の所得税を安くすることが可能になった。アロイス皇太子は「父が重要な事を決めるときには必ず私を同行させ、体験できるようにしてきれた」などと話した。リヒテンシュタインに独裁者が現れた場合は、国民が不満になったとき国民投票によって君主制そのものを廃止することができるという。

スタジオトーク。池上彰はVTRを見て「こんな失礼なことを聞いていいのか」等とコメントした。リヒテンシュタインが大金持ちの理由として元々がオーストリアの貴族で不動産や銀行を所有しており、資産の運用を行っていたからだ等と述べられた。また、リヒテンシュタイン人のアレクサンダー・マルクサーさんは日本にいるリヒテンシュタインの人数や、何故日本にきたのかについて語った。

異イギリスのハリー王子についてスタジオトーク。兄のウィリアムズ王子が王位継承をするので自分には別の役割があると思っているのではなどと池上彰が話した。

イギリスでのエリザベス女王やキャサリン妃などのロイヤルメンバーは世界中から注目されている。最近人気が急上昇しているのはハリー王子であり、外国を表敬訪問するなど重要な公務を担っている。ハリー王子と言えばダイアナ王妃である。ハリー王子は1997年に母を自動車事故で亡くし、世界中は悲しみに濡れた。その後ハリー王子は自分を見失っているかのような行動が度々スクープされた。だが、友人に誘われたアフリカのボランティア活動をきっかけに孤児を助ける行動に本腰を入れ始めるようになり、2006年に財団などを設立した。そして、ハリー王子がダイアナ妃の後を受け継いでることで地雷を撤去する活動であった。

アラブ首長国連邦は7つの首長国に7つの主首がある。石油が出るのはアブダビでその他の首長国は石油に頼らなくてもいい国を作ろうとしている。ドバイ首長国は徹底的な世界一戦略をとっていて、数々の世界一を作り出している。高さ828mのブルジュ・ハリファ、ヤシの木を模った人工島などがある。人工島の埋め立て面積は世界一。ドバイのプリンスはハムダン・マクトゥーム皇太子、35歳。ドバイの未来を担う次期首長として様々な会議やイベントを企画し、主催している。端正なルックスでも知られる皇太子はまだ独身。インスタグラムのフォロワー数は500万以上。皇太子の絶大な人気の背景にはマクトゥーム家という首長一族へのリスペクトがある。ドバイはつい半世紀前は小さな港町だった。今のドバイを作り上げたのは歴代の首長たち。現在の首長はハムダン首長の父、ムハンマド・マクトゥーム、40年以上国の発展を支えてきた。ムハンマド氏は石油に頼らない国を目指した。まずドバイを物流の拠点にすることに取り組んだ。観光にも力を入れ、リゾート施設を作っていった。父を支え、ドバイの富と華やかさを売り込む宣伝役を担っているが、ハムダン皇太子。2020年の万博開催地に立候補していた際、皇太子は誘致活動を進めていた。投票に合わせて、ブルジュ・ハリファに登った姿をインスタグラムに投稿した。ドバイは見事万博開催地に選ばれた。

ドバイのハムダン皇太子はカリスマ性がある、インスタグラムを使ったりして現在の王子という感じがするなどと出演者が話した。アラブ首長国連邦出身のリーム・アルナキブはハムダン皇太子すごく人気で、憧れの人、インスタグラムで親近感もあるという。ドバイは世界一をたくさん作って注目を集めてきた。池上彰は、民主主義で選ばれた大統領がまるで独裁者みたいだったりする一方で、国王や皇太子が民主的な国もある、王室から学ぶことが多いなと思ったと話した。

キーワード
サルマ妃
ムハンマド6世
ムハンマド5世大学
フェズ(モロッコ)
マチルド王妃
ブリュッセル(ベルギー)
フィリップ王
365日 フィリップ マチルドとともに
エリザベート
ヨハン・アダム・アンドレアス
フランツ・ヨーゼフ2世
ヨハネス2世
アロイス皇太子
ファドゥーツ城
ファドゥーツ(リヒテンシュタイン)
ハンス・アーダム2世
ヨハン・アダムス・アンドレアース
ハリー王子
ウィリアム王子
キャサリン妃
ダイアナ妃
ハムダン・マクトゥーム皇太子
ブルジュ・ハリファ
アブダビ(アラブ首長国連邦)
ドバイ(アラブ首長国連邦)
インスタグラム
ムハンマド・マクトゥーム
イギリス
ハムダン皇太子

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