逆転人生 「伝説のロックシンガー 復活の歌」

『逆転人生』(ぎゃくてんじんせい)は、NHK総合テレビジョンで2019年4月1日から放送のドキュメンタリー番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年5月6日(月) 22:00~22:50
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
22:00~

Mr.Childrenや布袋寅泰などが敬愛するロックシンガーが本日の主人公。こんなすごい人達から慕われるのは奥野敦士さん。1980年代、伝説的なロックバンドのボーカルとして活躍した。しかしバンドは解散、思わぬ事故で歌声まで奪われてしまった。

キーワード
Mr.Children
布袋寅泰

伝説のロックシンガー 復活の歌 (バラエティ/情報)
22:02~

本日のゲスト、奥野敦士さんが登場した。奥野さんは群馬・前橋市出身で1985年にROGUEのボーカルとしてデビューした。同じ時期に活躍したのが「BOØWY」「」レベッカ」など。高橋ジョージは「あっくるなって思ってた」などと話した。

1980年代、若者たちはロックに熱狂しだれもがロックスターになろうとした。奥野敦士は孝行の頃から勉強そっちのけで人前で歌うことが大好きだった。高校卒業後、上京して結成したのが「ROGUE」。ROGUEは一緒に上京してきた、香川、深澤、西山の4人。奥野敦士は「小さい新大久保の2万円のアパートに住んでたけど、香川の家に住むことになり2人で同せい生活がはじまった」などと話した。バンド結成から3年、1985年にメジャーデビューした。ライブハウスの元オーナーの関口さんは「かっこよかったですよ。一番ダントツ。あっというまにファンが増えた」などと話した。「終わりのない歌」のヒットで一躍人気ロックバンドの仲間入りを果たし、念願だった日本武道館でライブを行った。もっと上を目指した奥野はメンバーに不満をぶつけるようになりROGUEを終わりにした。香川誠さんは「ずっと続けるものだと思ってたから、じゃあもうお前とは2度とやらないし2度と合わないと奥野にあわないと話した」という。解散後、奥野はソロとして再出発したがヒットが生まれなかった。次第に生活は荒れていきいつしか酒に溺れるようになってしまった。

ROGUEが「GET THE GLORY!」を披露した。

高橋ジョージは「今のお姿を見てて、歌うってこういうことなんだなっていうエネルギーをいただきました」などと話した。上白石萌音は「好きだって情熱は本当に何にも勝るんだなと思いました。こういうふうに歌えたら最高なんだなと思いました」などと話した。奥野敦士は「泣かないと思ってたんだけどね、一緒に泣いちゃったよね。本当の嬉し涙だよね」などと話した。田家秀樹は「このステージを見て感動しないミュージシャンはいませんよ」などと話した。

スタジオトークで、奥野敦士は「いろいろなことをやったけど、ステージに立てないのが辛かった」とした。音楽評論家は田家秀樹は80年代はバンドが年間500組デビューしていたと説明。当時、ROGUEは全国各地に1か月住み込んで知名度を上げることに挑戦した。男4人でワンルームに住んでいることでストレスが溜まっていた。高橋ジョージは自分たちも共同生活をしたが最初は楽しかったがだらけてくると話した。田家秀樹はROGUEは群馬出身でBOOWY、BUCK-TICKの次はROGUEだと言われて、他のことをしたくなったのではないかとした。山里亮太は自分もピンネタがすべってコンビでやることを決めたとした。

2008年奥野敦士はソロになって18年、45歳の時に親友の香川誠から電話があった。その時に、ROGUEの再結成を持ちかけられた。奥野敦士は「やろう」と即答した。奥野は酒浸りの毎日から抜け出し、解体業のアルバイトをして一から体を鍛えなおした。2008年9月11日、奥野は工場の屋根の解体だった。奥野は屋根を登り、ころんだ拍子に屋根が割れて7m先に落下した。奥野は搬送され、気が付いたら体は動かなかった。診断は頸髄損傷だった。船戸貴宏医師は「日常生活の一挙手一動まで介助の必要があり、アーティストとしては復活は無理かな」と振り返った。奥野は「このまま車いすで楽器弾けない、楽譜書けないで仕事もできない、削っていく作業で死にたい気持ち」と振り返った。香川は「解散してからの対面、生きててくれて良かった」とした。その後、リハビリを重ねて中指だけが動くことができた。事故から1年半、1枚のDVDが届いた。それはかつての仲間が元気づけるためのライブ映像、会場にファンが駆けつけた。ファンは「待ってます」と口々にコメントをした。奥野はそれを見て感動して歌を歌いたいと思ったという。奥野は作業療法士に相談し、入院患者のためのカラオケを試した。しかし、腹筋が動かせなくて歌が歌えなくなった。

スタジオトークで、奥野敦士は腹筋がないと音程も取れなくなったとした。高橋ジョージは喋れるから歌えるというものではないとした。奥野は独自の歌唱法として、ベルトを使って声を出すことを考えた。奥野は歌唱法を披露、山里亮太は「めちゃくちゃしびれますね」と絶賛。

奥野敦士は歌声を取り戻し、動画投稿サイトへ投稿することを考えた。奥野は「What a Wonderful World」を披露し、作業療法士が撮影した。奥野は1曲でクタクタになったという。ある日、桜井和寿が動画を見たと群馬まで足を運んだ。桜井和寿は主催する野外フェスに出演依頼をした。奥野は体温調整ができない、長距離移動もできないため断った。その年のフェスで、桜井和寿はROGUEの「終わりのない歌」を披露した。バンドのリーダー香川誠がその映像を見て、ライブハウス元オーナーの関口信行と訪れた。香川は前橋でライブをしようと誘い、関口は体温調整できるようにヤマダグリーンドーム前橋を抑えたと言った。関口は「1番良いステージを用意したくてムチャした」と振り返った。奥野は「できるわけない」と言ったが復活を決めた。奥野はガード下で猛練習を始め、一生に1度の努力をしたと振り返った。2013年10月19日ライブ当日、解散して23年経つが多くのファンが駆けつけた。奥野はステージに上り、「LIKE A MOON」「終わりのない歌」など7曲を披露。奥野は「腹からは出なくても心から声が出るようになった」と話した。

キーワード
前橋市(群馬)
レベッカ
BOØWY
BUCK-TICK
ROGUE
西山史晃
深澤靖明
香川誠
終わりのない歌
GET THE GLORY!
BOOWY
頸髄損傷
桜井和寿
LIKE A MOON

エンディング (その他)
22:49~

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