明日へ〜震災から1年〜 ▽阪神・奥尻メッセージ ▽追悼式典 ▽高校生・旅立ちの記

放送日 2012年3月11日(日) 12:15~16:25
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
12:15~

オープニングのあいさつ。

明日へ~震災から1年~ (バラエティ/情報)
12:15~

東日本大震災から一年が経ち、福島県郡山第二中学校から滑川和男さんと梅沢富美男が中継し、歌のエールを届けた。まずは、津波が押し寄せた岩手・山田町の山田町立船越小学校から、6年生26人みんなで歌詞を作った「明日(あした)へ」(作曲:宮野幸子)。担任の坂下大輔先生は、子どもたちが前を向くために必要だと思いクラスみんなで歌を作った。荒川茉莉亜さんは、不安な夜を過ごしたつらい記憶を詩に書くことでそれに向き合い、金濱智紗都さんは曲をはじめて聞いたとき、あの日の辛い記憶が蘇り、震災後休みがちだったがリーダーを任され、みんなで練習した。歌の力で一歩踏み出そうとしている子どもたちは、卒業を前にして父母やお世話に

郡山市立郡山第二中学校の合唱部の皆さんは、原発事故による放射能の不安の中練習を続け、去年のNHK全国学校音楽コンクールで見事金賞に輝いた。先ほど流れた岩手の子どもたちの歌を聞いた感想を合唱部のメンバーに聞いた。

宮城・石巻の石巻高校から高橋ジョージさんが中継の意気込みを話した。また、長崎・島原の島原市立第五小学校から川口春奈さんが中継の模様を伝えた。

福島県南相馬市の緊急時避難準備区域の原町区では、子や孫と離れて暮らす人が多く、みんなで会館に集まってカラオケを歌っていた。また、宮城県気仙沼市では、海沿いで唯一残っている娯楽施設のカラオケボックスに学生たちが集まり、悲しい思いからくるストレスを解消するために歌っていた。そして、岩手県宮古市では、震災2ヶ月後に再開したカラオケスナックに仮設住宅から通う人もおり、自分も復興するために歌を練習している人もいた。

宮城・石巻の石巻高校の音楽室から高橋ジョージさんが中継。今年の春に就職し、故郷の石巻市で働き始める若者たちに集まってもらった。その中の保育士の仕事につくことが決まっている安倍愛さんは、震災の日、間一髪で命が助かったという。

安倍愛さんは、震災の日、仙台から石巻に向かっており、ちょうど海岸近くを走っていた列車の中にいて、間一髪津波から逃れて助かったという。愛さんは当時の状況を語った。大好きだった歌を口ずさむことすら出来なかった愛さんに妹が、高校時代に楽しそうに地元のカラオケ大会で「WINDING ROAD」歌う愛さんの映像を見せ、再び歌うことを取り戻せた。愛さんの夢は津波で壊された家を再建することという。

これまで支援してくれた方々への感謝の気持ちを込めて、また被災地で頑張っている方々に一緒に頑張っていこうという気持ちを込めて、そしてなくなった方々への思いを込めて、安倍愛さんたちが「WINDING ROAD」を披露した。

井上美和子さんが中島みゆきの「糸」を披露した。

20年前の手紙にお礼がしたいと島原市立第五小学校の6年生90人のみなさんが歌詞を書いて被災地にエールを送りたいと作った「20年前の手紙」を披露した。

最後に、福島・郡山、長崎・島原、宮城・石巻と中継を繋いで、全員で「ふるさと」を披露した。

郡山市立郡山第二中学校には合唱部の皆さんだけでなく、京都市綾部市で避難生活を送っている井上美和子さんをはじめとする方々も訪れていた。福島第一原発の近くで生まれ育った美和子さんは、2001年8月に福島県大熊町で行われたNHKのど自慢に参加し、見事チャンピオンになり、このとき伴奏してくれたタカシさんと結婚し子ども2人にも恵まれ、幸せな結婚生活を送っていた。しかし、福島第一原子力発電所の建屋爆発で避難することを決意し、子供達を受け入れてくれる保育園のあった京都府綾部市に避難することにした。福島で楽器修理をしていたタカシさんは、京都で仕事を再開したが厳しい状況。長く続く避難生活に心が擦り切れかけていた

20年前に大噴火した雲仙・普賢岳の被害で避難所となった長崎・島原の島原市立島原第五小学校から川口春奈さんが中継。雲仙・普賢岳の災害の記憶は子どもたちにまで受け継がれており、双子の兄弟の前田宏太くん・貫太くんは祖父母によく当時の話を聞いていた。祖父母は当時支援物資などをもらい助かったと話した。また、第五小学校には当時に届いた全国各地からの励ましの手紙が保管されており、今回震災のあった宮城や福島からのものもあった。東日本大震災が起きた去年8月に第五小学校の子どもたちは20年前の手紙を読み返した。今日はその中から岩手県の大船渡の小学生からの手紙を朗読した。

あれから1年、福島・郡山市の人々も放射能と闘いながら暮らしてきた。郡山市は合唱が盛んで東北のウイーンと呼ばれてきた。そんな郡山が誇る郡山市立郡山第二中学校の合唱部には現在39人が在籍し、震災前までNHK全国学校音楽コンクールで3連覇を成し遂げていたが、震災直後生徒たちは歌うことができなかった。震災直後、学校は避難所となり、音楽室は破損したため立入禁止となり、生徒たちは歌う気にならなかったとも話した。しかし、その後生徒たち自らの発案で郡山市の避難所で歌い、10月のNHK全国学校音楽コンクール2011では見事4連覇を果たした。大堀有加さんと紗千さんの双子の姉妹は去年茨城の祖母の家に避難していたため

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ニュース (ニュース)
13:00~

町の全域が原発事故の避難区域にある福島・浪江町は、役場の機能を移している二本松市で追悼式を開き、犠牲者に祈りを捧げた。

また、岩手・宮古市では大津波警報が出たことを想定した避難訓練が、宮城・石巻では復興ウォーキングが行われた。

アメリカ・ニューヨークで、東日本大震災の犠牲者を追悼する集会が行われた。集会では、福島・相馬市の保育園児のビデオが上映され、震災直後にニューヨークから東北地方に入った医師が励ましのメッセージを述べた。

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馬場有町長
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松村善行さん
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カマール・ラマニさん

明日へ~震災から1年~ (バラエティ/情報)
13:05~

東京・江東区の東雲住宅に避難している被災者を取材。福島で生まれ育った佐々木さんは、福島・浪江町で200年以上踊り続けていた「田植踊」を大切にしている。町の人たちから寄付が集まり、津波で流された衣装を揃えることができた。佐々木さんは、「もう一度浪江町の人たちの前で踊る」と決意した日から、生きる目標ができた。

福島・浪江町をふるさとに持ち、現在東京・江東区に避難している方々に話を聞く。藤田さんは「関東近辺で店を出そうと思っている」などと話した。

宮城・山元町の上空から中継。このあと行われる追悼集会の会場となる山下中学校には人が少しづつ集まっていた。

視聴者から寄せられたメッセージを紹介した。番組ホームページ・FAX・ツイッターでメッセージ募集中。

宮城・山元町に住んでいて、そこで撮った白鳥のビデオを投稿した東さんを取材。現在、東さんは青森・弘前市に住んでいて、先月、半年ぶりに山元町に帰った。東さんは「ぜひまた戻ってきたい」と語った。

岩手・釜石市の鵜住居町に住んでいて、そこで被災地の変化の様子を定点観測で撮った小笠原さんを取材。小笠原さんは「将来こんなことがあったなと見返せる時がくくればいい」と語った。

現在の各地の様子を伝えた。東京・江東区では、避難してきた住民を中心に追悼式典が行われた。

福島第一原発が見える福島・大熊町から中継。午前には津波で亡くなった住民の追悼式が行われた。

岩手・陸前高田市から中継。仮設住宅に住む方が集まって追悼式が行われていた。

宮城・女川町では、高台から海のほうを見つめる人が多く見られた。

視聴者から寄せられたメッセージを紹介した。

ゲストの紹介。

宮城・女川の現在の様子を伝えた。女川町は今後、高台移転やかさ上げなど、津波に備えた街づくりをしていく方針。

宮城・東松島市の野蒜地区の現在の様子を伝えた。市は、高台に集団移転する方向で健闘している。

村上弘明が被災者への気持ちを語った。番組ホームページ・FAX・ツイッターではメッセージ募集中。

福島県浪江町の馬場町長に話を聞く。町長は「惨めで辛い気持ちで追悼式に臨んだ。この一年間は長くて厳しかった」などと話した。

東雲の会の会長として住民たちを取りまとめている藤田さん。藤田さんは浪江町で33年前から寿司屋を経営していた。東雲住宅には息子夫婦も避難している。息子さんは東京で寿司職人の仕事を探しているが、まだ見つかっていない。

藤田さん親子は故郷の浪江町に向かった。人が住まなくなった町はすっかり荒れていた。寿司屋を新築した際にした借金が7000万円以上残っていて、藤田さんの心は、息子と一緒に新しい土地で再出発するか、ふるさとに帰るか、揺れ続けている。

先月19日、佐々木さんは、子供たちを連れて、福島・浪江町の住民が多く避難している仮設住宅を訪れた。佐々木さんたちは、避難している方々に田植踊を披露した。

村形さんは先が見えない不安を口にした。馬場町長は「みなさんが戻ってこれるように環境整備したい」と話した。

「浪江に戻りたいか?」というアンケートに58%が「条件付きであれば戻る」、32%が「戻らない」と回答したことを受け、馬場町長は「別の町にリトル浪江を作っていかないと町民の絆を繋げられない」と話した。

朝田さんは賠償の問題について触れると、馬場町長は「東京電力がどうしても言うことを聞かないのであれば国のほうで立て替えてもらう方法もある」と話した。

鈴木さんは「浪江町に戻りたいことが一番の願いだが、その目安が示されない」と話すと、馬場町長は「検討委員会からの答申に基づいて復興計画を立てていきたい」と話した。

これまでの話から、柳井氏は「スピードが大事で、本当に戻りたい人まで戻れなくなってしまう心配がある」と話した。

被災地の現状を伝える。青森・八戸市では、手作りの仮設店舗が作られ、営業が再開した。青森・階上町では、新たな波消しブロックの準備が進められている。岩手・野田村では、村の特産品の野田塩の工房が高台に再建された。

岩手・普代村では、壊れた護岸の修復工事が続いている。田野畑村では、駅舎の階段を保存し、津波の記憶を伝える公園として整備する予定。岩手・釜石市には、車を使った屋台村が登場した。

岩手・陸前高田市では、奇跡の一本松が枯れてしまったため、接木をして苗木を育てることが計画されている。宮城・気仙沼市では、陸上に打ち上げらた大型船を市は保存する方針。

被災地の現状についてトーク。「人口や商業機能の問題があるので、新しい形の過疎が始まる心配がある」などと話した。

被災地の現状を伝える。千葉・旭市では、津波の恐ろしさを語り継ごうと被災者から体験を聞く活動が行われて、それを元にした瓦版が発行されている。茨城・ひたちなか市では、観光客に人気の魚売り場が営業を再開したが、風評被害もあり客足は以前の8割程度にとどまっている。

茨城・北茨城市では、観光名所だった五浦六角堂が津波で流出し、現在、茨城大学を中心とする再建プロジェクトが進められている。

被災地の現状についてトーク。「関東地方も大きな被災を受けていることも忘れてはいけない」などと話した。

被災地の現状を伝える。福島・いわき市では、地元の産品を扱う商業施設が営業を再開したが、原発事故の影響で地元・小名浜の魚はない。福島・広野町は、いわき市に移転していた役場の機能を元に戻した。福島・川内町では、お年寄りが孤立しないように支援物資などを届ける活動が行われている。

福島第一原発の5・6号機がある福島・双葉町は、住民全員が避難している。宮城・山元町では、沿岸部の小学校は廃車置場となっている。

宮城・名取市では、土地をかさ上げして元の場所で再建する方針。宮城・利府町では、地盤が沈下し、大潮のときは水に浸かるようになった。

被災地の現状についてトーク。「人間は思い出によってのみ人になるので、この思い出を忘れないという覚悟を国民が持つべきで、風化したら尊い命を失った方が浮かばれない」などと話した。

子供たちへ繋げたい復興の思いをアニメーションにしてその動画を投稿した大内さんを取材。大内さんは先月、震災前に家族で過ごした思い出のある陸山高田市を訪れた。地元の親子の交流場を訪ね、そこのいた親子の方々に自分の動画を見てもらった。

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東日本大震災 一周年追悼式 (バラエティ/情報)
14:38~

東日本大震災一周年追悼式の模様を中継。天皇皇后両陛下がご臨席され、藤村修官房長官が開式を告げた。

中継:国立劇場

国歌が斉唱された。

東日本大震災の犠牲者に黙祷が捧げられた。

野田佳彦内閣総理大臣による式辞が行われた。

天皇陛下によるお言葉が賜れた。

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明日へ~震災から1年~ (バラエティ/情報)
15:01~

宮城・石巻から中継。東日本大震災からちょうど1年経ち、石巻でも追悼式が行われ、親族に向けて黙祷をしていた夫婦は、「時間が経過して落ち着き、いないという実感が湧いてきた」と述べた。

岩手 陸前高田市のオートキャンプ場モビリアから中継。東日本大震災から1年が経過し、ここから津波の被害を見ていた男性は「あのことが嘘のようにおだやかな海になっている」などと述べた。

青森 三沢から中継。東日本大震災からちょうど1年が経過し、三沢では津波によって総額78億円の被害を受け、会場では津波の被害を表すものを展示している。

福島 大熊町から中継。東京電力 福島第一原子力発電所が見え、東日本大震災からちょうど1年が経過し、1時間あたり13マイクロシーベルトの放射線が放出されており、近くにあるサンライトおおくまには、誰もいない。

茨城 北茨城から中継。大津漁港では津波の被害にあい、東日本大震災からちょうど1年を経過して、港では黙祷が捧げられ、そこの漁師は、「行方不明の同僚のためにも頑張りたい」と述べた。

千葉 旭から中継。東日本大震災からちょうど1年が経過し、地元では献花が行われ、津波の被害にあった建物の写真を展示。また今回の津波の被害を後世に伝える取り組みが行われている。

宮城 女川町から中継。東日本大震災からちょうど1年が経過し、高台では海のほうを見て、祈っていた。

東日本大震災から1年を経ち、被災地の各地についてスタジオトーク。村上弘明さんは「受け止めたくない自分がいる」などと今の心境を述べた。

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東日本大震災 一周年追悼式 (バラエティ/情報)
15:19~

国立劇場で行われている東日本大震災一周年追悼式の映像。岩手県の遺族代表の川口博美さんが、「震災の教訓を風化させることなく、後世に伝える」などと哀悼の言葉を捧げた。

続いて宮城県遺族代表の女性が、「子供たちが望む母でいよう」などと哀悼の言葉を捧げた。

続いて福島県遺族代表の女性が、「1年が経っても行方不明の人がいると聞いて、胸が痛む」などと哀悼の言葉を捧げた。

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明日へ~震災から1年~ (バラエティ/情報)
15:36~

東日本大震災一周年追悼式の各被災地の遺族代表についてスタジオトーク。村上弘明は「私が亡くなった時に、娘がどう思うのかと考えた」などと、家族のことを意識したことを述べた。

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震災に向き合う18歳 明日への卒業式 (バラエティ/情報)
15:40~

地元の企業に人材を排出してきた県立宮古商業高校の卒業式に密着。東日本大震災では多くの生徒を亡くし、さらに多くの企業が被災したので、3年1組の生徒は仕事を見つけることができずにいる。

県立宮古商業高校の女子生徒の1人は、簿記などの資格をとっていたが、東日本大震災によって仕事を見つけることができない1人で、東京での就職も考えたが、母親のことが気がかりでいると、学校に化学フィルムメーカーの社長からそこで働かないかと、声がかかった。

県立宮古商業高校の男子生徒の1人の父親は、東日本大震災によって仕事をなくしたが、短期の仕事に就き、震災前は仕事の愚痴ばかり言っていたが、今は生き生きと働いている。その姿を見た男子生徒は、思い描く仕事のイメージが変わり始めていた。

東京の大手スーパーに就職する女子生徒の1人は、震災前から東京で働きたいと思っていたが、震災によって宮古市立赤前小学校で避難生活をし、いつかは町に帰りたいと思うようになった。

化学フィルムメーカーから声がかかった女子生徒は、同じく声をかけられた友達と一緒に、東京の会社を見学し、仕事の説明を受けた。

東京の大手スーパーに就職する女子生徒の1人は、生徒会長であり、県立宮古商業高校の卒業式で答辞を読まなければいけなく、何を言うか悩み、避難所で共に過ごした人と再会し、震災の日々で教えてもらった大切なことを、「一緒懸命」の言葉に託した。

卒業式当日。生徒会長の女子生徒は、涙ながらに答辞を読んだ。

福島・三春町、大手ブレーキメーカーのあった工場は、かつて300人が働いていたが、福島原発事故の影響で富岡町に住んでいた子どもたちの学校となっている。従業員の会議に使われた会議室は富岡第2中学校3年の生徒達が使用している。ここにいる双子の生徒は、現在高校入試を控えて、原発事故を言い訳したくないと自分に言い聞かせ、志望校合格に向けてる姿が映された。

富岡町に居た時から学校生活は一変した。1時間以上かけてバスで通学する生徒も出た他、体育館の敷地も狭くなった。また、9人の生徒はそれぞれ避難先の学校の体操着を着用して授業を受けていた。クラスに居る双子の姉は、地元の高校に進学し、介護ヘルパーの資格を取るのが夢だったが、来年度は4か所に分かれて授業を行うため、進学するか悩んでいる。家族は、合格したら避難先を移転することを考えているという。一方、別の双子は今の避難先に近い高校を選ぶことになった。

2月2日、原発避難の中学生9人のうち6人が推薦入試に挑んだ。結果は全員合格という素晴らしいものとなった。その3週間後、昼食時にクラスメイトが富岡町に一時帰宅した時の映像を見せ、生徒は富岡町の現実を映像で思い知らされた。最後に中学生それぞれが、この1年で思ったところをカメラの前で語った。

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明日へ~震災から1年~ (バラエティ/情報)
16:18~

スタジオでVTRに登場した健気な子どもたちついてトーク。村上弘明は、映像で登場した子どもたちは、感謝の気持ちや支え合う気持ちで絆が生まれることを社会に出る前に知ったのだろうと感心した。三宅アナは、こういう状況にしてしまった大人の責任というものも感じると話した。

視聴者から送られたメッセージを紹介した。

三宅民夫アナが陸前高田市の県名が誤っていたことをお詫びし、この後の番組内容を伝えた。

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陸前高田市(岩手)

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