EXILE ATSUSHI 2012年12月25日放送回

放送日 2012年12月25日(火) 22:00~22:50
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
22:00~

EXILEのボーカルをつとめるATSUSHI。風貌は近寄りがたい雰囲気を持っているが、本人はあまりそれに納得していなかった。この番組では、ATSUSHIのサングラスの奥に秘めた素顔に迫る。

キーワード
EXILE

EXILE ATSUSHI (バラエティ/情報)
22:02~

EXILEのライブツアーの舞台裏。本番直前に全員でアップを行なっている。そしてATSUSHIは本番前に礼をしてから舞台に上がった。ライブの中盤、ATSUSHIは一人でステージ上で歌を披露。実はこのツアーから「EXILE ATSUSHI」というソロアーティストとしても活動を始めているからだった。

ライヴ後、楽屋では反省会が開かれていた。反省会は次のライブやツアーに向けての改善点などが話し合われた。

ライブから帰宅後、ATSUSHIは今日のライブを見直して、一人で反省会を行った。

12年前。ATSUSHIは歌のオーディション番組であと一歩のところで落選。半年間、そのショックを引きずり続けた。そんな中、ZOOを解散後、新グループでボーカルを探していたHIROから声が掛かる。二人の出会いから1年後の2001年。ついにEXILEとしてデビューを果たした。

この日はATSUSHIの誕生日。MATSUらEXILEのメンバーが集まり、次々と祝辞を述べた。ATSUSHIは飲み会の中で、30歳を迎えた時にこのままででいいのかといろいろ悩んだが、それが今日、スッキリしたと語った。

5月。ATSUSHIは香港国際空港に降り立った。ATSUSHIは中国や香港のエンターテイメント界に、たった一人で乗り込んでいる。例えば、2011年暮れに発表された「我願意」は動画サイトで異例の80万アクセスを獲得した。ATSUSHIは次の曲を出すためにマーク・ロイ氏と打ち合わをし、好感触を得ていた。ATSUSHIは香港に来るようになった理由を、ミリアム・ヨンのコンサートにゲストで出演した時に、ちゃんと伝わったことで自信になったと話した。

ATSUHIは、東京・目黒などで、時間の合間を縫って中国語のレッスンを受けている。ATSUSHIはようやく楽しくなてきたと語った。

6月。ATSUSHIはとある番組のゲストとして北京のCCTVのスタジオを訪れた。番組では「我願意」を披露した。しかし撮影後、ATSUSHIはイヤホンの調子が突然悪くなったと浮かない顔をしていた。ATSUSHIは悔しさを滲ませたまま、北京を後にした。

半年間の撮影の間でATSUSHIが見せた様々な顔を紹介。子どもダンサーとの交流している姿や、歌以外のことは意思が弱くて続かないと弱音を漏らした姿や、レコーディングで悩みながら作業をしている姿、そしてプライベートの飲み会で歌を披露している姿などがダイジェストで流れた。

ATSUSHIは埼玉・越谷で生まれた。6月末、ATSUSHIは創立40週年記念式典に呼ばれ、母校の北越谷小学校へサプライズゲストとしてやってきた。校舎内を回りながらATSUSHIは、小学校の頃の夢はスポーツ選手だったが、小さい頃からクラシックピアノを習っていたことなどを語った。式典に参加したATSUSHIは子どもたちと質疑応答などをして交流し、最後に「願い」という曲を披露した。

7月。ATSUSHIは北京首都国際空港に降り立った。北京国家オリンピックスポーツセンターで行われた中国のエンターテイメント界で活躍した人を表彰する年に一度の「華鼎奨」の式典に参加。ATSUSHIは最後も中国語で挨拶をした。式典後、ATSUSHIは自分では日本代表というつもりではなかったと語った。

帰国後。ATSUSHIは中国でリリースする予定の新曲のレコーディングを始めた。発音を気にしながらの歌唱は、困難を極めた。

ATSUSHIがサングラスをかけるわけについて聞くと、優しさがにじみ出過ぎないようにするためにかけているのかもしれないと答えた。また、優しさと弱さは紙一重だと話し、そのバランスを取らなくてはいけないと思うとも語った。

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越谷(埼玉)
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北京首都国際空港
北京国家オリンピックスポーツセンター
華鼎奨
中国
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