震災ドキュメンタリー 「あの日の星空」

放送日 2019年3月13日(水) 2:20~ 3:05
放送局 NHK総合

番組概要

あの日の星空 (バラエティ/情報)
02:20~

今野初美さんの娘と孫は津波の犠牲になった。あの日見た星空を仙台市天文台の職員が再現した。3月11日の夜の空は星が綺麗に輝いていたという。初美さんは娘と孫への思いを新聞に投稿した。その文章が読み上げられた。2011年3月11日、東北地方は広範囲にわたり停電、町から明かりが消えた。

仙台市天文台には震災直後から、星が綺麗だったのはなぜか?などの問い合わせが相次いだ。職員はあの日の星空を再現し上映した。須藤扶美子さんらが当時の星空の様子を語った。さらに仙台市天文台は新しいプログラムの制作を始めた。津波で流された自宅に9日間閉じ込められた阿部任さんは見るものが星しかなかったなどと語った。NHKに寄せられた手紙にも当時の星空への思いが綴られている。

千葉輝明さんは岩沼海浜緑地野球場の管理業務をしていて津波の被害に遭い、その様子を撮影していた。当時は満天の星空で励まされたという。宮城・多賀城市の菅原さんは仙台港の石油コンビナートの火災を目撃、息子の同級生に誘われ星空を眺めたという。東京、名古屋で聞くと人々は最近星を見ていないなどと語った。

宮城県女川町で、木村信子さんは天井まで浸水した家の中から7時間後に救出された。義母は目の前で津波にのまれた。木村さんはストレッチャーに乗せられた時に「これで助けられる」と思い、職員に「周りは見ないで空を見てください」と言われ、空を見たら綺麗な星空だったという。木村さんは何が待っているかわからない恐怖感で、その出来事が嬉しかったと話した。木村さんは震災後に体調を崩し外に出られなかったが、この日は久しぶりに星の話をした。夫の正さんは「分身が上から見てたんじゃない」と話した。木村さんは「これから20年は生きていく」と泣いた。母親の佐藤美代子さんは「やっとそういう話が聞けてよかった」と声をかけた。

仙台市天文台の高橋博子さんは「その時に見ていた星は何等星であろうが、見ている人に何かを語るものを感じていたと知った。その時に星にはなんて力があるんだろうと思った」と話した。仙台市天文台の2人は仙台医療センターの岡崎伸郎医師を訪ねた。岡崎医師は「星降る震災の夜に」を出版した。岡崎医師は「人間は有史以来星空を仰いで形成したに違いない、ここ数十年で星空を失ってしまった、それをあの日に気づかせてくれた、理屈ではなく訴えかけるものがあった」とした。久我ひろ子さんと糟谷晴彦さんの手紙を紹介した。

今野初美さんは娘と孫が犠牲になった。今野さんはあの夜に星空を見たが、何も思わなかったが、後に「星空は亡き人が道に迷わず天国へ行けるように導く明かりだった」という記事を見て励まされたと話した。今野さんは毎日星を見上げて、光るたびに自分の合図と思うようになったという。仙台市天文台の「星よりも、遠くへ」から今野さんの手記を紹介した。

今野初美さんは娘と孫が犠牲になった。今野さんはたまに夫の要一さんが「生きるとはなんだ」という話をするとし、答えは出ないが「充実した生活」をやっていきたいと話した。要一さんは1番大切なのはお金がどうとかではなく仲良く生きていけることだとし、今野さんは「星を見て声をかけることもある、いい女になったはずだ」とした。

BGM:「窓」タテタカコ

NHKオンデマンドで配信します。ご案内はdボタンで。

キーワード
津波
春菜さん
杏ちゃん
仙台市天文台
停電
東日本大震災
星よりも、遠くへ
星空とともに
NHK
後藤照子さん
菅井静子さん
岩沼市(宮城)
岩沼海浜緑地野球場
多賀城市(宮城)
東京都
名古屋(愛知)
女川町(宮城)
久我ひろ子さん
糟谷晴彦さん
星降る震災の夜に ある精神科医の震災日誌と断想
タテタカコ
NHKオンデマンド
  1. 前回の放送
  2. 3月13日 放送