奇跡の色 備前・森陶岳 巨大窯に挑む 2016年1月5日放送回

放送日 2016年1月5日(火) 14:05~14:45
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
14:05~

オープニング映像。今日は古備前を越えようとしている陶芸家森陶岳の一年に及ぶ記録。

奇跡の色 備前・森陶岳 巨大窯に挑む (バラエティ/情報)
14:07~

岡山県瀬戸内市の丘陵地に森陶岳の工房がある。5年前に妻を亡くし家事全般をこなす。服用する薬が多く腹がふくれるほどだという森陶岳は血圧が高く、無理をするなと医者から言われている。

森陶岳の作品を紹介した。均整の取れた美しいな佇まい、土の素朴な表情、窯の炎が焼き付けた変化に飛んだ模様が特徴。絵入れはしないがごまと呼ばれる備前独特の模様がつく。古備前とは桃山時代に絶頂を迎えた作品群をさし、森陶岳いわくエネルギーを発している。1年前の正月に85mの巨大窯がついに火入れの時を迎えた。窯を作り始めてから30年2000点の作品が窯の中にある。85mの窯からほど近い岡山県備前市伊部では百件を越す窯が操業を続けている。その街の一角に陶岳の生家が残っている。

備前焼の名門の跡取りとして生まれた。実家の裏に父から受け継いだ窯があり、子供の時は、釜に入れたものが炎がはっきり見れた感動を覚えていたがという。25歳で美術教員を辞め家業を継ぎ、表面に模様をつける斬新なアイディアで高い評価を得た。有頂天の矢先、ある美術館で古備前を目にし、自身を喪失した。古備前を調べる中で苦労したのは文献資料がないこと。窯の遺跡に足を運び、自ら図面を起こし古備前が全長50mの窯で作られたことが分かった。森陶岳は36歳の時借金をして兵庫県相生市にこれと同じ窯を築いた。

窯焚きの日から3ヵ月ほど、火を絶やすことは許されない。火入れから一ヶ月がたったある日の深夜2時、森陶岳が注意を向けていたのは窯の温度を示すメーター。左右の温度差が大きすぎると大きな器を焼く際に不都合が生じてしまうのだ。朝までかかってようやく温度を調整することに成功した。森陶岳が古備前に追いつこうという気持ちから、古備前を超えたいという気持ちに変わったのはある発見がきっかけ。

50mで10年が経った頃古備前の域に達したと感じる作品ができたが、それでも森陶岳には解けない謎があった。どの断面も完璧な円を描いていたのだ。森陶岳はこの謎を窯の遺跡で見つけたヒントから、おもりを壺の重心にたらすことで綺麗な円を描いていたことを突き止める。古備前の模倣を捨て去り、自分なりの進化を加えたいと考えるようになった。そこでたどり着いたのが85mの巨大窯だった。

大窯での作業には仲間の存在が欠かせないが、森陶岳には息子の他に7人の助っ人がいる。窯焚きから2ヶ月が達、色味と呼ばれる器の焼き具合を示す小さな標本を取り出すと薪の灰が熱で溶けることなくこびりついていた。竹を投入し、火力を上げ積もった灰を溶かそうと考えたが竹はすぐに燃え尽きてしまうため火力を保ち続けるためには連続して焼べていかなければならない、作業は連日休みなく続けられた。

5日目、再び色味を取り出すと積もっていた灰が溶けていた。巨大窯がもたらした試練を陶岳たちは結束力で乗り越えた。森陶岳は仲間たちに手料理を振る舞う。火が入ってから3ヶ月と2週間、窯焚きの作業が全て終わった。急激な温度変化から窯を守るため穴を閉じる。これから3ヶ月間は窯が冷めるのを待つ。不安要素がどんどん積もるなか、窯出しの日を迎えた。森陶岳は古備前の職人たちも成し得なかった5石の大かめの作成に成功していた。また、これまでにみたことのないような炎の模様をとっくりに見出し、この後どのような作品が出てくるのか想像を膨らませた。

恐ろしいことが起きているといって窯から取り出したのは、白いごまをまとった作品たち。まるで綿菓子のようだと形容した。森陶岳は作品を持っておもむろに歩き出し、部屋に飾り、尋常なものとは思えないと話した。

森陶岳が取り出した花瓶の降り積もる雪のような色は、古備前を超えてみせると43年に及ぶ努力を積み重ねた一人の陶工にもたらした奇跡の色。10月、巨大窯から全ての器が取り出された。森陶岳の気持ちはもう次に移っていた。命あるかぎり次を見たいという。

キーワード
瀬戸内市(岡山)
古備前
備前市(岡山)
相生市(兵庫)

エンディング (その他)
14:44~

エンディング映像。

スポット

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