世界へGO! 徳川家康×エリザベス1世 大坂の陣の真実

放送日 2015年10月21日(水) 22:00~23:13
放送局 NHK総合

番組概要

徳川家康×エリザベス1世 大坂の陣の真実 (バラエティ/情報)
22:02~

ロンドン塔にはライン・オブ・キングスというおよそ400年前から王室の武具を展示している場所がある。その中に日本の鎧が飾られている。

どうしてロンドン塔に日本の品があるのか説明。手がかりを探るため特別に取り出してもらった。かぶとには鎧を作ったとされる岩井与左衛門のサインがあった。

今回の舞台はイギリス。面積は日本の7割ほどの島国だがかつて世界の4分の1を支配した巨大帝国の歴史がある。ビッグ・ベンの名の由来はベンジャミン卿など複数の説があると豆知識が紹介。

世界遺産のロンドン塔は今からおよそ1000年前にロンドンの中心部を守る要塞として作られた。中世の王宮や拷問場所に使われイギリスの光と影を映し出す所。ここに江戸時代はじめの日本の激動を目撃したあるモノが残されているのだがそれは何か調べる。

ハリー・ポッターのロケ地に家康の文書が眠っているという。オックスフォード大学のボドリアン図書館をサーチ&ゴー!図書館には家康の貿易許可書である朱印状があった。

1613年幕府を開いて10年ほどの家康のもとにイギリス王国の使節がやってきた。その会見の様子がヨーロッパで描かれており現物を紹介。1613年に国交樹立の記念として2代将軍徳川秀忠から岩井与左衛門の鎧がイギリス国王に贈られたという。

Go!Go!クエスチョンのコーナーで質問。「家康が“世界へ“Go!”していた?」について。東京大学・山本博文は「家康自身も新しいモノ好きで薬を取り寄せ調合している」、ロンドン大学・タイモン・スクリーチは「当時一番上の君主は皇帝“大御所”これが家康の名前と思われていた」、作家・島田雅彦は「生きた時代が戦国時代、大航海時代。戦国時代のアドバンテージをとる」とスタジオコメント。

家康の置き時計(国指定重要文化財)は約440年前にベルギーで作られた。日本最古の置時計となっている。スタジオでレプリカで中の仕組みを紹介。久能山東照宮・落合偉洲がスタジオで解説。1609年9月30日スペインの船が現・千葉県御宿の海岸に漂着、彼らを送り届けてあげた。お礼にスペインの国王から家康公が頂いたとされる。目覚まし時計について言及。

イギリスで行われているやや不思議な歴史イベントへ潜入。「ウィル・アダムス」と表記されている看板を発見。

イギリス・ジリンガムにも日本の戦国時代に関するものがあるということでサーチ&ゴー。

ヨーロッパにはローマ法王を頂点とするカトリック勢力、ローマ法王の支配を嫌うプロテスタントの2つの勢力があった。カトリックとプロテスタントは対立を繰り返していた。やがてこの対立は地球規模に拡大していき日本にも影響が出始めた。日本がカトリックとのポルトガルと貿易を始めると宣教師が来日しキリシタンの数が30万人と急激に増えていったという。一方でプロテスタントは日本に貿易だけが目的だと幕府に言った。

ウィリアム・アダムス(三浦按針)は1600年に日本に漂着、家康の側近に取り立てられた。関ヶ原の戦いの半年ほど前。大英図書館には記録文書が残っている。アダムスの手紙について解説。ドーバー海峡の戦いである史上屈指の海戦、イギリス(プロテスタント)vsスペイン(カトリック)の戦いである。激闘の末イギリスがスペインを下した。アダムスはこの戦いに補給船船長として加わっていた。

家康にとってプロテスタントと貿易を行えばカトリックへの牽制になると考えた。

日本とイギリスが出会った1613年は大坂の陣の1年前で世界と日本の歴史が今動き始めた。

エリザベスによって1577年に建造されたゴールデン・ハインド号の復元船を紹介。1580年世界一周成功、投資資金の40倍もの富を持ち帰ったとされる。船内にある大砲には薔薇(エリザベスの家紋)が。大砲は女王陛下の大砲はお宝を積んだカトリックの船を襲うためだった。ゴールデン・ハインド号案内人・クライブ・グリーンウッドは「奪ったお宝は半分は自分のもの、半分は女王陛下のものになる」と解説。

無敵艦隊との戦いに勝利したイギリス、その原動力はカトリックとの戦いに生涯を捧げた女王、エリザベス1世である。1558年エリザベス1世即位の時イギリスは海外進出を果たすことが出来ずにいた。スペイン、ポルトガルはローマ法王のお墨付きで世界中の移民場所を分け合うルールを設定、イギリスなど後発国の参入は非常に困難だった。作家・ロバート・ハッチンソンは「彼女はいつも最強の男より強く残酷な男よりもっと非情であろうとした」と話した。

イギリス・ハットフィールドは、エリザベスが少女時代を過ごした場所。ハットフィールド・ハウスで日本の歴史に関わる品をサーチ。螺旋細工の小物いれを発見。

プロテスタントとカトリックの対立によってイギリス国王暗殺未遂事件が引き起こされた。その象徴はメアリー・スチュアートとエリザベス1世の対立。エリザベス1世は何度も命を狙われこの事件でメアリーの仕業だとみなされた。商館長のコックスは物騒なイギリス情報を幕府高官に伝えていたとされる。

GO!GO!クエスチョン エリザベス1世と家康は似ている?山本さんは、幼少期の苦労が彼らの忍耐強い性格を生み、成功した後は2人とも栄光の時代の始まりの国王・将軍だったと話した。タイモンさんは、2人とも自由なところがあったと話した。

日英交流史を研究する 中央大学教授のデレク・マサレラさんはイギリスの2人の女王の対立と1614年当時日本で対立していた徳川家康と豊臣秀吉の関係には似たところがあると読み解く。

1614年2月徳川家康は日本のカトリック勢力に対して本格的な弾圧を始めた。全国でキリスト教を禁止し宣教師を追放した。家康の徹底的に行なった弾圧の痕跡が近年サント・ドミンゴ教会跡で見つかった。

エリザベスは東インド会社を設立、世界進出を続けて大英帝国を築こうとした。作家・ロバート・ハッチンソンは「エリザベスはイギリスを地球規模の大国にしようとしていた」、「貿易の利権を守り拡大するために戦争までするようになる」とコメント。1603年エリザベス1世は69歳で死去。

エリザベスの死の10日前、家康は征夷大将軍に就任。側近アダムスの手紙には「皇帝家康さまは私にイギリス式のやり方で80トンの船を建造するよう命じた」と記されている。

ハットフィールドハウス初代主ロバート・セシルは、日本の家康に国交を求めた時のイギリスの最高権力者の1人。このセシルの部下・リチャードが長崎にやってきていて、同僚には家康に従えたウィリアム・アダムスがいる。このルートで、厄介な火種が日本に持ち込まれることになった。

1614年の12月に大坂冬の陣が開戦し徳川勢は20万の大軍で大阪城に押し寄せた。しかし1月経っても城は落ちずに大苦戦を強いられた。去年開業したあべのハルカスに登って家康が冬の陣で苦戦した理由を 探る。当時の大阪城は現在の皇居のおよそ3倍の大きさで世界最大級の巨大城郭だった。さらに塀と堀や防衛拠点真田丸で周囲を覆われていたため徳川軍は城内に入ることさえできなかった。

追い詰められたキリシタンや宣教師は信仰を守るため大阪城に逃げ込んだ。大坂の陣直前には少なうとも7人の宣教師が城に立てこもったという。

大砲の謎を解き明かすためイギリス・フォートネルソン王立武器庫にやってきた。淀殿を震え上がらせた大砲は、カルバリン砲でイギリスから来た可能性が高いと学芸員のニコラスさんは話す。

ロンドン大学のタイモンさんはカトリックはプロテスタントの存在を日本人の耳に入らないようにしていた、ヨーロッパは全面的にカトリックだと日本にずっと言っていたがニュースなどで家康をはじめ日本人は初めてヨーロッパが宗教的に統一していないと分かったなどと説明。東京大学の山本教授は家康が禁教令を出したためにキリスト教の地保を守ろうとする勢力は大阪方につくなどと説明した。

徳川実紀の日記には女性たちが駒のように打ち砕かれ淀殿は恐怖したと砲撃時のことが綴られている。この砲撃により豊臣方は停戦に追い込まれた。砲撃は届かないはずだなぜ淀殿のところまで届いたのか。大坂の陣図絵巻には異様に細長い大砲が描かれているが、これがその手がかりとなる。

16世紀のカルバリン砲は長さ335センチ、重さ2トンで火薬が入っていない鉄の玉が発射されていた。砲丸のようだと思うが、カルバリン砲を実際に発射させた映像を見てみると有効射程は500mで90m先の厚さ15センチの板を貫通していた。

1588年にはエリザベス1世はカルバリン砲を利用しイギリス艦隊がスペイン無敵艦隊を打ち破った。ニコラスさんは、西洋が世界を数百年支配できたのはこの大砲のおかげだったと話した。エリザベス1世は、この大砲を大量生産するためウィールドに大砲工場を建設。その溶鉱炉が2分の1のスケールで再現されていた。水車が大量生産の秘密で、人力に頼らず鉄の大量生産が可能となった。ジェラルドさんは、1年で3300門の大砲を生産することが出来きたと話した。こうして手に入れたカルバリン砲を家康は4門購入した。

世界各地の大砲の分析にあたっている別府大学の上野さんが文献上の資料を元に大坂冬の陣で大砲を備えていた部隊を割り出した。

こうして仕入れたカルバリン砲を家康は、大阪冬の陣でどう運用したのか。世界各地の大砲の分析にあたっている別府大学・上野さんは大砲は激戦が予想される城の南側に配備されていたがカルバリン砲はその反対側に設置したと予想した。防衛大学・大野さんに備前島から放たれたカルバリン砲の威力をシミュレーションしてもらうと衝撃力は厚さ40センチのコンクリートも貫通する力だった。研究者のシミュレーションを使い大阪冬の陣の攻撃を再現した。

淀殿を怯えさせた家康は外国製の大砲で冬の陣を一気に停戦させた。1615年の大坂夏の陣で豊臣家は滅亡、家康はイギリスの陰の力で徳川の天下を盤石なものにした。

スタジオではイギリスからのカルバリン砲が大阪の陣に大きな影響を与えたと伝えた。タイモン・スクリーチは精神的に大きな役割があったと思うと語った。タイモン・スクリーチはイギリスはカルバリン砲以外にも鉄砲や火薬をアダムス経由で売っていたと伝えた。戦いそのものも輸入していると伝えた。また貿易と軍事力は切り離せないと話題になった。

1616年に徳川家康が死去した。2代将軍の徳川秀忠は宣教師やキリシタンを日本から排除すべく弾圧を強めたと伝えた。また鎖国政策へとその後進んでいくと伝えた。平尾良光は鎖国の背景には海外の軍事物資の拡散があると伝えた。

キリスト教を布教してないイギリスがなぜ消えたのか伝える。イギリスは日本人を奴隷として買い取りしたうえ、浪人をお金で雇って傭兵として使っていたと伝えた。またイギリスは海賊行為をしていたと伝えた。1623年にイギリスは日本から撤退した。その後イギリスは植民地支配で巨大帝国に成長した。

スタジオでは当時の日本とイギリスの関係について話題になった。山本博文は当時の日本について、軍事国家でありながら戦争をやらない奇妙な国家だったと語った。

キーワード
ライン・オブ・キングス
岩井与左衛門
ビッグ・ベン
ロンドン塔
バッキンガム宮殿
ボドリアン図書館
ロンドン(イギリス)
徳川家康
関ヶ原の戦い
ハリー・ポッターと賢者の石
オックスフォード大学
三浦按針
カトリック
プロテスタント
ポルトガル
スペイン
オランダ
イギリス
長崎大学
家康
久能山東照宮
御宿(千葉)
ジリンガム(イギリス)
大英図書館
ハットフィールドハウス
ドーバー海峡の戦い
エリザベス1世
ローマ法王
ロバート・ハッチンソン
ゴールデン・ハインド
メアリー・スチュアート
クライブ・グリーンウッド
中央大学
サント・ドミンゴ教会跡
ハットフィールド(イギリス)
エリザベス
東インド会社
征夷大将軍
ロバート・セシル
長崎県
豊臣秀頼
東京大学
ロンドン大学
徳川実紀
大坂の陣図絵巻
大坂冬の陣
フォートネルソン王立武器庫
大阪市(大坂)
真田信繁
ウィールド(イギリス)
真田丸
大阪冬の陣
別府大学
防衛大学
大坂夏の陣
大阪の陣
アダムス
徳川秀忠
キリスト教

オープニング (その他)
22:00~

今から400年前に起きた大坂の陣について徳川家康の勝利を陰で支えたのがイギリスだと言われている。歴史の真相を求め取材班がイギリスへと向かった。

キーワード
大阪府
イギリス
徳川家康
エリザベス1世

エンディング (その他)
23:12~

エンディング映像。

  1. 10月21日 放送
  2. 次回の放送