明日へ−つなげよう− 証言記録 東日本大震災

放送日 2016年2月23日(火) 2:00~ 2:50
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
02:00~

オープニング映像が流れた。

復興サポート (バラエティ/情報)
02:00~

第50回は福島県浪江町。福島第一原発から10キロの範囲にある。震災から5年が経とうとしている今も福島第一原発事故による避難指示が解除されないため壊れた道路などがそのまま残されている。旧双葉消防本部があった。2011年3月11日から始まる原発事故は消防士の予想を遥かに超えていた。消防士は放射能の恐怖の中、原発近くの民家に留まっていた住民に避難を説得した。福島第一原発3号機の爆発も間近で体験した。原発危機の過酷な6日間に放射能と闘い消防士の責務を果たした人々の証言記録。

今年1月6日に行われた双葉消防本部出初式。消防士たちのほとんどはかつて浪江町にあった消防本部と浪江署で勤務していた。2011年3月11日、消防士たちは住民の救助に奔走した。浪江署に勤務していた笹田丞さんは放射能防護体制に入った姿をみて「そこまで原発自体が悪化していることは正直感じなかった」と振り返った。双葉消防本部では消防士への放射線防護の講習や訓練を1人最低5回受けることを義務付けていた。3月12日、枝野幸男内閣官房長官は住民に避難指示を出した。救命救急士の富樫正明さんは当時、双葉町の病院から新生児と母親を避難所に送り届けることになり「低体温と振動に注意して本当にゆっくり搬送した」と振り返った。

福島第一原発1号機建屋が水素爆発を起こし、政府は避難指示を拡大。消防本部は23キロ離れた川内出張所に拠点を移した。当時、消防指令だった安倍一夫さんは12日に職員90名ほどが移動してきたと話した。消防士たちは防護服や放射線測定など放射性物質への防御態勢を行った。安倍さんは原発事故がどこまで拡大するかわからない状況で、消防活動を継続する不安があったと語った。

13日、福島第一原発3号機の冷却機能が動かなくなりメルトダウンが始まった。東京電力の自衛消防隊が炉に給水を続けるうちに水は残り僅かになっていった。消防士の遠藤朗生さんが水を搬送することになった。遠藤さんは放射線防護講習を受けていたが汚染地域に入るのは初めてだった。遠藤さんたちは福島第一原発で3号機横のコンクリートプールへの送水を行った。遠藤さんは現場の写真を残していた。消防士らは個人線量計を装備して、活動許容範囲は通常業務で毎時10ミリシーベルト、人命救助で毎時100ミリシーベルトとなっていた。当時の空間線量は0.01ミリで許容範囲だった。遠藤さんらは6トンの水を補給し、1キロ離れたため池から水の補給を繰り返す計画だった。

福島第一原発の吉田昌郎所長と東京電力本社や政府などを結ぶ会議システムでは3号機の緊急事態が告げられていた。吉田所長は3号機の作業員を引き上げさせると本社に報告した。その数十分後、避難指示の伝わっていなかった遠藤さんはため池から水を補給し3号機に戻ってきていた。その後、遠藤さんは運んできた水を積載したまま、緊急避難をし川内出張所に戻った。

消防士たちは住民を守る業務にも追われていた。救急救命士の富樫正明さんは原発から1キロの地域で避難誘導にあたった。14日早朝、大熊町に残っていた86歳の石井泉さんをなんとか避難させた。そのとき外には雪のようなものがちらついていたという。爆発した福島第一原発1号機建屋の断熱材が飛ばされて舞っていたものだった。富樫さんは自分の目で見ると迫力というか恐怖感があったと証言した。

コンクリートプールに水がなくなった3号機のメルトダウンは進んでいた。政府は自衛隊に出動を要請し中央特殊武器防護隊の岩熊真司隊長が指揮をとった。中央特殊武器防護隊は地下鉄サリン事件で活躍した化学防護隊が発展した部隊で、除染のための水槽車と放射能に対する知識を備えていた。消防士の遠藤さんは自衛隊に協力するため待機していた。岩熊隊長が現場に到着した10分後、3号機建屋が水素爆発を起こした。

岩熊隊長は非常に大きな爆発を感じ、がれきがしばらくの間降り続いていたと証言した。空間線量は毎時数100ミリシーベルトに達していて隊員たちは緊急離脱する。消防士の遠藤さんは間近で爆発を目撃していた。双葉消防本部では救命救急士の富樫さんが3号機で負傷した人の救助を要請されていた。富樫さんは全面マスクと防護服を装着し福島第一原発の免震重要棟へ向かった。富樫さんは不眠不休の状態で恐怖が麻痺していたと振り返った。 消防士たちは休む場所も食事もとれず川内出張所でダンボールにくるまって仮眠をとっていた状況だった。

15日朝、福島第一原発2号機が制御できなくなり原子炉本体が爆発するとの予測が東京電力本社からもたらされた。さらに4号機建屋が水素爆発し火災が発生した。撤退せずに残っていた川内出張所に東電から救援要請が届いた。消防士の渡部友春さんは通報をメモで記録していた。非常事態に単独でも脱出できる経験のある21人の消防士が選ばれた。出動した笹田さんは放射能への恐怖があったと語った。遠藤さんは爆発を恐れたが行かざるを得ない状況だったと語った。渡部さんは放射線を恐れる若い隊員を落ち着かせようとし、やれることをやれる範囲の中で責任を果たすことだと振り返った。

21人の消防士が福島第一原発の消火活動へ出動した。笹田さんは当時の心境を振り返った。現場についた渡辺さんは線量が範囲内であることを確認し、免震重要棟の駐車場から4号機方向から上がる煙を見たが4号機の状況は確認できなかったと話した。隊長たちが免震重要棟で会議を行っている間、空間線量が10ミリシーベルトまであがってきて構内の外に待機するよう命令がきた。しかしすぐに3号機の脇で400ミリシーベルトまであがったという無線が来たという。消防士らは現場から離脱し川内出張所に帰還した。やむを得ない事情で消火をせずに戻ってきたことに心残りがあると話した。翌日から行われた冷却作業は22日にようやく軌道にのった。双葉消防本部の活動だけでは原発危機を食い止めることは出来なかったが、放射性物質が放出された最も過酷な6日間に原発のそばに踏みとどまったことを消防士は誇りに思っている。

あれから5年、双葉消防本部の出初式で来年3月の避難指示解除を目指す浪江町の馬場有町長が訓示した。出初式では放射能汚染が起きた時の救命活動の訓練も披露された。消防士らは住民の帰還を待ちながら今も放射能との闘いを続けている。

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明日へ−つなげよう− (バラエティ/情報)
02:43~

畠山智之アナウンサーがこころフォト~忘れない~の趣旨を説明した。鈴木京香が南相馬市で津波に巻き込まれた姉と弟の写真と両親のメッセージを紹介した。石巻市の女性の写真と長女からのメッセージを紹介した。石巻市の男の子の写真と兄からのメッセージを紹介した。

被災地から被災者の声を紹介した。

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