釜石の“奇跡”〜3・11 子どもたちの記録〜 いのちを守る特別授業〜“釜石の奇跡”片田敏孝教授と子どもたち

放送日 2013年3月4日(月) 1:35~ 2:25
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
01:35~

東日本大震災で、岩手県釜石市では1000人を超す人たちが命を落としたり、行方がわからなくなっている。そんな中、釜石市では“釜石の奇跡”と呼ばれる出来事があり、釜石小学校にいた184人の子どもたちは自らの力で生き延びた。また、自分の命だけでなく、まわりの人の命も救った。今回番組では、子どもたちの証言をもとにこの日の命のドラマをアニメで再現。

キーワード
東日本大震災
釜石市(岩手)

釜石の“奇跡”~3・11 子どもたちの記録~ (バラエティ/情報)
01:39~

午後2時46分、M9.0の大地震が発生。激しい揺れがおよそ3分間続いた。このときの様子を、証言をもとにしたアニメを交えながら紹介。拓馬くんは弟にジャンパーを着せ、すぐに避難を呼びかけた。拓馬くんは津波避難訓練を思い出し、訓練で学んだとおり避難道路に向かったという。津波で家が流されてしまったが、大事な家族を守ることができた。

震災当時、184人の児童がいた釜石小学校ではいつもより早くお昼過ぎに下校していた。学校は高台にあるために残っていれば安全だったが、子どもたちの多くは大人の目の届かないところでバラバラになっていた。当時4年生の篠原拓馬くんは、祖母と弟の3人で一緒にいた。

震災当時3年生だった内金崎愛海ちゃんは、家族みんなの命を救った。地震発生時は自宅の1階にある祖父の自転車屋にいて、友達とおままごとをする準備をしていた。そのときの様子を、アニメを交えながら伝えた。揺れが収まった後、祖父たちは家の片づけをし始めたが、愛海ちゃんは避難を呼びかけた。愛海ちゃんの真剣な訴えに祖父たちは避難することにした。

避難するときに家に到着した両親と一緒に逃げようとしたが、母親はインコの様子を見るということで愛海ちゃんたちよりも遅く高台へ向かうことになった。母親の到着を心配しながら、愛海ちゃんは授業で見たインド洋大津波の映像を思い出した。泣きながら心配していたところで母親が到着。そして、大津波が襲ってきた。津波は家の2階天井まで到達。この家に、津波到達8分前まで残っていた母は、娘が泣いているというメールを受信しなければ避難していなかったと語った。

群馬大学大学院の片田敏孝教授は、8年前から釜石の防災教育に携わってきた。震災直後は大きな被害が出ているのではないかと心配していたという。震災のあと、片田教授は釜石市の大人や子どもを対象に、震災時の避難行動を調査。すると、大人と子どもに大きな違いがあることがわかった。これまで津波が来たことがない場所では、子どもたちはすばやく避難していた。子どもたちに教えてきた3つの大事なことの1つが活かされていたという。その1つは「想定にとらわれるな」ということ。

当時6年生だった寺崎幸季さん、砂金珠里さん、山本洋佑くんたちは、地震のときに海の近くにいた。そのときの様子を、アニメで紹介。地震のあと、ビルに避難しようとしたがもっと安全なところへ避難しようと移動。普段は意見の合わない彼らだったが、このときは一緒に避難場所をかえてもっと高台へと避難した。最初に避難しようとしたビルは、津波に襲われた。

釜石小学校の子どもたちは、全員が速やかに避難したわけではない。長谷川葵くん・永志くん兄弟は、自宅の屋上へ避難したが、津波が足元までおよんできた。このときの様子をアニメで紹介。このとき葵くんは、50cmほどの津波でも人は流されてしまうという実験映像を見たことを思い出し、永志くんと一緒に屋上へと避難。その日の夜、父親が助けにやってきてぎりぎりのところで助かった。

釜石で防災教育に携わってきた片田敏孝教授は、こうして子どもたちが的確に判断できたのは、3つの大事なことのひとつである「最善をつくせ」という教えを守ったからだと考えている。

片田教授が、震災後初めて釜石市を訪れたときの映像を公開。鵜住居小学校と釜石東中学校は、大津波で全壊。しかし子どもたちは無事だった。3つの大事なことの最後のひとつは「率先避難者たれ」。学校の先生たちは、子どもたちは率先避難者になってくれたと片田教授に報告した。

震災での子どもたちの行動は、家族の絆についても大事なことを教えてくれた。当時3年生の長瀬大喜くんの自宅の隣には両親が経営するホテルがあり、いつもここで食事をしている。震災時の様子をアニメで紹介。地震のあと、大喜くんはひとりだったが“家族と離れていても避難しろ”という三陸地方の古い教え「津波てんでんこ」に従い避難。母親もひとりで避難した。避難していればどこかで会えると、避難しそして大喜くんと母親は無事落ち合えた。

片田教授は家族でバラバラに逃げる「津波てんでんこ」について、自分で自分の身を守る姿勢と家族の強い絆が必要だと語っている。

今回の震災で親しい人を亡くしたり家をなくしたりしたが、それでも子どもたちはあの日のことを忘れたくないという。釜石小学校では、毎月11日を防災の日と決めた。

キーワード
東日本大震災
釜石市(岩手)
インド洋大津波
群馬大学大学院
鵜住居小学校
津波てんでんこ
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