明日へ−つなげよう− 証言記録「宮城 雄勝中学校 生徒と教師 ともに歩んだ一年」

放送日 2018年12月9日(日) 10:20~11:08
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:20~

オープニング映像が流れた。

太鼓を演奏するのは、宮城県石巻市の雄勝中学校の生徒たち。震災の後、全校生徒で始めた雄勝の太鼓は、復興のシンボルとなり全国各地で披露されてきた。あの日、雄勝中学校は高さ10メートルを超える津波に飲み込まれた。奇跡的に生徒は全員無事だったが、その後様々な悲しみと向き合うことになった。

証言記録 東日本大震災 第80回 (バラエティ/情報)
10:23~

宮城県石巻市の北東部にある雄勝町は、4300人が暮らす漁師町だった。その中心部にある雄勝中学校は、当時77人の生徒が通っていた。あの日、笑顔と涙の卒業式が行われ希望を胸に生徒たちは下校した。その1時間半後、16メートルを超える津波が街を飲み込んだ。死者173人、行方不明者は70人に及んだ。当時校長だった佐藤さんは、教師たちと避難所を周り安否確認に奔走した。当時船越地区に住んでいた生徒が居た。当時1年生だった牧野さんは、祖母と急いで高台に逃げた。両親は働きに出ており、母とは連絡がつかなくなっている。佐々木さんも、母親と連絡が取れなくなっている。佐々木さんは当時、弟と祖父を連れて高台に避難所を目指した。街の役場に務めていた佐々木さんの父親は無事だったが、母とは連絡がつかなくなっているという。

陽紗さんと花菜さんの母親が通う雄勝病院は、3階まで全て津波に飲まれていた。そんな中、陽紗さんのもとに母親が亡くなったということを聞かされたという。陽彩さんは家族とともに遺体が安置されて居た所に向かい、確認をし母親の死を実感したという。花菜さんも母親と連絡が取れない日が続き、10日経っても安否の手がかりは得られず。花菜さんには見つかってほしいが見つかってほしくない、どこかで生きていてほしいという思いもあった。

3月19日、雄勝中学校では生徒全員の無事を確認。震災から40日後、内陸の石巻北高校飯野川校を間借りして新学期を始めた。校長だった佐藤さんは学校が始まった時に上履きだけは新品を用意した。新入生を含めた生徒は51人。許可書・文房具は支援でまかない、給食も当初はパン一個と牛乳でしのいだ。教師たちが苦しんだのは生徒とどう向き合うかということだった。母親を亡くした陽紗さんも学校に通い始めたが、母親がいないと思われるのことにはひっかかりを感じていた。学校では気丈に振る舞っていたが、帰宅すると一番の相談相手だった母親がいない現実が待っていた。

生徒とどう付き合えばいいのか、教師たちは話し合いを重ねた。最初に取り組んだのが作文。子どもたちに一度心を整理してもらうのが大事だと考えた。作文の中には「自分たちが被災者になるとは思わなかった」など、普段生徒たちが言葉にすることのない様々な思いが綴られていた。母を亡くした陽紗さんは作文にやりきれない思いを綴った。一方で母親が行方不明のままである花菜さんは本当の気持ちを書くことができなかった。部活の事が中心で母の事には一切触れなかった。

花菜さんの担任でテニス部顧問でもあった扇谷正輝さんは気持ちを抑え込んでいる花菜さんを心配し、ずっと気にかけていた。扇谷さんはあえて震災前と同じように接しながら、花菜さんの様子を見守っていた。その頃の花菜さんは仮設住宅での暮らしを始めていた。一番の気がかりは3歳の弟の事。母親がいなくなった弟の事を少しでも安心させてあげられたらいいと思っていたという。弟のために母親代わりをしていた花菜さんだが、本当に泣きたい時は誰にも見えない所で泣いていたのは覚えているという。

辛い思いを溜めていた花菜さんにたった一人心を許せる友人がいた。テニス部でずっとペアを組んでいた伊藤三奈さん。寄り添ってくれる友の姿が花菜さんの支えになっていた。生徒たちの中には津波で家を流され、雄勝を離れざるを得ない子もいた。齋藤美波さんは震災後に遠い町に引っ越し、別の中学校に通い始めた。美波さんは転校先での辛い体験を作文の中に書いていた。

しかし通い始めてから1ヶ月ほど過ぎた頃、廊下を歩いていた美波さんは男子生徒から暴言を投げかけられたという。美波さんはその時の気持ちを作文に綴っていたが、心配事を増やしたくないとして学校での事は母親には打ち明けなかった。そうした生活が続いたある日の夜、学校から帰ってきて寝る前に美波さんはメールで「学校へ行きたくない」という内容を送ったという。その頃の雄勝中学校にも美波さんの状況は伝わっていた。校長だった佐藤さんは担任と母と対応を話し合い、美波さんの気持ちを第一に考え、受け入れることを決めた。

美波さんは1時間以上かけて雄勝中学校へ通い始める。教師たちは美波さんが安心して過ごせるように環境を整えて迎えた。震災から3ヶ月、その頃雄勝中学校には全国から多くの物資が届き、著名人も激励に来た。しかし、支援を受ける子どもたちを見守っていた佐藤さんは次第に「このままでいいのか」と自問自答するようになった。そして始めたのが雄勝伝統の和太鼓。中学校では震災前から総合的な学習の時間に教えていた。しかし、指導をする教師は校長からの話を聞いて戸惑ったという。太鼓はめでたい時に叩くもの。震災間もない今、子どもたちに叩かせていいかという思いだった。

ところが生徒たちの思いは違った。早速教師と生徒が協力して作ったのは古タイヤを使って作った太鼓。革の代わりにテープを貼って音が出るように工夫した。バチは100円ショップで買った綿棒。母親を亡くした陽紗さんも進んで参加。陽紗さんの家は太鼓一家で、母親も太鼓が好きで、父親は太鼓の指導者だった。一方で花菜さんは太鼓の練習に戸惑ったが、太鼓を一緒に練習する時間は楽しかったなどと語っている。陽紗さんも最初は難しかったが、練習するにつれて全員の音が合っていくのが分かる、太鼓をして忘れるくらいのことはできたので、そういう気持ちの変化はあったなどと語っている。

太鼓に取り組んで3ヶ月、初めて雄勝でその成果を披露する。会場は津波で壊された雄勝中学校。集まった保護者を前に演奏をした。雄勝中学校の復興太鼓はその後全国各地で演奏会が開かれ、その力強い響きは海外でも評判となった。あれから7年半、花菜さんの母は見つかっていない。現在花菜さんは大学で幼児教育を専攻している。中学生時代に心を閉ざしていた自分のように寄り添いたいと思っている。美波さんはこの春、美容の専門学校を卒業。今は美容師として働いている。陽紗さんは専門学校の3年生で、ケガなどを治す柔道整復師になるため、国家試験を目指している。目標は母のように傷ついた人たちに寄り添える医療従事者とのこと。

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番組宣伝 (その他)
11:03~

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明日へ−つなげよう− (バラエティ/情報)
11:06~

岩手県陸前高田から被災地の声を届ける。村上覚政さんが浜を盛り上げたいという。工房めぐ海の女性たちは、食べに来てという。おやきを作っているという。

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陸前高田市(岩手)
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