にっぽん紀行 わたしの“奥駈道”をゆく〜奈良 山伏修行〜

にっぽん紀行(にっぽんきこう)は、NHK総合テレビジョンとNHKワールド・プレミアムで不定期に放送されているドキュメンタリーシリーズ。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年11月3日(金) 5:15~ 5:50
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
05:15~

奈良県吉野町は修行道の開祖である役行者像があり、山伏の聖地として知られている。今年も多くの人が修行に訪れた。奈良吉野から和歌山熊野へと続く大峯奥駈道は1000年以上続く修行の道。

キーワード
大峯奥駈道
吉野町(奈良)
熊野(和歌山)
山伏

わたしの“奥駈道”をゆく〜奈良 山伏修行〜 (バラエティ/情報)
05:17~

9月はじめ山伏修行の参加者たちが京都の聖護院に全国から集まってきた。18歳から68歳までの32人、年齢も仕事も様々。参加者たちは過酷な環境に身を置かないと自分を見つめ直せないなどとは話した。参加者たちは初日聖護院で安全祈願を行った後、奥駈道に向かう。大峯奥駈道は古来より庶民や貴族が行き来をした祈りの道。奈良吉野を出発し、2000m近い山々を超え100kmの道のりを4日間かけて歩く。修行の始まりは午前3時、1日12時間歩き続ける。険しい岩場を登るなど修行は命がけ。山伏修行は死と向き合うことで新たに生まれ変わるとされてきた。

静岡県から来た赤石琢磨さんは歩くのはいつも列の後ろ、休憩中も誰とも話すことはない。赤石さんは学びにきている修行なので無理にコミュ二ケーションはとらないと話す。赤石さんは20年のキャリアを持つ塗装工で、30代で独立し会社を起こした。若い頃から誰にも頼らず仕事を増やし家族を養ってきた。赤石さんのやり方に反発した職人は去っていき、家族も家を出て今は一人で細々と仕事を続けている。変わらなければ誰にも相手にしてもらえないと思うようになった。修行2日目、赤石さんは足に痛みが出ていた。修行3日目、足の具合は悪化していた。ひざに炎症が起き強い痛みが襲っていた。周囲の参加者たちが声をかけるが、赤石さんは誰の力も借りず修行をやり遂げたいと一人で歩き続けていた。

今年4月に僧侶になったばかりの赤澤隆香さん18歳は初めての山伏修行。赤澤さんは高校生のとき、親戚の家に後継ぎがいないことで僧侶となった。今年の春から聖護院で始まった修行の日々で赤澤さんの生活は大きく変わった。赤澤さんは体力的にも精神的にもしんどい、自分が負けてしまわかないかと心配、不安も感じていた。山伏修行をやりきれば自信が持てるかもしれないと思い参加した。赤澤さんの前に立ちはだかったのは危険な行場である大日岳の絶壁。赤澤さんは岩の壁を自力で登り切った。

山伏修行3日目、参加者たちの疲れはピークになっていた。誰の力も借りずひとりで修行を成し遂げたいと思っていた赤石琢磨さんの足の痛みはひどくなり、修行を続けるのが危うくなっていた。ひざの痛みは限界に達していたが、先輩の山伏が赤石さんに選択を迫ると赤石さんは修行を続けるとした。赤石さんの足の負担を減らそうと先輩たちが荷物を運ぶようになった。仲間が赤石さんを励ます。赤石さんは知り合いでもない私に手を差し伸べてくれたから遅れてなるものか思い歩き続けた。この日の目的地にたどり着き、赤石さんはみんなのおかげ、みんながいてくれたからと話した。4日目は急斜面を降りる。これまでにない想いが赤石さんの背中を押していた。100キロの山道を歩き続けた一行が前鬼に到着した。赤石さんも拍手で迎えられ、これまでに言うことがなかった感謝の言葉が出た。それぞれが少しだけ変わることができた山伏修行が終わった。

最年長の大地勝義さん68歳は36年ぶり25回目の参加だった。息子の真人さんと共に高知から来た。勝義さんの住む高知県津野町は過疎化が進む山間の集落で、勝義さんの家は代々畜産業を営んできた。今年息子の真人さんが会社員を辞めて家業を継ぐことになった。勝義さんは家業の傍らで寺の住職や町の議員を務めるなど町を支えてきた。息子の真人さんには地域のまとめ役も担えるようになって欲しいと願っている。最も厳しい修行のひとつ、西の覗は断崖絶壁に吊り下げられる修行。勝義さんは真人さんに修行の意味、物事をしっかり見ろと伝えた。苦しくても現実から目を背けるなというのが勝義さんが息子に伝えたかったメッセージだった。

キーワード
大峯奥駈道
山伏
聖護院
吉野(奈良)
京都府
静岡県
大日岳
過疎化
津野町(高知)
西の覗

エンディング (その他)
05:47~

エンディング映像。

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