明日へ-支えあおう- 花は咲くあなたに咲く

放送日 2015年4月5日(日) 10:05~10:53
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

東北で行われた復幸祭を特集する。

キーワード
復幸祭

明日へ-支えあおう- (バラエティ/情報)
10:07~

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3月21日、JR石巻線が全線で運行を再開した。女川駅で明日復幸祭が行われる前に、駅前から一斉に坂道を駆け上がり順位を競うレースが行われ、全国から204人の脚力自慢が集まった。

リアス式の海岸に開かれた女川町、あの日、津波は細長い入江で水位を上げ14m以上になった。亡くなったり行方不明になったのは827人、町の人口の8%以上になった。これは被災地の中でも最悪の数字であった。

阿部淳さんは9年前まで仙台で医療機器を販売、女川に戻るつもりはなかったが父と兄を相次いで亡くし仕方なく帰郷、そんな時に震災が起きたという。どん底の中で手を差し伸べてくれたのは地元の同業者で、被害の少なかった工場の一角をただで貸してくれたという。力を合わせるきっかけを作ろう、それが祭で、声をかけると次々と若者が集った。阿部淳さんを始め、若者たちはまちづくり計画にも積極的に意見を出すようになった。

復幸祭は今年で4回目、これまでは体育館や学校の校庭で開かれ来場者は1万人程だった。今年は初めて新しい駅前で開催される。祭本番、駅前には52の店が並んだ。

祭の副委員長の高橋正樹さんはサッカースタジアムにステージを造り、ももいろクローバーZを招待した。集まったのは7000人、高橋正樹さんは「みんなありがとう、来てくれて」と話した。

高橋さんは女川の老舗かまぼこ店の4代目、機会がある度に東京に出向き、店のかまぼこをはじめ、刺し身や酒など女川の特産品を持ち込んでは味わってもらっている。神奈川の大学を卒業後、商社で働いていた高橋さんは14年前、家業を継ぐために故郷に戻った。高橋さんは父と相談し、町で唯一残った自分の水産加工場を同業者に開放した。そうして受け入れた1人が阿部さんだった。

震災後、およそ2000人が減った女川、人口減少率は全国で最も高い。祭をきっかけに人が戻ってきて欲しいというのが高橋さんの願いである。

「あがいん おながわ」という言葉は震災後に作った女川の水産加工業者の統一ブランドで、宮城県内外の料理関係者がお墨付きを与えた22の商品が選ばれている。

祭で大人気の弁当を売っているのは佐藤広樹さん。佐藤さんは母と姉、祖父母を津波で失った。当時中学生だった姉の息子・亮太さんは震災後、佐藤さんが引き取った。立ち上げるきっかけとなったのは瓦礫の中にあった店の看板だったという。佐藤さんは「看板だけはきれいに残ってた。それってまだやれっていうことなんだべな」と話した。

残っていたのは4台の移動販売車だけ、毎朝仙台まで食品を仕入れに行き、被災した街を回った。今年中には念願のスーパーを再開するという。

女川の統一ブランド「あがいん おながわ」の商品はどの店でもほぼ完売した。訪れた人は去年の2倍以上、3万人に達した。

阿部さんも街を出て行った同級生と再会を果たしたという。阿部さんは「女川町にたまに来て一緒に酒飲むだけでいいんだから、たまに帰ってきて遊びに行こうでもいいから帰ってくればいいんだって、うれしかったです。正直」と話した。

畠山智之は「故郷を去った人たちを呼び戻す。面白い街にしたいと奮闘している若者たち。底抜けに明るい笑顔が新しい街を作る力になっているんだなあというふうに思いました」とコメントした。

被災地からの声を紹介した。

NHKでは「花は咲く あなたに咲く」というキャンペーンで復興という花を咲かせるために頑張る人をポスターやちらしで応援している。花咲く通信ではみなさんからの情報をお待ちしているとのこと。詳しくはホームページまで。

キーワード
女川町(宮城県)
JR石巻線
復幸祭
ももいろクローバーZ
目黒(東京)
女川さいがいエフエム
気仙沼市本吉町(宮城)
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