「とと姉ちゃん」と、あの雑誌 2016年7月18日放送回

放送日 2016年7月18日(月) 8:15~ 9:00
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
08:15~

とと姉ちゃんの主人公のモデルとなった大橋鎭子。大橋鎭子の雑誌づくりを支えたのが花森安治である。そんな2人が作り上げたのが雑誌が「暮しの手帖」である。雑誌は100万部に迫る人気となったが、今回はその人気のヒミツに迫る。

キーワード
大橋鎭子
とと姉ちゃん
花森安治
暮しの手帖

「とと姉ちゃん」と、あの雑誌 (バラエティ/情報)
08:17~

「とと姉ちゃん」に出演している片桐はいりが登場。とと姉ちゃんの主人公のモデルとなった大橋鎭子。大橋鎭子の雑誌づくりを支えたのが花森安治である。そんな2人が作り上げたのが雑誌が1948年創刊の「暮しの手帖」。創刊号の表紙を飾ったイラストは花森安治が手がけた。雑誌は空襲で焼けた家具の代わりになる壁掛け収納など、厳しい暮らしに快適さや楽しさをもたらす知恵があふれていた。そんな雑誌の原点には、大橋鎭子が防空壕に避難している時に温めていたアイデアだった。

創刊号にはブラジャーパッドの作り方が掲載されている。創刊号が出た1948年には、戦後初のファッションショーが行われた。もんぺを余儀なくされた女性たちの間では、オシャレな洋服への憧れが高まっていたが、当時のブラジャーにはパッドが入っていなかった。そこで雑誌は身近な材料で作るパッドを提案した。

創刊当時の「暮しの手帖」の中で特に人気だったのが直線裁ちで作る洋服の特集。デザインは花森安治で、大橋鎭子は服を作ったり、モデルを務めたりした。そこで当時の誌面を元に、浴衣をリメイク。完成までの時間は1時間ほどで、手縫いの達人でなくても簡単にできてしまう。今回直線裁ちを再現してくれたのはデザイナーの清松さん。使ったのは、創刊当時のアンティークの浴衣だった。清松さんは「ワクワクしながら当時の人達も作っていたと思うと、物を大切にする気持ちとか、いとおしくなる感じがうまれる」などと語った。

人々は食べていくのに精一杯だった当時、読者から最も指示を得たのはファッションの記事だった。花森安治は「悲しい明け暮れを過ごしている時こそ、きよらかなおしゃれ心に灯をつけよう。それこそ、私たちの明日の世界を作る力だと言いたいのです」と語っている。当時、花森安治と編集部員として雑誌を作っていた小川常緑子さんは、広島で被曝し、18歳で上京し、編集部にたどり着いた。小川さんは「何かを見つけてそこで夢を作るようなもの。考えようによっては楽しい」と語った。

大橋鎭子が66年前に書いた「暮しの手帖」のレシピ通りに作ったホットケーキを試食した。大橋は父 武雄さんが肺結核で子供の頃がつらかったので、病気にならないためには食べる物をおいしく食べることが大事だと考えるようになった。またいかに安いものでもおいしく食べられるかも研究した。そのうちのレシピが帝国ホテルの「西洋風おそうざい」、「おそうざい十二ヵ月」など。また「ホットケーキ」のレシピには文章だけが掲載されていた当時(画像 婦人倶楽部)では革命的だった、プロセス写真を導入した。「料理店にまけないカレーライス」なども綿密に過程が掲載されていた。暮しの手帖社OBは原稿の書き方には非常に厳格だったという。大橋は徹子の部屋で「雑誌を買った時にすぐに目の前で作れる」ことを目標にしていたと語っている。

大橋鎭子の自宅を訪問した。甥の横山隆さんと泰子さんが出迎えた。鎭子さんは母 久子さん、次女 晴子さん、三女 芳子さんとお手伝いさんら最大11人とここで暮らした。自宅には晴子さんがご健在であった。鎭子さんのアイデア手帳を公開、落として時のことを想定した文章が添えてある。大切なことはすべて書き留めていたようである。家政婦の神原英子さんによると鎭子さんは生前「必殺仕事人」が好きだったという。同じく家政婦の徳原良子が、鎭子さん研究の成果ともいえるキッチンを案内した。昭和のくらし博物館 館長 小泉和子さんは収納において「吊るす」という概念を導入したのは鎭子さんが最初だったと話した。

「暮しの手帖」の表紙の裏には必ず「これは あなたの手帖です」から始まる文章が書かれていた。長年「暮しの手帖」を愛読してきた漫画家 ヤマザキマリと母 量子さん。量子さんはお宅にまだ100冊以上を保管しているという。ヤマザキはいつもおもちゃは手作りだったと話した。ヤマザキは17歳でイタリアに留学した。現在もイタリアに住み創作活動を続ける。しばしば「暮しの手帖」が送られてきたという。ヤマザキは驚いたのは「暮しの手帖」が企画した商品テストだった。トースターの商品テストでは4万枚以上の食パンを焼いたという。ベビーカーなどのテストでは職務質問をされたこともあると、元編集員 河津一哉さんは述懐した。そしてその批評は手厳しいものだった。ヤマザキマリはこの精神が現在の創作活動の礎になっていると語った。

「暮しの手帖」には「戦争中の暮らしの記録」(1968年)という異色の号がある。元編集員 小榑雅章さんに当時の原稿を見せてもらった。この号は読者の書いた、おやつがわりの食塩、どろどろの銭湯など、戦争中の暮らしについての手記139通だけで構成されている。評論家 樋口恵子は当時高度経済成長期の当時、いかに豊かになるのかという本が積まれている中でこの内容は衝撃だったと語った。この号はそれまでで最大の売り上げとなった。番組は花森安治のこの言葉で締められた。「毎日我々が生きておること これが暮らしだ。これを立派にしなきゃならん」

キーワード
大橋鎭子
とと姉ちゃん
花森安治
暮しの手帖
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おそうざい十二ヵ月
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横山隆さん
泰子さん
横山晴子さん
神原英子さん
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徳原良子さん
小泉和子さん
ヤマザキマリ
量子さん
河津一哉さん
イタリア
小榑雅章さん

エンディング (その他)
08:59~

エンディング映像。

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