明日へ−つなげよう− 三十一文字の思い〜知花くららと“震災の短歌”〜

放送日 2017年7月9日(日) 10:05~10:53
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

東日本大震災から6年。NHKでは震災のあった2011年から短歌を募集。今年も300首を超える歌が寄せられた。5月に南相馬市で歌会が行われた。岩手県などでは復興が進む中、福島県では原発事故の影響が今も影を落としている。一方で、かつての生活を少しずつ取り戻していく歓びも。作者と語り合おうと福島を訪れたのは、知花くらら。知花さんと福島の繋がりは震災翌年から。毎年、夏に子どもたちを照間島に招いている。

キーワード
東日本大震災
公開復興サポートin南相馬
南相馬市(福島)
岩手県
宮城県
照間島

三十一文字の思い〜知花くららと“震災の短歌”〜 (バラエティ/情報)
10:09~

南相馬市。この地には馬と人の独特の文化がいきづいている。その絆を詠んだ詩が寄せられた。短歌の作者・柴田征子さん。南相馬市で行われている相馬野馬追。花火と共に打ち上げられた旗を取り合う勇壮な祭り。旗を取ることは一世一代の名誉とされている。南相馬には馬追い参加するためだけに馬を飼い、手入れをする一家が数多くあった。柴田さんもその一つで、家族の絆を深めるかけがえのない行事だった。

征子さんの夫・康衛さん。馬との付き合いや野馬追のしきたりを教え、孫に引き継いできた。あの日、馬たちの様子がいつもと違うことに気づいていた。

南相馬市にも避難指示が出て柴田さん一家も家を離れざるをえなくなった。結局、馬は60km以上離れた郡山の牧場へ。その情景が詩になった。馬も悟り、寂しそうな顔をして馬運車が来ても動かなかったという。一ヶ月ほどして自宅に戻ったが当時は自分たちの食料でさえ支援物資に頼らざるを得ないで、馬を飼える状況ではなかった。あれから6年、野馬追は続いているが新潟や青森から借りてくるのが主流で、自分で飼う人は少なくなったという。

柴田さんにとって震災を短歌に読むことは、記録に残すっていうときに歌で書けたらいいことだし、後世に伝えることも大切と語った。

福島では今も4万人以上が仮設住宅で避難生活をしている。作者の杉本慧美子さんは震災当時暮らしていたのは南相馬市の小高地区で原発から20km県内にある。震災の一ヶ月ほど前に亡くなった夫のお骨を持って避難先を転々とした。杉本慧美子さんはここが6箇所目で1年で6箇所回りここが5年目。最初は福島に娘がいるから福島へ行ったが高かったので、栃木に夫の妹がいたのでそこに行きまた米沢で息子の友だちが家を見つけてくれてそこに行ったとコメントした。杉本さんの息子は避難生活に終止符を打とうと、避難指示が続く20kmの外に新たな土地を求めることにした。自宅のある小高地区の避難指示が解除されたのは去年7月。今となってはもう帰ることは出来ない。

杉本慧美子さんは短歌にある後ろめたさについて、若い方が復興のために一生懸麺努力しているのに戻らないっていうのが気がひけるところで申し訳ないと思うがそれぞれの事情がある。子どもが良ければそれでいいと思っているから問題ないが「家があるのに帰らないのか」って言われるのが申し訳ないとコメントした。

杉本慧美子さんは孫が避難の最中に「俺たちは長生きできない」と言ったが「そんなことない」って言いながらもどうなんだろうとちょっと思って私としてはショックだったとコメントした。また原発は怖いと思いながらも安全とは言い切れなくても安全であってほしいとコメントした。

震災後何度も福島を訪れる知花さん。その訳は沖縄に招いた福島の子供たちとの再会。外で遊ぶこともままならなかった子供たちを震災の翌年から祖父の故郷慶留間島でキャンプを始めた。第1回のキャンプに参加した右京くんは当時6歳、今は元気な野球少年。福島の子どもの成長を見守り続ける知花さん。その思いが詩になった。

高校生からもたくさんの短歌が寄せられた。短歌づくりが盛んな宮城県小牛田農林高等学校文芸部は全国大会短歌甲子園で優勝経験もある。当時小学4年制だった日下詩音さんは「思い出の、校舎にひびが、刻まれた、あの日のことを、心に刻む」と読んだ。

一方経験していなくても被災者の話を聞いて短歌にした人もいる。津波で大きな被害を受けた気仙沼市の神社の神主から漁師ですら海を怖がるようになったと聞かされた。「『海が恐い』語った漁師の、ことを知る、その日の夜の、わかめのみそ汁(小牛田農林高校3年大友拓人)」大友さんは現地の方の話は現実味がまして映像だけじゃ伝わらないようなところまで聞けるのであんまり他人事にしたくない。逆に震災で学ぶことも多かったのでこれからも大事にしていきたいとコメントした。

先輩から受け継いだ震災の短歌は後輩につないでいく。田中さんは今明るく笑っている人たちも心の底では悲しい記憶がある。そういう人たちの気持ちを伝えていくことをやめてしまったら報われないとコメント。本間さんは行きている間に同じようなことがあったら二の舞いにならないようにしたいとコメントした。

わが庭の、汚染土いまも、埋め置かれ、ささりしままの、刺にも似たり(福島県福島市鈴木丈子)。原発の、事故より猪、ふえしとふ、踏み拉かるる、馬鈴薯の花(福島県福島市鈴木丈子)。非難して、戻らぬ友と、残るわれ、また噛み合わぬ、重たき受話器(福島県相馬市桑折和子)。

揺れ止んで、それでも鈍く、震えてた、太鼓の唸り、今も聴こえる(仙台白百合学園高校2年三部愛結)。三部さんは震災当時音楽室にいて、揺れが止んでも倒れた太鼓の音だけが響いていて今も忘れないという。「家の都合」で、次々転校する、友の、本当の理由、わからないまま(仙台白百合学園高校3年平島和灯)。平島さんは震災後に転校してしまった友人が多く、家の都合という言葉がとても寂しく感じたという。婆ちゃんの、すべて殺した、海だけど、恨めないんだ、大好きな海(仙台白百合学園高校1年菊地洸美)。地震の後津波で流された婆ちゃんの家をみて言葉を失った。大好きな婆ちゃんのすべてを奪った津波に自然の恐怖を感じ地震前までは大好きだった海を恨んだという。

常磐線、長き不通の、時終えて、試験車両が、尾花をゆらす(宮城県亘理町小西三郎)。去年12月の開通に備え、11月には試験車両が亘理~相馬間を何度も往復し途絶えていた線路が復旧し試験車両とは言え初めて通ったときは感動したという。漁師等の、笑顔も乗せて、戻り来る、試験操業の、あさりの船は(福島県相馬市菊地ヤス子)原発事故より5年ぶりにあさりの試験操業があった。今年も4月から始まり漁師さんたちの喜んでいた。大津波に、のまれし魂を、しづめむと、六年ぶりの、じゃんがらの鉦(千葉県茂原市植田辰年)。又葉町の山田地区に伝わるじゃんがら念仏踊りが震災後6年ぶりに双葉町の海岸で鎮魂のため奉納された。

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じゃんがら念仏踊り
亘理町(宮城)
茂原市(千葉)
双葉町(福島)
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