明日へ−つなげよう− 悲しくて 愛しくて 空をみる

放送日 2018年2月4日(日) 10:05~10:53
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

日本航空123便墜落事故から33年目を迎える群馬県・御巣鷹。事故遺族以外にも様々な人が集うように。東日本大震災で息子を亡くした丹野祐子さん。かつてテレビで見ていた事故現場、縁もゆかりもなかったこの場所が彼女の生きる力になっている。丹野さんは津波で被害を受けた宮城・名取市閖上からやってきた。当時中学一年生だった息子を失った事実を受け止めきれずにいた。もがき苦しむ中で出会ったのが日航機墜落事故の遺族である美谷島邦子さん。彼女もまた突然息子を失った悲しみを抱え、その日々を懸命に生きてきた。今は大切な人を失った人達の生きる道標となっている

キーワード
日航機墜落事故
東日本大震災
津波
公太君
日航

明日へ−つなげよう− (バラエティ/情報)
10:09~

我が子が旅立った後、よく空を見上げるようになったと閖上の丹野さんは言う。震災の経験を伝える施設「閖上の記憶」。丹野さんが携帯電話で写真を撮影していたのはこの日新しくした鯉のぼり。空の上にいる息子に見えるようにと一年中上げている。丹野さんはここで自らの体験を語っている。地震の後、丹野さんは息子・公太君と一緒にいたが、津波が目前へ迫った際に2人は別々の方向へ逃げた。公太君が見つかったのは2週間後、通っていた中学校へ避難する途中で津波に飲まれた。丹野さんにはある習慣ができていた。それは公太君の趣味である漫画雑誌を毎週欠かさず買うこと。仏壇に遺影は見当たらない。ひとり悲しみの中にいた丹野さんは同じように空を見上げていた人を知る。この日、日航機墜落事故の遺族たちが閖上を訪れた。美谷島邦子さんたちは津波で亡くなった中学生たちの名前が刻まれた慰霊碑をなでた。訪問者たちに触れてほしいと触れやすい形に。美谷島さんが持ってきたお土産はシャボン玉。御巣鷹では命日にシャボン玉を飛ばす。丹野さんの鯉のぼりと同じく空に届くようにという想いが込められている。

2人を繋いだのは1冊の本だった。事故から25年目に書かれた美谷島さんの手記。乗客乗員520人が犠牲となった日航機墜落事故。当時小学校三年生だった美谷島さんの息子は夏休みに自分ひとりで大阪の親戚を訪ね、甲子園に高校野球を見に行くのを楽しみにしていた。空港で繋いだ手を離したのが最後になった。美谷島さんが背負った深い悲しみを知った時、丹野さんは初めて自分んはひとりではないことに気づいたという。美谷島さんが閖上を訪ねた翌日、話を聞きたいと東日本大震災被災地のあちこちから遺族が集まった。この時期、集まった遺族の多くが裁判や事故検証に参加していた。真実を明らかにし、再発防止につなげることで亡くした命を活かしたいという願いからだ。しかし、そうした想いとは裏腹に裁判が長引き、社会からの関心が薄れていくことに遺族たちは苦しんでいた。遺族たちの言葉に耳を傾けていた美谷島さん。語り始めたのは彼女もまた同じ想いで歩んできた日々のことだった。

日航機墜落事故の遺族で作る8.12連絡会。当時は原因究明や再発防止の議論から遺族は除外される時代。それでも、美谷島さんたちは声を上げ続けてきた。まず取り組んだのは山の保全。御巣鷹をただの事故現場として風化させず、命を悼む場として残してほしいと国や航空会社に働きかけた。さらに強く求めたのは機体の残骸や遺品の保存だった。当初航空会社は遺体の保存に消極的だったが、美谷島さんたちは何度も陳情を繰り返した。機体や遺品を展示して企業の安全研修に活かす施設が完成。事故から20年が経っていた。想いが形になった時、美谷島さんは自分の悲しみが少し変化したことに気づいたという。

苦しむ人達の道標となっている美谷島さん。しかし、その美谷島さんとかつて厳しい関係にあった遺族も。閖上での話し合いに参加していた紫桃隆洋さんは津波で当時大川小学校五年生だった娘を亡くした。大川小学校では児童74人と教職員10人が犠牲に。学校での被害がこれほど大きかったのは大川小学校だけ。地震から約50分の間、子どもたちは教員とともに校庭にとどまり続けた。津波が来ているという情報もあり、近くに避難できる山もあった。紫桃さんは学校のあった場所に自ら杭を打ち付けた。ここを通ってようやく避難を始めた子どもたち。その1分後に津波に飲まれたと見られる。娘のためにできることは何か、それは亡くなった理由を調べ続けることだと考えた。震災の2年後、原因究明と再発防止を目的に立ち上げられた第三者検証委員会。その委員に美谷島さんは選ばれていた。唯一の遺族の立場としての参加だった。しかし、検証は困難を極めた。すでに事故から時間が経っていたこと、委員会には強い権限がなかったことから新たな事実や証言を得ることが難しかった。検証委員会がまとめた最終報告書には被害の原因は避難の遅れがあったとしながらも、なぜ避難が遅れたのかという遺族が最も知りたかったことには言及されていなかった。美谷島さんが関わった検証委員会の結論に紫桃さんは失望の色を隠せ無かった。美谷島さんは大川小学校の遺族に対して命を活かすための取り組みはこれで終わりではないと繰り返し語った。

検証委員会の最終報告書が出た半年後、群馬県・御巣鷹に紫桃さんの姿があった。紫桃さんは検証委員としてではなく遺族としての美谷島さんに会いたいと思っていた。2人は美谷島さんの息子・健君の墓標に向かった。そこで話し合ったのは互いの子どものことだった。紫桃さんが初めて見る美谷島さんの母親としての顔だった。

閖上で中学校一年生の息子を亡くした丹野さんは、遺族同士の繋がりが広がる中でむしろ悲しみを深めていた。丹野さんが訪れたのは震災を風化させないようにと開かれたシンポジウム。学校や企業相手に裁判を起こした遺族たちがなぜ救えなかったのか問い続けていた。津波が来る直前まで息子とともにいた丹野さんはいたたまれない想いで聞いていた。津波が来るとは思わず、直前まで避難しなかった自分。このことを責め続けていた。

丹野さんは美谷島さんの地元を訪れた。あの時の話を東京の仲間にもしてほしいという美谷島さんからの頼みだった。美谷島さんは丹野さんの悲しみがより深まっていることを感じていた。講演の後の懇親会では丹野さんがこれまで口にしていなかった想いを述べた。丹野さんは本気で震災の話を家族でしたことがない。したら同じ家族でいられないと思う。だってわたしは両親・息子を助けられなかった。主人にしてみればなんで逃げなかったと言いたいのだと思う。でも言ったら一緒にはいられないのだと思う、本音をまだ喋ったことはない、などと語っていた。美谷島さんはこの日、丹野さんに対してそれ以上何も語らなかった。

美谷島さんもまた我が子を守れなかった苦しみと向き合ってきた。健君が通っていた小学校で特別授業を行うことに。実は美谷島さんがこうして子どもたちに向けて健君の話をするようになったのはつい最近の事だった。変わるきっかけは丹野さんだったという。息子への自責の念を包み隠さず話す姿に背中を押された。日航機墜落事故が起きたら8月12日、御巣鷹には大勢の人たちが慰霊に訪れる。東日本大震災の遺族たちも毎年参加するようになった。東日本大震災以外にも様々な事故・災害で突然大切な家族を亡くした人たちが御巣鷹で心を寄せている。美谷島さんたちが30年以上かけて作り上げた命の場所だ。丹野さんは美谷島さんの息子・健君に会いに来た。たくさんの人から贈られたお土産。大切な人を想う心がこの山で繋がっている。

テロップ:NHKオンデマンドで配信します。ご案内はdボタンで。

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群馬県
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クリスマス
大田区(東京)
公太くん
御嶽山噴火
NHKオンデマンド

明日へつなげよう (バラエティ/情報)
10:48~

御巣鷹の尾根は大切な場所となっている。「君に見せたい東北がある」では秋田・山形蔵王・富士を紹介する。

「君に見せたい東北がある。秋田・大館編」「山形蔵王編」「福島・猪苗代 裏磐梯編」の映像が流れた。きりたんぽや樹氷など、各地のセールスポイントを紹介。詳しくは、君に見せたい東北がある。HPまで。

福島・飯舘村の人たちのメッセージを紹介。いいたて雪っ娘を育てる女性、実証栽培を行う男性が前に進み続けるなどと伝えた。

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富士市(静岡)
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比内地鶏
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玉こん
樹氷ライトアップ
しぶき氷
雪下キャベツ
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わかさぎ
きりたんぽ鍋
わかさぎの天ぷら
大館(秋田)
磐梯山
猪苗代湖
桧原湖
秋田杉
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飯舘村(福島)
いいたて雪っ娘
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