明日へ-支えあおう- 証言記録 東日本大震災 第46回「岩手県大槌町吉里吉里」

放送日 2015年10月25日(日) 10:05~10:53
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

オープニング映像。今回は岩手県大槌町吉里吉里 ~待たずに動け 自主災害対策本部~。

キーワード
吉里吉里(岩手)
東日本大震災

明日へ-支えあおう- (バラエティ/情報)
10:08~

岩 手県大槌町吉里吉里は震災前は漁業の町だった。家族で漁業を営む家族。旦那さんは漁業の会議に出る為に移動中に震災に見舞われた。旦那さんは吉里吉里に急いで引き返すと、吉里吉里漁港に迫る津波を確認する。旦那さんは高台に逃れ、間一髪で助かった。一方、奥さんは同居している夫の母に避難を急き立てるもなかなか応じず。奥さんはイヤがる母の手を引いて小学校に避難した。

避難所に指定されていた吉里吉里小学校には住民が続々と避難していた。その時、天照御祖神社の宮司は過去に何度も震災に見舞われた父親の言葉を思い出し、祭りの提灯に使う照明を運んだ。当初、電気はつかなかったが、観光バス会社の協力によりバスから電気が供給できた。

漁業を営む一家の旦那さんは避難所に辿り着き妻と再会。旦那さんは校長に頼んで避難所にいた地区代表の役員を集めた。役員たちは外からの救助を待たず動くことを決断し、自主災害対策本部を設立する。大槌町の中心部は壊滅的な被害を受け、町の支援は望めない状況だった。各班の責任者はそれぞれの能力に合わせた人物が充てられた。

組織の体制が決まると行動目標を話し合った。最優先課題は行方不明者の捜索と、救援車両受入のためのがれき撤去。漁業を営む男性が責任者となって協力を募ると、200人以上もの男たちが集まってきた。その中には建設業など専門職の人たちもいて、ショベルに工夫を施して行方不明者を捜索した。がれき撤去で大きな妨げになったのが電柱と電線。その問題を解決したのが、観光バス会社の専務。専務は自動車整備工場を営み、技術も持っていた。

一方、消防団員たちは生存者の救出活動を行っていた。診療所は津波で破壊されていたので、高台にある特別養護老人ホーム「らふたぁヒルズ」がけが人を受け入れる体制を整えた。施設の前にある吉里吉里中学校のグラウンドにヘリが来るように要請し、重篤患者は2日後に消防防災ヘリコプターで搬送された。臨時のヘリポートにより、患者やお年寄りの搬送が急速に進んだ。

宮城 七ヶ浜町松ヶ浜と吉田浜の被災地からの声を伝えた。

「君に見せたい東北がある」の詳しい情報はホームページまで。

小学校は避難所に指定されていたが水や食料の備蓄がほとんどなく、およそ400人の避難者たちは震災当日の夜なにも口にしていなかった。食料の確保に動き出した東谷幸子さんは早速家庭科室を借り料理が作れる状態かどうかを確認したという。宮司の藤本さんは神社に行き、あるだけの米をかき集めたという。避難者の中にも幸子さんを助けようとする人たちが現れ、12日の早朝から幸子さんは仲間と朝食のおにぎりを作り始めた。幸子さんたちが握った小さなおにぎりはおよそ400人の避難者全員に行き渡った。

もう一つ心配されたのが風邪や感染症などの流行であった。暖房はあるものの夜は氷点下まで冷え込んでいたという。その対策を任された校長の佐藤良さんは「体操を1日2回やりましょうという提案をしましたし、不安を持っているみなさんに対して少しでも新鮮ないい気持ちにさせたいなという風なところで考えました」と話した。

震災発生から3日目、対策本部に深刻な問題が報告された。地域の復旧活動の生命線である燃料がなくなるという、発電機代わりのバスや行方不明者の捜索に使う重機が動かせなくなってしまう。副本部長の芳賀正彦さんはガソリンスタンドの従業員で、本社とは連絡がとれなかったが正彦さんは独自の判断でガソリンの供給を引き受けた。正彦さんは地下にある燃料を取り出すため多彩な技術を持つ人たちに声をかけたという。マンホールからタンクの底まではおよそ2.5m、燃料を取り出すには専用のポンプが必要だったという。様々な部品を組み合わせてポンプができ、組み上げ作業を始めると最初は海水が出てきたが、しばらくすると混じりけの少ない燃料が出てきたという。

この成功が新たな問題を引き起こした。国道45号線を復旧させたことで近隣の街から多くの車が入ってきていた。ガソリンスタンドが再開しているという噂はたちまち広がり、多くの一般車両がやってきたという。対策本部で対応策が話し合われ、緊急事態に対処する車両のみに給油許可証を発行し、それ以外は断るようにしたという。

4月30日、避難所は小学校の再開に合わせて別の場所へ移動することになった。そして、災害対策本部もその役目を終えた。震災から4年半、吉里吉里の人たちは毎年恒例の海岸清掃のため浜に集まった。この日集まったのは子どもからお年寄りまで総勢300人、自分たちが住む地域は自分たちで守る、脈々と受け継がれてきた伝統が大震災を乗り越える力となった。

畠山智之は「外部との連絡がとれずにインフラが全てなくなったとき役に立つのは隣の普通の人との普段のしっかりとした付き合い。地域とのつながりが薄れている都会ほど災害に弱くなってるんじゃないかなと思いました」などと話した。

秋田の男鹿、青森の八戸、宮城の鳴子が紹介された。

キーワード
吉里吉里(岩手)
東日本大震災
天照御祖神社
吉里吉里小学校
吉里吉里中学校
吉田浜(宮城)
松ヶ浜(宮城)
君に見せたい東北がある
男鹿(秋田)
八戸(青森)
鳴子(宮城)
寒風山
種差海岸
鳴子峡
地獄谷
シロクマ
ハタハタ
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