ロンドンオリンピック 総集編

ロンドンオリンピック(London Olympic)1908年ロンドンオリンピック - 1908年に開催された、第4回夏季オリンピック。1944年ロンドンオリンピック - 1944年に開催される予定だった、第13回夏季オリンピック。1948年ロンドンオリンピック - 1948年に開催された、第14回夏季オリンピック。2012年ロンドンオリンピック - 2012年に開催された、第30回夏季オリンピック。このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの語句が複数の意味・職能を有する場合の水先案内のために、異なる用法を一覧にしてあります。お探しの用語に一番近い記事を選んで下さい。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えて下さい。

出典:goo Wikipedia

放送日 2012年8月13日(月) 19:30~20:45
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
19:30~

50年前に生まれたビートルズは、愛と自由を叫び人々に希望を与えてきた。メンバーの一人ジョン・レノンは、自分の夢は自分で作ると言う言葉を残している。2012年にビートルズを生んだ国イギリスでロンドン五輪が行われた。世界経済が低迷し、民族や宗教対立が続く中、世界中の若者に希望を与えたいというイギリスの人の思いがあった。ロンドン五輪の熱き17日間が始まった。

キーワード
ロンドン五輪
ビートルズ
ジョン・レノン
イギリス

希望の花 ロンドン五輪の17日間 (バラエティ/情報)
19:34~

人類最速の男、ウサイン・ボルトがロンドン五輪で100m、200mの連覇に挑んだ。北京五輪から4年、ジャマイカでボルトは苦手なスタートの改善に挑んでいた。韓国テグで行われた世界選手権で、ボルトはフライングで失格するミスを犯してしまった。ロンドン五輪100m予選で順調に見えた走りにも小さな綻びがあった。世界中の注目を集めた100m決勝で、観客の大歓声で不安が消えたと話していた。また、200m決勝では不安なく世界中の人々の記憶にその姿を刻んだ。

ロンドン五輪競泳選手北島康介はアテネ五輪と北京五輪で金メダルを獲得し、ロンドン五輪でも期待されていたが本来の泳ぎの伸びが見られなかった。北島は初めてオリンピックで不安を抱いていた。金メダルに拘らず確実にメダルを取る戦略も頭をよぎっていたという。寺川綾や入江陵介など後輩がメダルを取っていき、北島の心境が変わっていた。迎えた平泳ぎ200m決勝で子供の頃からの泳ぎを貫く事を決意していた。銅メダルは後輩の立石諒が手に入れていた。競泳の最終日にメドレーリレーで直前に女子が銅メダルを獲得、北島は後輩たちと最後のレースに挑み、銀メダルを獲得した。

日本はロンドン五輪で過去最多の38個のメダルを獲得した。表彰式で流れる曲はイギリス映画「炎のランナー」のテーマでパリ五輪で金メダルをとった英国代表ライバルの物語だ。日本アーチェリー女子団体で銅メダル、ウエイトリフティング女子で三宅宏実が銀メダル、バドミントンで藤井瑞希・垣岩令佳が銀メダル、フェンシング男子団体は銀メダル、ボクシングで金メダル、女子バレーボールでは銅メダル、レスリング男子で金メダルを獲得した。

ロンドン五輪卓球女子団体で日本は銀メダルを獲得した。その原動力となったのは福原愛と石川佳純だった。福原はアテネ五輪、北京五輪に出たがメダルを獲得はできなかった。去年の全日本選手権での石川との対戦で、福原は自分を変えようと考えた。福原はロンドンに向けてフォアハンドを強化し、筋力トレーニングも積んでいた。卓球女子団体の準決勝でシンガポールのフォン・ティエンウェイと戦い勝利、勢いに乗った日本は続く石川もストレートで勝ち、石川と平野早矢香のダブルスもその勢いのまま勝利し、メダルを確定させた。

体操王者内村航平はロンドン五輪で金メダル確実とドイツ代表フィリップ・ボイやイギリス代表ルイス・スミスにも言われていた。しかし、ロンドンでの内村のミスに周囲が驚いた。予選でも普段通りの演技ができなかった。戸惑いを抱いたまま団体決勝を迎え、力を出し切れず北京五輪に続き銀メダルに終わった。個人総合ではあん馬を高得点で乗り切り波に乗り、金メダルを獲得した。

ロンドン五輪総集編。不屈の男重量挙げマティアス・シュタイナー、遠藤でトイレ休憩の珍光景、ブルガリアのヨルダン・ヨブチェフは最後の五輪を飾った。男子3000m障害の金メダリスト、ケニアのエゼキエル・ケンボイが興奮して見せたのはボルトの真似、スタートで出遅れたハマドゥ・ジボ・イサカは大会の3ヶ月前に始めたばかりだという。トップから1分以上の遅れでも拍手が起こっていた。

ロンドン五輪開会式でのハプニングは、インド選手団に紛れ込んだ赤いシャツの女性が謎の女性として世界中の注目を集めた。その後女性の正体が判明した。

ロンドン五輪でのアスリートたち。マイケル・フェルプスは史上最多22個のメダルを獲得した。アメリカバスケットボール男子代表ドリームチームは2大会連続金メダルを獲得した。イギリスのアンディ・マレーは男子シングルスでイギリス104年ぶりに金メダルをもたらした。義足ランナーのオスカー・ビストリウスは目標の準決勝に進出した。

ロンドン五輪の審判の判定でも一喜一憂した。ボクシング清水聡の試合で審判はダウンを取らず、勝ちは相手選手と言われた。その後誤審と認められ、この審判は大会から追放された。

ロンドン五輪柔道ではジュリーの判定に揺れた。ビデオを見て審判に助言を行う役だった。問題が起きたのは海老沼匡の試合、判定で海老沼が敗れたがジュリーが意義を申し立て、判定が覆った。

ロンドン五輪競泳ではスタートで珍しいトラブル。通常は位置についてと言う声の後にブザーが鳴るが、声の前にブザーがなってしまった試合があった。

ロンドン五輪の精神に反する事態もあった。バドミントン予選リーグで両国の選手がわざとシャトルをネットに掛け、決勝リーグを有利にするという無気力試合だった。スポーツマンシップや判定のあり方など様々なことが問われた大会だった。

入江陵介や鈴木聡美など競泳チームジャパン27人の戦いに日本中が湧いた。ロンドン五輪で獲得したメダルは銀と銅あわせて11個に及んだ。

柔道が正式種目となった東京五輪以来、常に金メダルを取ってきた日本だが、ロンドン五輪では男子は初めて金メダルゼロとなった。女子も金メダル確実と言われた有力選手が次々と敗れた。そうした中、松本薫は闘争心をコントロールする冷静さを持つことが金メダルを取ることに繋がると園田隆二監督と話していた。世界柔道選手権で相手を強引に投げようとして右腕を負傷し、実力を出し切れず敗退していた。ロンドン五輪で松本は我慢を続け、金メダルを獲得した。

ロンドン五輪は女性たちが一層輝く大会となった。女子ボクシングが正式種目となり、女子のダンクシュートなども飛び出した。ガブリエル・ダグラスでは体操女子総合で初めて黒人選手が金メダルを取った。背泳ぎの新女王ミッスィー・フランクリンは女子高生で、イスラム教の国サウジアラビアから女性が初参加しオリンピックの歴史に新たなページを刻んだ。

アテネ五輪でアジア初の金メダルを獲得した劉翔。北京五輪で国民的英雄として出場したが、レース前から怪我をしており、走ること無く競技場を去った。ロンドン五輪で帰ってきた劉翔はスタート直後にハードルに足を引っ掛け転んでしまい、再びハードルを超えること無く会場を去ることになった。しかし、劉翔は一度レーンに戻りゴール目前のハードルにキスをして会場を去った。

BBCでもサッカーでサプライズが起きたと報じられるなど、サッカーなでしこジャパンと男子五輪代表が世界を驚かせた。男子予選リーグ初戦でスペインを撃破し、勢いに乗った日本の快進撃にイギリスの会場が沸き、44年ぶりのベスト4という快挙を成し遂げた。また、ワールドカップに続き金メダルの期待がかかった女子は決勝まで残り、宿敵アメリカにリードを許した。宮間あやは最期まであきらめず、泥臭くやるのがなでしこだと言っていた。あと一歩届かず泣き崩れた宮間の周りに仲間たちが集まって行った。大儀見優季は放っておけなかったと言っていた。澤穂希、鮫島彩は大会後のインタビューで喜びを語った。

ロンドン五輪閉会式。夢に向かって限界に挑んだアスリートたちを、イギリスの人達は音楽で称えた。そして会場では、ジョン・レノンが歌ったimagineが流れた。平和の祭典に集まった人たちの心にメッセージを響かせた。ロンドン五輪の17日間が終わった。

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