探検バクモン 若者がめざす ファッション革命

『探検バクモン』(たんけんバクモン)は、NHK総合テレビジョンで2012年5月2日から2019年3月13日まで放送された教養番組である。爆笑問題の冠番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年12月26日(水) 4:02~ 4:30
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
04:02~

1970~80年代、世界のファッションをリードした日本人デザイナーがいる。今回はそういったデザイナーを数多く輩出した名門服飾専門学校に潜入する。服にお金をかけない原題、ファッション界を目指す若者に異変が起きている。

若者がめざす ファッション革命 (バラエティ/情報)
04:03~

大正12年創立の文化服装学院の卒業生には高田賢三さんや、コシノヒロコさん、コシノジュンコさん、山本耀司さんなど錚々たるメンツが並んでいる。今回のゲストのドン小西さんも文化服装学院の卒業生。案内人は服飾史が専門の朝日真先生。今回の探検目的は「日本のファッションの現状を探り未来を予測せよ!」。

まずは日本のファッション史をおさらいするため、学校に併設された文化学園服飾博物館へ。貴重な服から日本の洋服の歴史を紐解いていく。最初に出されたのは明治時代に作られた女性物のドレス。日本は文明国であることをアピールするため、政府が外交の場に出る人に洋服を推奨したと言われている。この頃は一般には全く広まなかった。洋服が広まるきっかけと言われているのが、戦争。服装統制によってもんぺや国民服を着た人々が、動きやすさを経験したことが大きかったという。戦後、利便性や開放感から洋服が急速に広まったが、既成品がほとんどなかったため自分で縫うしかなかった。その頃この学校には洋裁を習うために多くの生徒がつめかけ、当初は決められたデザインから洋服を作る技術を習うのが主流だった。しかししばらくすると、洋服を自らデザインすることに学校も生徒も力を入れるようになった。

デザイナーを育成するよう変わった学校は、高田賢三さんや山本耀司さん、ドン小西さんなどを輩出した。1970年代、日本人デザイナーたちが世界で活躍していき、その時代の高田賢三さんの作品を見せてもらった。当時、パリのファッションの主流は体にフィットする服だったが、高田賢三さんは既存の常識から外れたデザインを続々と発表し、既存の体制に不満を持つパリの若者などから大きな支持を得て、世界的デザイナーへと駆け上がっていった。ドン小西さんは普通は目立たない下着感覚のタイツを目立つようにしたと、そのデザインを解説した。1970年代には他にも多くの日本人デザイナーが世界に進出し、国内のファッション界にも影響を与えた。

80年代になると日本でもDCブランドに一大ブームが到来する。真紫のジャケットなど色も特徴的。若者を中心に広まったDCブランドブームは、デザイナーの個性が生かされた高価なブランド服が人気だった。この時、ファッションの中心はデザイナーだった。当時若者だった田中裕二は、自分たちの世代ではお金のない学生が数万円する服を買っていたと話し、ドン小西は作り手にあやかりたいと消費者が考えていたと話した。ただDCブランドのブームはたった数年で、田中は反動で高い服に対する興味が全くなくなったと話した。80年代後半、ブランドの乱立やクオリティの低下などでブームに陰りが見え、その後のバブルの崩壊で人々の関心は薄れていった。

そして現代、消費者の支持を得ているのがファストファッション。コストパフォーマンスと機能性が重視され、デザイナーの個性が魅力な高価な服は必要とされにくい時代になった。かつて世界的デザイナーを輩出したこの学校でも大きな変化が起きているという。そこで授業を拝見することに。

教室に入ると女の子ばかりで、文化祭のような賑やかな雰囲気だった。スタイリストワークの授業で、既製の服を組み合わせてコーディネートをチェックしていた。実は20年前に比べてデザイナー志望者が入る服を作る学科の生徒数は全国で半分以下になっている。代わりにスタイリストなど、別の形でファッションに関わる職種の人気が高くなっている。続いて現代を象徴する人気のコースの授業へ向かう。それが服飾品の生産・販売などに関わるコストや売上の計算法を学ぶ授業。こうしたスキルを身に着け、ファッションを手堅くビジネスに繋げたい若者が増えている。生徒は商品企画や販売計画・予算・売り上げなどを管理するMDに興味があると話した。他にもファッションジャーナリストを学んでいる生徒もいた。

さらに昔は無かった新たなやり方でファッションに携わろうとする若者がいる。インフルエンサーは「影響力の大きい人」という意味だが、ファッション界ではSNS上で着こなしなどファッションを発信して人気がある人のことを言い、モデルやタレントと同じくらいファッションショーに呼ばれるようになっている。そして発信することでブランド価値があがっていくようになっているという。ドン小西はお金がかかるから「もうテレビや新聞、雑誌はいらないよ」とブランドが考えるようになっていると話した。

ピルグリム・ボニーさんは古着やファストファッションなどの着こなしをSNSで発信し、すでに3000人近いフォロワーを獲得している。そしてインフルエンサーとしての実績をあげ、日本のファストファッションに就職してオーストラリアのマーケティング担当になるのが夢だという。大塩雅さんは学生ながら驚きのシステムのネットショップを立ち上げた。まずは契約したインフルエンサーたちに商品となる海外の服を仕入れてもらい、さらにSNSで宣伝してもらってネットショップとリンクさせて商品を買ってもらう仕組みになっている。インフルエンサーに憧れる人たちはコアなファンが多いため、同じものを欲しがる子が多いのだという。立ち上げてまだ2ヶ月だが、すでに300人位に届けたという。ドン小西は自身は50店舗も運営していて何十億も売っていたけど、何も儲からないという時があり、それに比べてネットショップだと人件費も土地代も少なくてすむと評価した。

デザイナー志望の学生たちの感性豊かなデザイン!

ファッションはちょっとしたきっかけで、それまで想像しなかった斬新なものがブームになってきた。昭和30年代では銀幕のスターの石原裕次郎さんのファッションを真似た太陽族が出現した。当時としては奇抜なアロハシャツにサングラス、髪を慎太郎刈りにした若者たちが街に溢れた。美智子さまのご成婚でヘアバンド、ストール、長手袋のミッチースタイルが流行した。昭和42年、スーパーモデルのツィッギーの来日でミニスカートが流行った。それまでにはない大胆さがオシャレになった。

続いてデザイナーを目指す学生たちの元へ。DCブランドブームのようにデザイナーが脚光を浴びる場は少なく、ファストファッション主流の現代でもクリエイティブな服作りに取り組んでいる。今回は学生たちの自信作をショーとして見してもらうことになった。「無限」や「カラス」「多様性」など様々なテーマが設定されたファッションが披露された。アフリカのダサネッチ族というゴミをまとって着飾る民族に影響を受けた生徒もいた。そしてファッション業界が冬の時代と言われていることについて、ハイブランドを買う人が減っているのはわかっているが、自分が作りたくない大衆向けのものを作ってお金をもらうのは嫌で、少しでも自分の服を着てくれる人に向けて作っていきたいと話した生徒や、ファストファッションとは差別化した社会性のあるテーマをコンセプトにしたものを作りたいと話した生徒など、思い思いの意見を話した。

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エンディング (その他)
04:28~

田中はみんなが自由にやっていて安心したと話し、ドン小西は産業構造など国も文化に対する変化をしてもらわないといけないとコメントした。太田は洋服は絶対に必要なものだから、そこをどう楽しむかっていのはすごく重要だと述べた。

探検バクモンの次回予告。

  1. 前回の放送
  2. 12月26日 放送
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