明日へ−つなげよう− 証言記録「宮城県亘理町 よみがえれ!東北一のいちご畑」

放送日 2017年11月26日(日) 10:05~10:53
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

宮城県亘理町には100棟のハウスが立ち並ぶ“いちご団地”がある。かつて東日本大震災で壊滅、さらに土から塩が吹き出る塩害に見舞われた。しかしボランティアがハウスの再建に奮闘、いちごの苗もすべて流されたが栃木県の農家が提供してくれた。また亘理町の子孫からも救いの手が差し伸べられた。全国の支援に支えられて復活した亘理町の6年を追った。

キーワード
いちご
亘理町(宮城)
いちご団地
栃木県
東日本大震災
塩害

震災証言記録 (バラエティ/情報)
10:08~

宮城県 亘理町では昭和30年頃から温暖な気候を利用したいちごのビニールハウスが立ち並ぶようになった。震災前は250軒余りが腕を競い合い、大勢の観光客が訪れる東北一のいちごの産地だった。いちご農家 丸子忠志さんはいちご一筋で家族を支えてきた。しかし亘理町は震災による7メートルを超える津波に襲われ面積の半分が浸水、犠牲になった町民は300人を超えた。丸子さんのものを含めいちご畑の9割は壊滅。さらに塩害が追い打ちをかける、海水が畑に染み込んで塩が吹き出してきたのだ。多くの農家が再開を諦めようとする中、丸子さんはいちごしかないと再開を目指す。同じ志を持っていたのが、当時のいちご生産連絡協議会 会長 宍戸孝行さんだった。枯れたはずのいちごから新しい芽が出ていたことに感動し、畑の塩分を洗い流すことに挑戦した。一方丸子さんは地面ではなく棚の上のプランターなどに新しいいちごを栽培する「高設栽培」に行き着いた。しかし震災の足跡は深く先が見えない状況、そこに菊池裕子さんらボランティアが集まった。

ボランティアたちはハウスの組み立てや高設栽培用の棚作りでも活躍、さらに塩分を減らす作業にも力を貸した。塩分が高い地下水に水道水を混ぜて使える装置を作り上げたのだ。この装置によって水道水が節約できた。他のいちご農家もボランティアの助けで復興しつつあった。しかしいちごの苗が津波で流されてしまっている。農家一軒あたり1万5千~2万本が必要で農家全体となると途方もない数になり入手は不可能だった。そこに栃木県 大田原市のいちご農家 佐藤和夫さんから“収穫後のとちおとめの蔓なら提供できると”亘理町に伝えられた。6月、40人のイチゴ農家が栃木を訪れた。佐藤さんは仲間の農家にも働きかけ、片付けておくはずの蔓のついた苗を1か月近く残しておいたという。亘理町の農家が蔓を摘んでいたその時、真っ赤に実ったとちおとめが目に止まった。彼らは許可を得て嬉しそうに食べた。佐藤さんは彼らへのいちごへの愛情を感じたと話す。51万本の蔓を摘んだ亘理町の農家はすぐに苗作りを始めた。

丸子さんの息子 丸子裕人は一家を支えるため工務店に勤めていたが、いちごへの思いは次第に募ってきた。そうした中、伊達市から移住していちごの栽培を立ち上げてもらえないかとの提案が舞い込んできた。日当は1万3000円の保証とハウスなどの設備もあり、住宅も無償で提供するという破格の条件だった。伊達市 菊谷秀吉市長はいちごをやってみたいという思いがあ以前からあったと述べた。丸子さんは裕人さんにも勧められ4組の農家と共に伊達市に移住した。札幌の洋菓子店の社長(当時)長沼昭夫さんは曽祖父が伊達亘理藩の出身だということで、自分のルーツである亘理のいちごを使おうと伊達市のいちごを全て買い取り、裕人さんたちを全面バックアップした。

2011年10月、丸子さんの高説栽培の畑では苗は成長していたが、栽培方法が変わったためにこれまでの経験などが通用しない病気やダニなどの問題が発生した。育ちの悪い葉を取り除く作業に入るが息子がいなくなり人手が足りていない。そこに再びボランティアの菊池裕子さんが訪ねてきてくれた。丸子さんは訪ねてきたボランティアにその後のイチゴ畑の状況をメール等で送り続けており、他のボランティアも手伝いに来てくれた。12月、イチゴ畑は収穫の時期を向かえ宍戸さんや丸子さんの畑でもイチゴが収穫できた。しかし出荷量は震災前の7分の1でこのままでは経営が成り立たない。

12月に本格的な復活を目指す会合が町と農家の間で開始された。町が打ち出したのが「いちご団地」構想、最新式の高設栽培の設備を持つ大型ハウスを一箇所に集め効率化を図る。不安を訴える農家もいたが「いちご団地」はスタートし、2013年9月に「いちご団地」が完成した。水遣りや肥料などを自動で行える最新式の設備を備え栽培開始から一ヶ月、イチゴの花が咲き始めたが受粉ができなくなってしまった。ハウス内に巣箱を設置するもみつばちが花に止まらなくなり、寒さで死んでしまう状況が発生してしまったためだったが原因がわからず、丸子さんは北海道でみつばちについて学んでいた裕人さんにも相談。巣箱の温度を高くしないようになどのアドバイスをもらい巣箱を扉近くに設置すると、みつばちが受粉をするようになった。2013年11月に「いちご団地」が初出荷を迎え、出荷量も震災前の6割まで回復した。

2015年9月関東地方北部で台風に伴う豪雨被害が発生、栃木県鹿沼市などのいちご畑が川の決壊などで多くの被害が出た。被害を聞きつけた亘理町の農家たちは4万本のいちごの苗を送り支援した。北海道伊達市に移住した裕人さんの栽培も順調に進み、いちご作りの後輩も育ってきている。丸子忠志さんは裕人さんが仕事をやりきるまでは農家を続けていきたいと思い、震災から6年経った丸子さんの畑には菊池さんをはじめとするボランティアが手伝いにきている。

キーワード
震災
塩害
高設栽培
いちご
亘理町(宮城)
いちご生産連絡協議会
大田原市(栃木)
とちおとめ
イチゴ
伊達市(北海道)
札幌市(北海道)
北海道
みつばち
鹿沼市(栃木)

明日へ つなげよう (バラエティ/情報)
10:48~

震災の被災地で始まった取り組みが全国で注目を集めている。岩手県大槌町で盛んで行われている数学パズルだ。ところどころ数字が抜けている、1から9までの数字が入るブロックが縦横9つあり、隣のブロックを含めた行列に重ならないように埋めていくというもの。大槌町ではこの秋に全国初の検定が開催される。

岩手 大槌町で数学パズルが盛んになっている。ある仮設住宅では月2回 高齢者が集まりパズルに興じている。この教室を開いているNPO法人 ソーシャルハーツ 川上誠さんは心のケア、生きがい作りが被災地には必要だと述べた。99歳の大下キヨさんは自宅を流され仮設住宅で無為に過ごすことが多かったが、今でもパズルの魅力に取りつかれたという。9月大槌町で数独技能検定が開催され、大下さんは11級に合格した。

被災地からの声 宮城・女川町から伝えた。伊藤和幸さんはとにかく前へ進むと話した。鮮魚店の今野和夫さん、渡辺克之さんは徐々に復興していることを伝えた。

キーワード
大槌町(岩手)
震災
数学パズル
NPO法人 ソーシャルハーツ
女川町(宮城)

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