こころフォト 「あの日から8年 いま誓うこと」

放送日 2019年3月11日(月) 10:05~10:48
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

オープニング映像が流れた。

あの日から8年 いま誓うこと (バラエティ/情報)
10:05~

亡くなった4人の家族へ千葉孝幸さんからのメッセージ。平成は峰ちゃんとの出会い結婚。雄貴と一世が生まれ幸せな時を生きていた。そして東日本大震災が親子の歯車を狂わせた。新しい年号に変わる今年は新しい気持ちで前に進む年にしたいなどと綴った。

「こころフォト」では行方がわからない方の写真と家族のメッセージを紹介している。宮城県石巻市の女の子は亡き姉への思いを写真で伝えている。

先月東日本大震災の写真展が開かれた。撮影したのは小学5年生の佐藤珠莉ちゃん。震災でたった1人の姉を亡くした。宮城県石巻市では約4000人が犠牲となった。珠莉ちゃんの父は単身赴任で母と暮らしている。写真を撮り始めたのは2年前でお古のカメラを譲ってもらったのがきっかけだった。特別な思いで撮った1枚の写真には姉の遺品という焼け焦げた小さな上履きがうつっていた。姉の愛梨ちゃんは珠莉ちゃんの3つ年上で人を笑わせるのが大好きだった。そんな姉が大好きでいつも後ろをついてまわっていたという。あの日姉の愛梨ちゃんは幼稚園にいた。地震発生後愛梨ちゃんが乗った送迎バスは津波に巻き込まれ周囲は炎に包まれた。3日後焼けたバスのそばで愛梨ちゃんは見つかった。姉の帰りを待つ珠莉ちゃんの姿を母は忘れられないという。

珠莉ちゃんは七夕のたびに会いたい気持ちをつづってきた。愛梨ちゃんの部屋には自分で選んだという大好きな水色のランドセルがあった。小学校にあがる目前で生きていれば中学2年生になっているはずだった。中学校のかばんには珠莉ちゃんが姉のために入れた教科書や文房具が入っていた。去年の夏、珠莉ちゃんは愛梨ちゃんの歳を5つ追い越した。いつしか珠莉ちゃんは写真を撮りながら愛梨ちゃんに話しかけるようになった。特に思いを伝えたい時に写すのが青空。愛梨ちゃんが好きだった水色の空。一緒に過ごしたかった時間を写真を通じて会話を積み重ねている。

早朝5時。珠莉ちゃんには自分で決めた日課がある。愛梨ちゃんにお茶をいれた後1時間半の勉強。実現したい目的ができた。人の悲しみや喜びを伝える仕事がしたいと思い始めるようになったという。震災から8年を目前にしたこの日。珠莉ちゃんはカメラを持ってでかけた。向かったのは海の近くの公園。愛梨ちゃんに今の自分を伝える写真を撮りたいと思っていた。撮っていたのは青空の写真。この空に「一人でも多くの人がこういう思いをしないようにしたい」などと話した。

珠莉ちゃんから愛梨お姉ちゃんへのメッセージ。元気ですか?今わたしは夢に向かって頑張っているよ。たまにお姉ちゃんの机を貸してもらってるよ、ありがとう。初めて同じクラスになる人がたくさんいて友達も増えた。お姉ちゃんはいま誰となかよしですか?友達はたくさんいますか?これからも見守ってて。大好きだよ。

宮城県気仙沼市の佐藤伸行さん。妻の才子さんは津波に流され行方がわからなくなっていた。才子さんとは幼馴染で仲の良い夫婦だった。必ず見つけると誓っていた伸行さんは帰りを待ち続けていた。才子さんへのメッセージ。昨年12月4日午前10時頃に「奥様らしい遺骨が発見された」と連絡があった。涙がこみ上げてきた。7年と9ヶ月ぶりの再会だった。娘は涙を私は無言で心で”帰ってきてくれてありがとう”と声を掛けた。棺には妻が作った”はんてん”をかけた。

亡き娘への思いを胸に歩んだ8年だった。岩手県鵜住居地区の小笠原人志さんはスクールバスの運転手をしている。40年近く路線バスの運転手を勤めてきた。思うのは子どもが好きだった娘のこと。背が低い裕香さんだったが運動会で応援団長を務めるなどしっかりしていた。2006年には大槌町役場に就職して高齢者と向き合う日々だった。地震発生後に急いで出先から役場に戻ろうとした裕香さんは途中見つけたお年寄りを避難させようとして津波に襲われたとされている。裕香さんは高台へ向かう場所で見つかった。最後までお年寄りを助けようとした娘を思うたびにある後悔が浮かぶ。就職する娘に「公務員は全体の奉仕者だぞ」と言ったという。その時は「わかってるよ」と言われたというがそれが切ないとした。裕香さんはいつか子どもに関わる仕事をしたいと大学で児童福祉を学んでいた。しかし担当となったのは高齢者の仕事。時折母に仕事の悩みを話すことがあったという。

新たな町づくりが進む大槌町。裕香さんが務めていた役場は自宅から車で10分ほどの場所にあった。”帰ります”という連絡を受けて毎日迎えに行っていたという。月命日には足を運び続け娘を思う場所。その役場が8年を前に取り壊されることになった。3月2日解体作業終了。大切な場所を失い最近になって裕香さんの残した手帳をようやく開くことができた。悩みながらも懸命に責任を全うしようとする娘の姿があった。仕事も人生も真っ直ぐに生き抜いた娘。

小笠原さんから裕香さんへのメッセージ。今俺と母さんは保育園のうさぎのダンスや小さな身体で頑張っていた姿を思い出している。大学ではアルバイト生活で北海道旅行に連れて行ってくれた。母さんは夢を見ているようだったと、本当にありがとう。最近裕香の大学の恩師から話をきいた。「人生の最後に立ち会えることを幸せに思っている」と。裕香は立派に生きた。

齋藤誠さんから息子の翔太くんへのメッセージを紹介した。

宮城・南三陸町で、夢や目標を叫ぶ大声選手権が行われた。イベントを企画したのは高橋知輝さん。東日本大震災で父の文禎さんが津波の犠牲となり、現在も行方が分かっていない。文禎さんは野球好きで、その影響で知輝さんも野球を始めるようになり、親子で練習をした。プロ野球選手になることが親子の夢だった。知輝さんは利府高校に進学し、野球部でエース候補にのぼりつめる。しかし、右足首を骨折し、野球の道を諦めることを決めた。

知輝さんは東北芸術工科大学に進学。専攻はコミュニティデザイン学科。地域の課題を見つけ、街づくりをサポートする方法を学んでいる。知輝さんが動き出すきっかけとなったのは「身近な社会の問題を考える授業」。知輝さんは自身の課題に向き合おうとプロジェクト「僕らが!」を立ち上げ、大声選手権を企画した。

1月1日、大声選手権が開催され、高校時代の友人などが駆けつけてくれた。大声選手権では知輝さんが、トップバッターをつとめた。

キーワード
「こころフォト」HP
東日本大震災
石巻市(宮城)
愛梨お姉ちゃん
才子さん
裕香さん
大槌町役場
鵜住居(岩手)
大槌町旧役場庁舎
大槌町(岩手)
南三陸町(宮城)
東北芸術工科大学

エンディング (その他)
10:46~

東日本大震災で亡くなった方、行方が分からない方は2万2千人以上いる。残された人たちは様々な思いを抱えながら今を生きている。

こころフォトのURLが表示された。

亡くなった3人の子どもたちへのメッセージを紹介。「あの日、儚く切ない日から8年の時が流れます。子どもたちと会えない時間が子どもたちの年を超えてゆき淋しい気持ちが抑えられない時が今でもあります。でも、たくさんの幸せな思い出が私の心の中に刻まれています。あの日、生きる意味を失ってしまった人間が今新しく作っていただいた夢や目標に向かって生かされています。3人が繋いでくれたご縁に感謝しながら父さんとして生きています、父さん少しは強くなっただろう!」

キーワード
東日本大震災
こころフォト
  1. 前回の放送
  2. 3月11日 放送
  3. 次回の放送