明日へ−つなげよう− 「西日本広域災害 最後の一人まで」

放送日 2019年1月13日(日) 10:05~10:53
放送局 NHK総合

番組概要

西日本広域災害 (バラエティ/情報)
10:07~

倒壊した建物が少なく、被害の状況がわかりにくいことから「見えにくい災害」と言われている。築80年近い富田さんの自宅では、屋根の瓦がずれ雨漏りがおよそ3か月間に渡って続いていた。複数の業者に見積もりを頼んだが、人手不足を理由に断られたという。この日、富田さんの元を訪れたのは屋根のブルーシート張りを専門とする災害ボランティア。指揮を取るのは、災害支援ボランティアの代表中島さん。危険を伴う高所で作業を行う上専門的な技術が必要となるため、テクニカルボランティアと呼ばれている。大阪府北部茨木市が、中島さんたちボランティアの活動拠点だという。茨木市では、災害直後から災害ボランティアと社会福祉協議会が連携して活動を続けてきたという。活動拠点となっている施設も、以前幼稚園として使われていた建物を茨木市が提供してくれたという。また、大量のブルーシートも社会福祉協議会が支給してくれたものだという。

中島さんたちの活動を支えてきてくれているのは、個人や企業からの寄付と助成金だという。こうした、食事や宿泊ができる施設があることで、全国からボランティアが集まり長期的な支援が続けられるという。9月、茨木市ベースでの活動が軌道に乗り始めた頃台風21号が上陸。休まず張り続けてきたブルーシートも、押さえていた土のうごと飛ばされてしまった。中島さんは独自に研究を重ね、土のう袋を使わないブルーシートの貼り方を編み出した。特殊なネジで木の板と瓦を固定し、その上からブルーシートを密着させることで強風でも飛びにくく、雨漏りもしにくいという。この方法は茨木方式と呼ばれ、注目を集めている。この日は、傷んだ瓦を差し替え応急処置。中島さんが災害支援の道に進んだきっかけは、8年前の東日本大震災だという。10日間食事をしていない人や我が子を失くした人、様々な人に出会い自分の無力さを感じ様々な災害のボランティアに参加し、自分にできることを考えやがて現場のリーダーを任されるようになった。

熊本地震からは、建築現場での仕事の経験を活かしブルーシート張りを本格的に始めるようになった。その活動は、2年間に及んだという。3年前、自らが代表となりNPO団体レスキューアシストを設立。災害支援のプロとして生きることを決めたという。大阪北部地震の震源高槻市。連続する広域災害で修理する業者や職人が不足し、1・2年待ちの人がいる中中島さんたちは自分たちの技術を広める活動を始めた。この日は、被害が大きかった地区の自治体が主催した講習会。参加者の中には、ブルーシートがかかったままの家に住む人も多く、今後張り替えるときの参考にしたいと集まった。地元中学校の校長先生とPTAの役員が話しかけ、講習についての話をした。被害を拡大させた記録的豪雨。

記録的豪雨で被害が拡大された中、車1つで被災地を飛び回るボランティアがいた。災害支援家の前原さんは、豪雨の直後倉敷市の真備町を訪れた。町の大半が水に浸かった状態を見て、大量のボランティアが必要になると積極的にSNSで発信した。そんな真備町には、報道が集中したこともあり全国からボランティアが集まった。前原さんは、ボランティアセンターの設立をサポートし、何千人者人々を調整し被災地に送り込んだ。かつてはツアーの添乗員という経歴を持ち、大勢の人をまとめるのは得意だった。初めてボランティアをしたのは、東日本大震災。混乱する現場で、泥かきをしながら人手をもっと有効に使えるための調整役が必要だと考えた。真備町でボランティアの体制を整えると、愛媛県宇和島市に向かった。広域災害で、手薄になるところがあると考えたからだという。まずは、みかん農家の支援を始めることにした。子供が生まれると、みかんの苗木を一緒に育てる風習がある。

キーワード
茨木市(大阪)
台風21号
東日本大震災
常総水害
熊本地震
唐崎地区(大阪)
宇和島市(愛媛)
吉田町(愛媛)

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